大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト・145『赤田先生の自転車』

2017-08-13 17:41:17 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・145
『赤田先生の自転車』
        


 赤田先生の自転車は年甲斐もなく、赤い自転車である。

 厳密に言うと赤ではなく、オレンジ色に近い。
 信じられないが、もう四十年も乗っている。最初は、ほとんど赤だったのが四十年の歳月のうちにオレンジ色になってしまった。
 しかし、それ以外は、どこから見ても新車同然だった。磨き抜かれたフレームやハブ。効きのいいブレーキ。ダイナモで少しペダルが重くなるがLEDライトに負けないくらい明るいライト。ライトの色はLEDと違って、尖った明るさではなく、ちょっとアンバーがかった懐かし色。ベルのチリリンという音もどこか優しげ。
 みんな、赤田先生の人柄が反映されていると思っている。手入れを怠らず、大切にしてきたんだと思っていた。
 実際、赤田先生の家に行った先生や生徒は、その扱い方の良さにビックリする。

 なんと赤田先生は、自転車を自分の部屋に入れている。まるで家族のように。

 赤田先生は、新任のころから、この自転車で通勤し、出張に行き、家庭訪問に行った。
 よほどの遠距離。たとえば沖縄の修学旅行でもなければ、他の交通機関を利用することは無い。
 以前ヤンチャな学校に勤務していたころ、アクタレのアベックの生徒が、先生の自転車を盗んで、学校を抜け出そうとしたことがある。五メートルも行かないうちに、女の子が後輪のスポークに足とスカートを巻き込まれ、男の子は急ブレーキをかけた。そんなにスピードは出ていなかったのに、男の子は前に投げ出され頭蓋骨を、女の子はスカートが引き裂かれたアラレもない姿で両足首を骨折した。

 で、自転車には傷一つ付かなかった。

 子どもを助けたこともある。路地から飛び出した小学生が赤田先生の自転車にぶつかり、自転車のすぐ後ろを走っていたトラックに轢かれずにすんだことがある。自転車にぶつかった小学生は「まるで抱き留められたみたい」と言い。実際怪我一つしなかった。この時は、とっさに子どもを助けたということで、赤田先生は、警察から表彰状をもらった。

 そんな自転車に乗って仕事に行くのも、今日が最後である。

 今日は、三学期の終業式。赤田先生は、終業式を最後に事実上退職する。三月の残った日々は、有り余る有給休暇にした。
「赤田先生は、三十七年の長きにわたって、この自転車に乗り、生徒諸君のためにがんばってこられました。お休みになられたのは、ご両親が亡くなられたときと、インフルエンザで出席停止になったときだけであります」
 校長先生の言葉に、生徒達の中から泣き笑いの声が上がった。
「それじゃ、みんな。これでさようなら! みんなもがんばるんだぞ!」
 赤田先生は、ニコニコ笑いながら大きく手を振り、グランドを一周して、校門から出て行った。
 学校のフェンスには、生徒達や先生達がしがみつくようにして手を振りかえしてくれている。

 学校は、少し高い丘の上にあるので麓に行くまで、学校のみんなから見えている。

 赤田先生が、坂の下の橋に差しかかったとき、自転車は急に跳ね上がり、欄干を超えると十メートルほどの高さから、真っ逆さまに川に転落した。

――陽子ちゃん。やっぱり君は、僕を許してくれなかったんだね。三十八年前、僕は、ほんのチョイ借りのつもりで、赤い自転車を盗んだ。まさか、それが高校で同級だった陽子ちゃんの自転車だとは思わなかった。あの時、君は亡くなって三日目。ちょうどお葬式が終わって、陽子ちゃんは火葬場で焼かれていた。それで、駅前に置きっぱなしにしていた自転車に憑りうつったんだよね。僕は陽子ちゃんが好きだった。だから、僕は嬉しかった。それから、毎日同じ部屋で暮らして愛し合った。でも、君は自転車。僕は人間。いつかはお別れの時がくる。好きな女の人ができる度に君は邪魔をしたね。だから、僕は定年のこの歳まで独身だった。でも、ネットで知り合った女の人と僕は仲良くなった。今日家に帰って部屋に入ったら、自動的に陽子ちゃんをロックできるように仕掛けを業者の人に頼んでおいたんだ。それも君は見破っていたんだね。そして、こうやって……ぼくは嬉しいよ。怖いほどに嬉しいよ。僕は……――

 そこで赤田先生の意識はとぎれた。

 その後、川から海まで捜索されたが、赤田先生も自転車も見つからなかった……。


ジャンル:
小説
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