大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・時かける少女・58『彼岸の光奈子』

2017-05-19 06:38:29 | 時かける少女
時かける少女・58 
『彼岸の光奈子』 
        

 昭和二十年四月、前月の大空襲で肺を痛めた湊子(みなこ)は、密かに心に想う山野中尉が、沖縄特攻で戦死するまでは生きていようと心に決めた。そして瀕死の枕許にやってきた死神をハメた。死と時間の論理をすり替えて、その三時間後に迫った死を免れたのだ。しかし、そのために時空は乱れ湊子の時間軸は崩壊して、時のさまよい人。時かける少女になってしまった……今度は、正念寺というお寺の娘の光奈子になり、演劇部員。一昨日のコンクールは最優秀。で、今日は彼岸の中日だ。


 お前は、本堂で留守番だ。と言われ、ホッとしたような、寂しいような……。

 お彼岸は、今日(9/23)を中日として、その前後三日間ずつで、今日がお寺としては、もっとも忙しい。
 七日間で百件以上の檀家周りをこなさなければならず、お父さんと兄貴で、今日一日で20件ほど回る。光奈子もこの春に、本山で得度(坊主の資格)を受け釋妙慧(しゃくみょうえ)の法名もつけてもらった。檀家周りをさせてもらえる……させられる。という相反した気持ちがせめぎ合っていた。

「光奈子、おまえは、留守番。いいな」

 お父さんに、そう命ぜられた。
「たまに、お寺に彼岸まいりに来る人もいるからな」
 兄貴が、付け加えた。

 そんな人いるのかなあ。光奈子は分からなかった。なんといっても、去年まではフツーの女子高生で、クラブや、遊びに夢中で、稼業のお寺のことなど、ほとんど(今だって)素人だ。
 一応法衣だけは着ている。Gパンでお経を唱えるわけにはいかないからだ。

 十時前に、気配を感じて振り返ると、外陣の隅に、網田美保のナリをしたアミダさんがニコニコ座っていた。
「馬子にも衣装だね」
「なによ、冷やかしだったら帰ってくれる」
「ハハ、そりゃ無理な相談だな。ここが、あたしの家だもん。光奈子より古いんだよ」
「たしかにね。学校で見慣れてるから、ついね」
「修行がたりないわね。あたしはどこにでもいるのよ。得度のとき習ったでしょ」

 そう、阿弥陀様は、世界中のどんな場所にでもいる……ことになっているが、あの女子高生のナリをしたアミダさんには、そういうありがたみは感じない。
「今日は。光奈子に、縁のある人が来るわよ」

 美保が、そう言って消えるのと同時に、開け放した山門から、ゴロゴロのバアチャンカートを押しながら、一人の婆さんがやってきた。
「よっこらしょっと……」
 お婆ちゃんは、光奈子が手を引きに行く前に、ノコノコと本堂にあがってきた。
「あの……」
「あら、光奈子ちゃんじゃないのよ。あんたも得度したんだね。去年までは光男君だったけど……あら、あたしのこと、覚えてないの。まあ、無理もないね。最後に見たのは小学校に入ったばかりの報恩講のころだもんね」
「思い出した! 時任(ときとお)のオバアチャン!」
「そうだよ、あんたの名付け親……とは、おこがましいけどね。ま、この人に阿弥陀経でも一発お願いするよ」

 時任のオバアチャンは、紙袋から写真と過去帳を出した。過去帳には四月七日に「釋善実 俗名・山野健一」と、一人分だけ書かれていた。光奈子は、その一人分の法名しか書かれていない過去帳をいぶかしく、思ったが、聞くのも失礼かと、思い、静かに阿弥陀経を唱えた。

 振り返ると、光奈子と同い年ぐらいの女学生が、まだ手を合わせていた。お下げにセ-ラー服。今でも現役で通用しそうなナリだったが、受ける雰囲気は、今の時代のそれでは無かった。

「あら、昔の姿にもどっちゃった!」
 女学生は、陽気な声を上げた。
「あなたは……」
「よかった、モンペじゃなくって。やっぱ、女学生はスカートでなくっちゃね」
 女学生は、立ち上がりクルリと回って、スカートをひらめかせた。足は厚めの黒のストッキングみたくで、こんなナリは今時、学習院でもしないだろう。

「あら、ごめんなさい。わたし、時任湊子。あなたが生まれたときにね、善ちゃんに頼まれたの『孫の名付け親』になってやって欲しいって。まあ、はな垂れ小僧の善ちゃんだけど、立派なジイサン坊主になってるんだもんね。思いを伝えるために、付けたわ『光奈子』 ここの子は、みんな名前に『光』が付いているから、頭を絞ったの。字は違うけど『みなこ』」
「そうだったんだ」
「もう、わたしのことなんか忘れてくれてもいいんだけどね。こうやって、同じ呼び名で、こんないい娘さんになって……わたし、それだけでも幸せよ!」

「ミナコちゃん」

 そう呼ばれて、二人とも振り返った。本堂の入り口に真っ白な制服を着た海上自衛隊……昔の海軍の軍人さんが立っていた。
「健一さん……」
「やっと、迎えにこられたよ」
「バカ、バカバカバカ! 六十七年も待たせて!」
 湊子は、軍人さんの胸を叩いて泣き崩れた。
「ごめん、待たせて。でも湊子ちゃんには長生きしてもらいたかったし、こんなに可愛い尼さんの名付け親にもなってもらえたし。歳の分だけ、仕事はしたじゃないか」
「もう、どこへも行かないでね」
「当たり前じゃないか。そのためにやってきたんだから」
「やっと、わたしの健一さんになった……」
「そうだ、これから銀座にでも行こうか、それとも浅草でも」
「もう、古いんだから。わたし、原宿がいいな!」
「じゃ、取りあえず、原宿から……」

 二人は、陽気な声を出して、寺の山門をでていった、

「いやあ、今日は疲れた」
 お父さんが、檀家周りを終えて、ビールを一杯ひっかけたところで、電話がかかってきた。
「はい、正念寺でございますが……はい……はい、今住職と変わります」

 それは、地区の民生委員のおじさんからだった。朝、時任のオバアチャンがお寺(つまりウチ)に来ようとして、自宅の前で倒れた。直ぐに病院に運ばれたが、ついさっき息を引き取った。八方手を尽くしたが見寄が見つからないので、民生委員が立ち会い、自治会で葬儀をすることになった。ついては、導師をお願いしたいとの話であった。
「とりあえず、枕経だな」
「お父さん、あたしも付いていく!」
「……そうだな。光奈子の名付け親でもあるんだからな」

 世の中に幽霊なんかは、存在しない。あるとすれば、その人の人生の残像。だから、切なく愛おしいんだ。

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