大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・VARIATIONS*さくら*37《胸を鷲づかみ!》

2017-03-20 06:20:56 | 小説4
VARIATIONS*さくら*37(さくら編)
《胸を鷲づかみ!》



 はるかさんは、胸を鷲づかみにされ、熱い息を吐いた……!

 本当に、そう見えた。続いて監督の「カット、オーケー!」の声がかかる。
 春の特番『春を掴んで』の、一番トキメク話題のシーンは、あっけなく終わった。
「はるかちゃん、大丈夫だった?」
 マネージャーが、まだ頬を桜色に上気させた坂東はるかに駆け寄った。
「あ、大丈夫。間所さんの目がすごくって……」
「胸は、触らせないってのが条件だったんだよ」
「あ、全然。かすってもいませんよ」

 間所健は、やれやれという顔をし、楽屋へと引き上げていった。

 あたしは、はるかさん演ずる野村春香の妹の友香役。台詞は少ないけど、姉の春香に彼への気持ちを開かせ、恋人への道を踏み込ませる大事な役。
 で、一番問題だったのが、恋人へと飛躍する、この胸掴みシーン。監督は、ヤワなキスシーンなんかでごまかそうとはしなかった。直裁な描写で一気に表現しようと、この演出を考えた。
 台本では、長いキスシーンになっていた。でも、それだとディープキスにならないと、アップには耐えられない。ディープキスは清純を売りにしている坂東はるかさんの事務所はOKを出さない。むろん本人もヤだろうけど。

「さくら君、いいかな?」
 きちんと声を掛けてから、間所さんは楽屋に入ってきた。
「あ、どうもありがとうございました。お二人の演技の邪魔にならなかったでしょうか?」
 あたしは、子役時代から二十年近くやっているベテランの間所さんに気をツケした。
「楽にしてよ。局の弁当だけじゃ足りないんじゃないかと思って。姉貴の作ったパン。よかったらどうぞ」
「うわー、すごい。お姉さんパン屋さんなんですか!?」
「いやいや、ただの素人だよ。味は良いけど、バリエーションがない。十種類ぐらいをとっかえひっかえ。プロなら百種類ぐらいは作れなきゃね」
「そうなんですか、じゃ、メロンパンからいただきま~す」
「ハハ、はるかといっしょだ。女の子はメロンパン好きだね」
「小ぶりな膨らみ具合がいいですね……う~ん、おいしい」
「はるかは、自分の胸ぐらいだって喜んでた」

 あたしは、さっきのシーンを思い出して赤くなった。

「あのシーン、セーターの下から手を入れて、本当に胸つかんだような気がしました」
「あれはね、セーターの下で、手をパーにして開いたり、少し閉じたり。実物とは距離とってるから、アップで撮ると、実際よりも胸が大きく見える。ほらね……」
 間所さんは、自分のトレーナーの下に手を入れて実演した。
「不躾だけど、おっかしい~」
「ハハ、変態のオッサンだね」
「でも、呼吸がぴったりでしたね。どう見ても、ほんとにムギュッでしたよ」
「あれは、目の表情。こんなふうにね……」
 あたしは、一瞬自分の胸が掴まれたような気がして、思わずのけ反った。
「大したもんですね」
「さくらちゃんも、良かったよ『好きなら、飛び込め!』気迫だったね」
「あれ、地なんです。優柔不断なやつ見ると、ああなっちゃうんです。現実には声になんか出しませんけどね」
「才能だねえ。あそこまでの気迫はなかなかね。で、さくらちゃんは、飛び込むの?」

 プールに飛び込むような気楽さで、間所さんは聞いた。意味はすぐに分かった。あたしの芝居なんて、お姉さんのパンのようなものだ。間所さんは、そういうなぞをパンに掛けている。

「姉貴はね、パン職人の学校に通いはじめたんだ」
「本職になるんですか?」
「パン職人の虫がいるかどうか、確かめるんだって」
「パン職人の虫……役者にも虫がいるんでしょうね」
「どうだろ。ボクなんか子役からだったからね、気が付いたら自分が虫だった。でも一寸の虫にも五分の魂。これでも飛び込む決心はしたんだ。二十歳ぐらいのときにね」
「あたし……」
「まあ、さくらちゃんは、まだ高校一年だ。飛び込み台は、もう少し先でしょ」
「でも、いつかは……」
「いつかはね……」

 間所さんは、真顔で正面から、あたしの目を見た。

「あ……」
「すごい、四つも食べたんだね!」

 いろんな意味で胸を鷲づかみにされた気がした……。

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小説
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