大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・《そして ただいま》第五回・由香の一人語り・3

2016-10-13 06:12:25 | 小説4
 《そして ただいま》
第五回・由香の一人語り・3



 田中さんは、体を張って、あたしを守ってくれた。

 小熊は、脚に怪我をしていた。それでも里山に降りてくるのは、人間の開発に節度がないからだ。けして異常気象だけのせいじゃない。
 助けてもらったお礼を言いに行ったとき、痛む背中を庇いつつ、半分振り向いた横顔で、田中さんは呟いた。

 横顔の向こうに『○○県総合開発規制へのお願い』という陳情書が目についた。田中さんの字で、机の上に置かれていた。
 あたしの視線に気づいて田中さんが口ごもる。
「その……なんだ……自然とはうまく付き合ってください……てなもんだ」
「あの……その……うまく付き合ってください。あたしとも」
 気まずさをなんとかと思っていたのに、飛躍した言葉に、自分でもドギマギした。若いオトコなら、絶対に誤解する。田中さんも、ボキャ貧の飛躍だと笑ってくれた。
 ボキャ貧どころか、ほとんど無口な田中さんに言われては世話がない。

 でも、そのことがあってから、田中さんとの距離は、少しずつ縮んでいった。そして分かった。

 信じられないことに、田中さんのぶっきらぼうは生まれつきのものでは無かった。
 
 この十数年世界中をブラブラしているうちに付いてしまった新しいクセ……と言うより、生まれてこの方、日本でついたモロモロのクセ……それが抜けた、っていうか漂白された元々の本来の田中さんの姿……って、生まれつきって言うんだよね。アハハ、あたしって、ほんとボキャ貧だ。
 若い頃は、新宿の道ばたで、ギターを弾いていたり、夜っぴき人と難しい話をしたり。デモに行ったり。髪の毛も肩まで伸ばして、名前も三つも四つも使い分けて正体不明。
 その頃は、それが自分を守る術だと思っていた。
 そして、見栄と成り行きで辛い同棲なんかもして、できちゃった婚の寸前。
 これは、彼女が流産して、それこそ関係そのものも流れてしまったそうだ。互いに本名も名乗ることもなく、彼女とは、それっきり。

 この話はね、仕事連続で失敗してチョー落ち込んで、ペンションの裏に飛び出した。
 その時、薪割りをしていた田中さんが、後ろ姿のまま教えてくれたこと。
 後にも先にも、身の上話をしてくれたのは、それ一回ポッキリ。
 
 そのあと、跡継ぎの居ない伯母さんの養子になり、その伯母さんが止めるのも聞かずに、世界放浪の旅に出たんだって。
 中国じゃ水害で流されそうになったり、ペルーじゃ、危うくゲリラに殺されそうになる。ドイツじゃフーリガンと間違われて国外追放。
 モンゴルは気に入って二年ほどいたけど、おりからの相撲ブームで、どこへ行っても相撲の相手をさせられるんで、そいで、カナダへ移住。
 そのカナダで、大自然の奥の深さと豊かさに打たれて永住を決意! しかしサーズにかかり生死の境をさまよい、奇跡的に前回。期するところがあって、日本に戻ってきた。

 え、一回ポッキリの後が長い?

 ポッキリの後はね、カナダから見舞いにやってきたNGOだかNPOだかやってるカナダ人のお友だちから聞いたの。うん、田中さんのお友だち。
 その人がお土産に持ってきたカナダワインの一本を空にする間に教えてくれた話し。
 田中さんは、この話しのあいだ、ずっと席を外していたけど、話し終わって、トイレに立ったお友だちといっしょに戻ってきた。
 戻ってきたお友だちの右目には、大きなクマができ、鼻血が一筋垂れていた。

 田中さん、本当に昔の自分には触れられたくないんだと感じた。

 それから……ごめんなさい、思い出せない。

「今日は、そこまでにしときまひょ」

 私は、タイミングよく、お茶を出した。なんとなく話の潮時というものが分かってきた。
「生徒さんが死んだのに二回遭うてはるんですね」
「ええ、最初は男の子。バイクの自損事故です。ちょうどアパートに帰ったところに電話がありました。あのころは、まだ携帯電話もない時代でしたから、何度も電話されたみたいです……ええ、管理職からです。その時は自損というだけで、加害者かも被害者かも分かりませんでした。学校に着いて『死んだ』と伝えられました。そのあとなんて聞かれたと思います?」
「サッチャン考えてみよし」
「え……『かわいそう』とか『気を確かに』とかじゃないんですか?」
 すると、珠生先生とクランケの貴崎先生がいっしょに笑い出した。
「ハハ、里中さんは無垢でいいわ」
 貴崎先生は、カウンセリングが終わると先生の顔に戻る。だから私も由香ちゃん先生とは呼ばない。
「『バイクについて安全指導はやってるんだろうね!?』って、校長に詰め寄られたわ」
「え、生徒の話じゃなくて!?」
「管理職も、教委とマスコミから、そこを突っこまれてんの。学校って、基本はお役所。あ、いま何時ですか?」
「えと、三時半過ぎたとこです」
「すみません。あたし、美術展行ってきます。ここに来るまでは、どうしようかと思ってたんですけど、やっぱり行ってきます」

「行ってらっしゃい!」

 アクセント違いの同じ言葉で、貴崎先生を見送った。
「ちょっと、いい傾向ですね!」
「まあね……あの人のは、まだまだ……」

 そう言うと、先生は大きなアクビをしながら伸びをした。その時、奥歯が金歯だということが分かった。
 なんだか、珠生先生の秘密兵器を見たような気がした。

 つづく

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