大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・高校ライトノベル・上からアリコ(^&^)!その十『その香り……糺すの森』

2017-06-02 06:33:27 | 小説3
上からアリコ(^&^)!その10
『その香り……糺すの森』


「うーん……」

 部屋着に着替えてリビングに行くと、オジイチャンが、短冊片手に唸っていた。
「どうかした、その短冊?」
 千尋は、冷蔵庫から牛乳のパックを取りだした。そして、コップに注いで、最初の一口をグビリとやったところ。で、オジイチャンが叫んだ。
「これは、羽仁恭子の字だ!」
 千尋は、むせかえってしまった。
「ゲホ、ゲホ、びっくりするじゃない、オジイチャン」
「千尋、この短冊、どうした?」
「いま着替えたとこなのに、トレーナーが牛乳だらけダヨ……ったく」
 千尋は、また着替えに、部屋に戻った。着替え終わって、ドアを開けた。
「ワッ! 何回ひとを驚かせんのよ!?」
 開けたドアの真ん前にオジイチャンが立っていた。
「この短冊だ!」
「それは、部活の顧問の先生にもらったの」
 オジイチャンの前をすり抜けて、冷蔵庫の前に飛び散った牛乳を拭きにいった。
「これは……その先生は、なんて名前だ?」
「藤原有子だよ」
 それから、オジイチャンの質問攻めに遭った。

 で、明くる日、オジイチャンを学校に連れていくハメになった。無論いっしょに行くわけではない。あらかじめアリコ先生の都合を聞き、OKが出たので、放課後やってきたオジイチャンを先生がいる司書室に連れて行った。
「似ている……」
 オジイチャンの第一声。
「千尋ちゃんの、お祖父さんでいらっしゃいますの?」
「はい、阿倍野道明(どうめい)と申します。道に明るいと書きます」
「似てらっしゃるわ……」
 アリコ先生は、お茶を入れながら、唄うように、楽しげに言った。
「わたしがですか?」
「フフ、そうですよ」
 早くも、オジイチャンはアリコ先生のペースにはめられそうになっていた。いつも押し出しの強いオジイチャンなので、千尋には驚きだった。よく見ると、お祖父ちゃんの目には、千尋が今までに見たことのないトキメキが息づいていた。
「誰に似ているのですか?」
「安倍晴明さん」
「あ……」
 オジイチャンは、隠れんぼをしていて、一番に見つけられたような子のような顔になった。
「どうかなさいました?」
「ゲホ、ゲホ……これは失礼」
 オジイチャンは、お茶にむせかえった。千尋はざまあみろと思ったが、こんなオジイチャンを見るのは初めてだったので、おもしろかった。
「我が家には家系伝説がありましてね、わが阿倍野家は、大阪に土着した安倍晴明の子孫だと言われております」
「え、そうだったの?」
 千尋には初耳だった。
「いや、単なる言い伝え。迷信のたぐいなので、千尋には言ったこともありません。そういうのは、わたしの趣味にあいませんのでね」
「でも、似てらっしゃいますよ。一見穏やかそうで、自我が強そうなところ」
 先生は、安倍晴明の友だちのようなお気楽さで言った。
「あ、無論、『占事略決』なんかの古文書からのイメージですけど」
「は、はあ……」
 オジイチャンは、額の汗を袖で拭った。オバアチャンに叱られる、オジイチャンのクセである。
「フフ、で、わたしは誰に似てますの?」
「あなたは、ひょっとして羽仁恭子さんの娘さんか、お孫さんじゃないですか!?」
「いいえ、わたしは両親ともに藤原。いとこ同士の結婚でしたの」
「しかし、よく似てらっしゃる……」
「羽仁恭子なら、少しは知ってます。前世紀の七十年安保闘争や学園紛争で名前をはせた羽仁恭子、通称ピンクのバニー」
「ええ、帝都大保田講堂の激戦の最中、姿を消した、革アル派の女性闘士でした……ほら、この写真の、中央右の人物です」
 千尋は、例の写真かと思った。ゲバ棒持って、ヘルメットにタオル。人相なんて分かるシロモノじゃ……なかった。少しピンぼけだけど、バリケードの片隅で、腕を組んでいるショ-トヘアーの横顔。確かに、アリコ先生の面影がある。
「この写真は……?」
「こっそり撮ったんです。むろんフィルムは、保田闘争の前に隠しましたが」
「なんのために……?」
「保田闘争の敗北は、民声派の全学バリケード封鎖反対のときに覚悟していました。でも、僕たちが生きて信じてやったことの証を残したかったんです。マル機に捕まって、年月がたてば、自分自身の覚悟や想いなんて、すぐに変質してしまいますからね」
「でも、なぜ羽仁恭子を?」
「……惚れていたんでしょうな。あのころは、記録の一部と割り切っていたつもりでしたが、このピンのぼけかた。ドキドキしておったんでしょう」

 いい香りがしてきた。気が付くと、アリコ先生の机の上にお香が焚かれて、淡く香りが漂っていた。

「糺すの森ってお香……いい香りでしょ」
「なんだか、リラックスしますね。オジイチャンの話しなんて、ふだん五分も辛抱して聞けませんからね」
「フフ、だと思って」
 アリコ先生は、そう言ったが、千尋はオジイチャンの気持ちを落ち着かせるためだと思った。それにしても、いつの間に、お香なんて焚いたんだろう。部屋に入ってきたときは匂っていなかったように千尋は思った。
「……わたしは、保田講堂が落ちる前に羽仁さんだけは逃がそうと思っていたんです。他の同志も口にはしなかったが、同じ思いだったと思いますよ」
「いい人だったんですね。羽仁恭子さんは……ところで、稲井豊子という女の人はご存じありません?」
「ああ、稲井君なら……」
 オジイチャンが言いかけたとき、司書室の電話が鳴った。
「はい……警察の方……玄関の前に。分かりました」
「先生、ひょっとして卓真……さんのこと?」
「おそらくね、ちょっと失礼します」
 先生は、急いで、しかし優雅に部屋を出て行った。糺すの森の香りが強くなったような気がした。
 千尋は、持ち前の好奇心で、窓から玄関のアプローチの方に目をやった。

 そこには、覆面パトカーを前にして、刑事とおぼしきおじさんと、中年の女性……そして卓真が立っていた。
 お香のせいだろうか、千尋には、卓真のトゲトゲしたオーラが感じられなかった……。

 つづく


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