大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・『真夏の夜の夢ー御手鞠version 2013』

2016-10-14 06:37:06 | ノベル
高校ライトノベル
『真夏の夜の夢ー御手鞠version 2013』
  


 夕方にゲリラ豪雨があったので心配したが、客足は過ぎるほどに順調だった。

 大阪でも珍しく舞台設備の充実した御手鞠高校の演劇部では、定期的に自主公演が行われる。
 自主公演では既成の脚本、秋のコンクールでは創作劇というのが、長年の間にできた慣習である。

 前回の『ジャパンドール』は既成本ながら、なかなかの好評で、今回はシェ-クスピアの『真夏の夜の夢』に挑戦するのだ。正確には『夏の夜の夢』であるが、顧問である山阪は、あえて通称である『真夏』にした。
 今年は例年にない暑さで、このタイトルは、図らずもピッタリになったと、山阪は苦笑した。

 偶然だが、真夏という名前の部員がいる。正確には冬野真夏という、なんとも苗字と名前がケンカしたような名前である。
 
 名前のせいではないだろうけど、真夏は、いささか情緒不安定である。

 一年生で見学に来た頃から、山阪はこの子に目を付けていた。

 第一に教師として。この子の敏感過ぎる性格は、下手をすれば団体生活である学校についていけず、最悪の場合はハミゴ、成績不振、不登校、退学と道が見えるようであった。見学中も、誰も笑わないところで、大笑いしたり、一人ハンカチを濡らしていたりした。なんとかしてやりたいと思った。

 第二に、役者や、作家としての才能である。

「泣いてごらん」
 基礎練習で、そういうと真夏は十秒もしないうちに涙をこぼし、大泣きして過呼吸になってしゃくり上げた。みんなびっくりした。
「真夏、なんで、そこまで泣けたんや?」
 好奇の目で見るみんなの前で、真夏は平然と言った。

「うち、みんなにハミゴされたこと想像したんです……」

 真夏のイマジネーションは群を抜いていた。想像した世界は実に緻密で、中には部員自身が触れて欲しくないような性格の描写や、どこかで観て記憶に残っていたのだろう、部員同士のささやかなイサカイを何十倍にも増幅し、自分に向けられたものとして表現した。
 笑いのエチュードをやらせたときもそうで、真夏の笑いには誇張されてはいるが、きちんとした裏付けがあった。

 ただ、部員は忘れかけていた、ささやかなイサカイや性格上の問題をえぐりだされて、面白くなかった。そして、真夏には、それが理解できなかった。芝居をやるためには、自分の欠点や失敗も含めて材料である。材料を見て起こっていたのでは、家庭科の調理実習などできないだろうと、真夏は思うのであった。

「先生、この芝居には道具はいりません。素舞台でいきましょ」
「あ……でも、このプランで、照明も考えたし、演出も……」
 部長が、取りなした。もう本番まで三週間を切っていた。
「誤りを改むるに、恥ずべきは無して、いいますよ」
「え、うちらの芝居間違うてる言うのん!」
「うん」
 ケンカと言うよりは、全員対真夏になり、結果的には真夏を降ろさざるを得なくなった。

 真夏は平気で、道具係に専念……片手間にやり、自分で本を書いていた。

 本番直後、真夏への気遣いもあり、みんなでタイトルも決まっていない真夏のプロット(完成品と言っても良いのだが、本人はプロットだと謙遜ではなく、思っていた)
 まるで、一人芝居であった。登場人物は五人だが、真夏は完全に使い分けていた。これに、少々の演出を加えれば、一本の芝居として成立する。
「まあ、五人やったら、うちでやる芝居としては登場人物が少ないなあ……」
「そんなこと……」
 と言いかけて、真夏は黙ってしまった。
「その、大泣きいうとこ、号泣にしたほうが、言葉立つんちゃうかな……」
 気の優しい野々村結衣が、取りなすように、優しく言った。
「それはあかん! 号泣は大勢の人間が泣く様や。一人で泣くのは大泣きや!」
 真夏の剣幕に、結衣も俯いてしまった。

 そんな真夏に、一度チャンスをやろうと思い、自主公演に『夏の夜の夢』を真夏に任せた。自分は妖精のパックを演ると宣言し、一週間でアラアラの本を書き上げてきた。タイトルは『真夏の夜の夢』となっていた。
 この『真』の一字の重さと覚悟は、真夏と、顧問である山阪にしか分からなかったが、山阪は誰にも言わなかった。

 道具は、平場の舞台に脚立が二本と数脚の椅子があるだけだった。照明はつけっぱなしで、転換そのものも明転で芝居の中に組み込んだ。
「せめて、ピンフォローぐらい……」
 結衣の意見も却下。
「シェ-クスピアの時代には、照明なんかありませんでした」
 と、真夏。

 芝居は上々であった。

「先生、ありがとうございました。初めてうちの演りたいようにやらせてもろて、本望です。うち演劇部におらんかったら、学校も続きませんでした……これ、受け取ってください」
「なんやこれ?」
 落とし切れていないパックのメイクの目から涙がこぼれた。受け取ったモノは退部届であった。
「あと、半年。このままの勢いで卒業します」
「真夏……」
 真夏は、一瞬笑顔を見せて、楽屋に駆け込んだ。

「山阪、元気そうじゃないか。今の芝居よかったぜ!」

 声の主は、芸術大学時代の同期で、今は東京のS劇団で中堅の演出をやっている稲川だった。
「高校演劇って、もっと力んでるだけのものかと思ったけど、いやいや、今のは、役者が生きてたよ。みんなよかったけど、パックがいいな。高校演劇にゃもったいない」
 山阪は、稲川の言葉に少し抵抗を感じた。ポーカーフェイスのつもりでいたが、稲川には分かってしまった。
「すまん、そういうつもりじゃないんだ。あの子、学校じゃ生きにくいタイプだよな。それを、あそこまで生かしたんだ。教育者としてのお前は一流だよ」
「どうも、誉め言葉として聞いとくよ」
「まんま、誉め言葉だぜ。だから、まんまのまんま言うぞ」
「なにを?」
「パック、オレによこせ」

「は!?」

「残りの半年、腐らせとくつもりか。楽屋、あっちだな……」
「お、おい、稲川!」

 その秋から、真夏はS劇団の研究生になった。取りあえずは土日だけだが、稲川は、特待生として交通費を支給されるようになった。

「もう秋ですけど、真夏ですみません!」

 劇団での、真夏の最初のあいさつだった。「続けて」という声に、真夏は四十分も喋ってしまった。

「真夏君は、いい先生にならったんだね」

 劇団のボスに、そう誉められ、真夏の演劇人の人生がはじまった。鰯雲の向こうに自分の人生が広がっていくのを感じた。

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小説
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