大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・《そして ただいま》第六回・由香の一人語り・4

2016-10-14 06:19:21 | 小説4
 《そして ただいま》
第六回・由香の一人語り・4



 ところが、カナダの熊オヤジは、こう言った。

『ハハハ、クマの見舞いに来て、クマもらってしまいました』
 なかなか懲りない性格のようだ。
 田中さんは、少し怖い顔のまま頭を掻いた。
 カナダのお友だちは、あたしの耳元に寄ると、大きなヒソヒソ声で言った。
『ユカくんは……』
 そこまで言うと……。

 バシッ!

 お友だちの顔に、もう一匹クマが増えた。奥さんとあたしは、正直ビビッた。
 でも、チョー不思議なことに、田中さんは、このお友だちを尊敬している。
 カナダに住み着こうと思った田中さんを思いとどまらせてくれたから。
『たとえ荒れていても、君は、日本の自然の中にこそいるべきなんだ。居心地が良いというだけでカナダに居たら、それは、ただのエスケープに過ぎない……例えグロテスクでも、ミゼラブルでも、人は、自分の場所にこそ根を生やすべきだ』
 この忠告が身にしみるには、互いの体に何匹もクマやアザラシを飼うことになったらしい。今さら一匹や二匹のクマが互いの体に増えても、屁でもないらしい。

 でも、田中さんは、例の子熊のことは気遣っていた。あの怪我では、たとえ母熊がいっしょでも、その年の冬を越せなかったからだ。

 日本とカナダの熊オヤジたちは、その日、夜遅くまで、まるで身内の子どものように熊の心配をし。奥さんとあたしは、冬物のカーテンを出し、朝食の仕込みをした。そして、もう一人人手が欲しいなと話し合った。

 それからの、あたしたちに、とりたてて変化はなかった。
 あいかわらず田中さんは、ぶっきらぼうだし、あたしもヘマばかりしていた。
 ただ、仕事の流れが良くなり、あまり肩が凝らなくなってきたことは嬉しい。
「ようやく、ペンションらしくなってきた」
 オーナーも、夏の暑さと共に頬を緩めるようになった。

 その年の秋と冬は、お客さんに急病人が出たり、ボイラーが故障し、お客さん達も従業員も、一晩暖炉の前で過ごした。いろいろ話をしたり聞いたり、その都度ペンションのみんなが力を合わせて乗り切ってきた。

 そう、お客さんの子どもが行方不明になったときは大騒ぎ。
 その時は、ご近所総出で助けていただいた。
 そして、なんと、隣の例の……ほら旧家のボンボンが発見!
 見つけたときは、このボンボンといっしょにポロポロ涙流してる自分に気づき、あたしも、ここの住人になりつつあるんだなあ……と、こそばゆく感じはじめていた。迷子の子もポロポロ……安心と嬉しさで泣いているのかと抱きしめたら……足を骨折していた。

 こそばゆさなんか、いっぺんに吹っ飛んで、慌てて連れて行った救急病院……。

 待合室では、ボンボンの視線を感じた。
 レスキューの感動を共有したことで、今さら妙な感情を持たれては困るので、意識的にボンボンを視界から外し、コチコチと響く時計の音に耳を傾けていた。
 気づくと、時計の下に里山の写真……。
 山で出会った子熊のことが思われた。
 診察が終わり、これからの治療の説明が始まる頃。田中さんが、子どものご両親と、あたしの交代要員にオーナーの奥さんを車で連れてきた。

 帰りの車中、田中さんに一部始終話し終えると、田中さんはコックリ頷いた。
「できたら、診察室で、子どもの手を握ってやると良かったね」
 そこまでは気が回らず、甘えるように話している自分を恥ずかしく思った。
 でも、時計の下の里山の写真で思い出した子熊のことを話すと、びっくりするほどあどけないウィンクが返ってきた。
 思わず、田中さんにハグしたい衝動にかられた。
 田中さんは、急ブレーキで、その衝動に応えた。
 夜道に飛び出してきたタヌキを恨めしく思った……。

「今日は、そこまでにしときまひょ」

 珠生先生は、いつもいいところで止めてしまう。
「だいぶ、充実した青春時代を思い出したようやね?」
「……ほとんど忘れていたことばかりです」

 私でも分かった。由香さんのころの貴崎先生の思い出が、回を重ねるごとに深くなってきている。
 でも、なんで、こんなに面白い……と言っては失礼だけど、充実した青春を心の中に封じ込めてしまっているのだろう?

「今日は、ちょっとハイになりすぎるような気ぃがしたから、止めましたんや」
「私は、なんだか楽しみになってきました」
「あの、明るさには影がおます。そやないと心の奥には、仕舞うたりしまへん」

 貴崎先生は、最初に来たときとは見違えるほどに元気な足どりでセンターの門を出て行くところだった。

 つづく

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