大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・あたしのあした・47『大学芋の匂いがした』

2016-11-05 12:29:27 | 小説
高校ライトノベル
あたしのあした・47
『大学芋の匂いがした』
      


 こんなことはしたくなかった。

 しかし、さやかの瞳には秋の雲しか映さないのだから仕方がない。

 
 さやかが、あんな目になるときは、全てを拒絶している時だ。
 表情こそは穏やかにしているが心は閉じてしまっている。こいつは敵だと思ったら、ああいう目になってしまうのだ。
 一見素直で、人に対して心を開いているように見える。瞳は鏡のように澄みきって、彼方の雲さえ映してしまう。
 でも、実際には閉じている。文字通り、鏡のような瞳は全てを反射してしまい、なにも受け入れることは無い。

 春風家の勝手口は、朝の八時から十分間だけ開いている。お手伝いの三谷さんがゴミを指定場所に捨てに行く時間なのだ。

 三谷さんの後姿が角を曲がるのを確認して中に入った。
 廊下を突き抜けて階段を上がり、二つ目のドアを開ける。開けると言っても暗証番号をキーワードと共に入力しなければならない。
 キーワードは月ごとに変わる。それを知っているのはさやかと、その母の瑠衣子、そして主席秘書の風間寛一……今は田中恵子の体になっているわたしだけだ。

 本棚の三段目の本をずらすと、隠し金庫が出てくる。

 ダイヤルを回すと密かな音がして扉が開く。
 春風家の重要書類が一式入っている。
「出し入れしてないんだ」
 中は、二か月前に、わたしが確認したままだった。
 わたしは、書類の中からさやかのパスポートと戸籍謄本だけを取り出した。
 パスポートは日本のものとゼノヴィア公国の二つがある。すなわち二重国籍の証拠そのものだ。戸籍謄本は、さやかに決心させるために、わたしが取り寄せておいたものだ。
 小机に、その二つの証拠を並べると、スマホを取り出して写真に撮った。
 万一のために、自分のパソコンに送信しておく。あとは編集してネットに流すだけだ。

 部屋を出ると大学芋の匂いがした。一瞬足が停まるが、長居は無用だ。

 勝手口を開けて外に出る。三谷さんが意外に早く戻ってくる気配がするので慌てて路地に向かう。
 角を二つ曲がって小公園へ、ここを斜めに横切ると駅へのショートカットになる。

 また大学芋の匂いがした。

「どう、おひとついかが?」

 思わず振り返ると、先生(瑠衣子=さやかの母)がニコニコ顔で立っていた。
「あなた、風間さんでしょ?」
 グラっときた。
「あ、えと……風間の娘です。田中恵子っていいます。えと、籍は入っていませんが」
「ホホホ、言い訳しなくても、わたしには分かるのよ。女の子のナリはしてるけど、それ以外は風間さんそのものだもの」
「え、あの、先生」
「わたしのことを先生だなんて呼ぶ女の子はいません。こんな引退したお婆ちゃん」
「……ほんとに分かるんですか?」
「入ってきたときの足音、大学芋の匂いで立ち止まったこと……あなたは一瞬のことだと思ったでしょうけど、一分近く立ち止まってたのよ。よっぽど二階に上がってみようと思ったけど、脅かしちゃいけないものね」
「で、先回りしたんですか?」
「ええ、あなたなら、きっとこの公園に来る。昔からさやかと遊んでくれたところだものね」
「えと……でも、こんなになっちゃったの不思議に思ったりしないですか」
 さやかは、わたしが風間の娘だと言っても信じなかった。なんで先生は?
「亡くなった主人はゼノヴィア人だったでしょ、あちらはメルヘンでいっぱい。魂が入れ替わっちゃうくらいじゃ驚かない、交通標識に『妖精飛び出し注意』というのがあるくらいなんだから。それに、病院の風間さん見てても、魂が入っているような感じがしないんだもの。わたしね、大学芋作って病院に持って行ったのよ。でも、脳波も心電図もピクリとも反応しないんだもの、あー、魂は……あなたが助けた女の子に取り込まれちゃったと諦めていたのよ、こうやって生きていてくれて、とても嬉しいわ」
 議員をやっていたころの先生は、こんな表情はしなかった。なんだか心が休まってくる。
「先生……わたし、さやかに議員を辞めさせたいんです」
「わたしも、そう思う。どうぞ手に入れた証拠で、あの子を辞めさせてやって。このままじゃ、あの子のためにも日本のためにもならないから」
 先生の顔が真顔になった。
「あなたは思っているかもしれないわね、さやかは自己満足のために議員をやっている……端的に言えば、いい格好をしたいためだけなんだと」
「……はい」
 政治家は純粋であれとは思わないが、近頃のさやかは、見苦しいほどに自己保全のベクトルでしか動いていない。
 自滅する前に引導を渡してやろうというのが、わたしの本音なのだ。
「あの子が、今のあなたと自分のことが受け入れられるようになった、また助けてやって。とりあえずは……ね」
「はい、承知しました」

 気が付いたら、先生が持ってきた大学芋を全部食べてしまっていた。
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小説
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