大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・時かける少女・53『正念寺の光奈子・3』

2017-05-14 06:49:26 | 時かける少女
時かける少女・53 
『正念寺の光奈子・3・地獄に墜ちろ!』 
       

 昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子(みなこ)は、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメた。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になってしまった……今度は、正念寺というお寺の娘の光奈子になり、ひなのの葬儀も無事に終わったのだが……。


 よく誤解されるが、浄土真宗には、極楽の概念だけがあって、地獄は存在しない。

 この、子どもの頃から聞かされた教義であるが、光奈子は、たまに「地獄に墜ちろ!」と思う奴がいる。
 
 今回は、三年生の林田先輩だ。演劇部で、たった一人の男子部員。
 温厚=ホンワカを旨とする光奈子が「地獄に墜ちろ!」と思うのは、よっぽどである。あの生指の梅沢先生にもそこまでは思わなかった。

「おれ、今度の役降りるから」

 この一言で、光奈子は、そう思ったのである。
 林田は、顧問の篠田先生と、この春休みにぶつかった。先生に一言もなく地区の合同公演に出たからである。
「なぜ、あたしに言わないのさ。知らないところで事故やケガされても、責任はうちの学校なんだよ、あたしが責任とるんだよ。それに、その間、クラブどうすんの? あんた、もう三年生になるんだよ!?」

 その時は、大げさだなあぐらいに思っていたが、今度のひなのの事では先生は、始末書を書いて訓告処分になった。梅沢先生の「教師公務員論」には、賛成できないけど、扱いは並の公務員のそれである。

 もう一つ許せない理由がある。

 ひなのは、この芝居の道具に使う布地の見積もりを取りに行って、事故に巻き込まれたんだ。林田が降りたら、この芝居は成り立たない。つまり、ひなのは犬死にしたのと同じになる。
「なんで犬死になんだよ。もし、オレが降りないでコンクールに落ちたら、そっちこそ犬死にじゃんか。ひなのだけじゃない、みんな無駄な努力に終わっちまうんだよ」
「それは、違います。やるだけやって、だめだったら、ひなのだって納得します。やらずにやめちゃうなんて、ひなのが浮かばれません」
「それじゃ、まるで、オレが悪者みたいじゃないか」
「悪者です!」
「なんだと!」
 クラブのみんなは、シンとしてしまった。
「冷静に言うぞ。今の本じゃコンクールで最優秀はとれない。八月のアプレ公演の時に、そう思ったんだ。今なら間に合う。本を変えよう……て、言ったら、みんな、そういう顔するだろ。オレに腹案があるんだ。イヨネスコの『授業』 仲代達也さんが演って、大当たり。おれ、もう台詞覚えにかかってるんだ。これなら……」
「分かった、林田は、もうやる気ないんだ!」
 部長の福井さんが、沈黙を破った。
「そんなこと言ってねえよ。ひなのが見積もり取ってきた布地だって、別の芝居で使えるじゃんか」
「それは詭弁です。ひなのは、今の芝居で使いたかったんです。それに林田先輩は、仲代さんにかぶれて主役の教授演りたいだけじゃないですか!」
「藤井!」

「もういい! もう分かった!」篠田先生が立ち上がった。

「林田君、降りていいわ。あんた無しでも出来るように本書き換えるから。あとどうするか、みんなで話し合って。あたし、本の書き換えしてくる」
 篠田先生は、静かに部室を出て行った。すっかり早くなった西日が部室の中をタソガレ色に染め上げた。

「林田。あんたとはいっしょにやれない。退部して」福井部長が西日を背中にして言った。

「そりゃあ、残念だな。スタッフで残ってやってもよかったんだけどな」
 林田は、そう言うとカバンを持ってドアに手を掛けた。

「地獄に墜ちろ……」
 福井部長が呟いた。
「地獄、上等じゃね。役者は、何事も経験だしな」

 残った部員は四人だったけど、結束を誓って、その日は解散した。

 ジャンケンで勝ったので、あたしが篠田先生に報告に行った。四人で行ったら泣き出しそうだったから。
「がんばろうね!」
 先生は、そう言って、手が痛くなるほど握手。シノッチもむかついている。

 駅までの帰り道、信号に全部引っかかって、準急に乗り損ねた。
「アチャー……!」
 オッサンみたいに言って、光奈子はベンチに腰掛けた。
「ハハ、乗り遅れか」
 なんと、隣に林田がいた。
「オレも、各停乗り遅れ……おれは地獄行きだからな」
「地獄なんて、ありません。人間死んだらみんな極楽に行くんです」
「ほんとかよ?」
「うちの宗旨じゃ、そうなってます。善人なおもて往生す、言わんや悪人をや……です」
「悪人正機説だな」
 明らかに、バカにした言い方だった。
「極楽、チラ見してみます?」
「チュートリアルか?」
「あの西日の下のあたりを、よーく見て下さい」
 林田は、目を細め、手を庇にして太陽の下を見た……にやついた顔が、恍惚とした表情になった。光奈子も以外だった。極楽なんて、親鸞さんでさえ見たことがない。

「ウワ!」

 林田は声にならない叫びを上げた。西日の中でもハッキリ分かるほど顔色が悪い。
「どうでした、極楽?」
「と、とんでもねえ……!」
 そう言って林田は、ちょうど入ってきた各停に乗っていってしまった。

 光奈子は、自分の力に、まだ気が付いてはいなかった……。

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小説
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