大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・ライトノベルセレクト『HI・NO・MA・RU・TO・DIE・2』

2016-10-12 06:40:21 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト
『HI・NO・MA・RU・TO・DIE・2』
       


 なんだ、日本語喋れるんじゃない! マーヤ先生は不服そうに思った。

 で、自己紹介の終わったゴードン・ピッカリング氏は、講演タイトルを見て大笑いした。
「ワハハハ、こりゃ、面白い。『HI・NO・MA・RU・TO・DIE』いや失礼マーヤ先生。そして、生徒諸君ならびに日本国民のみなさん。これでは『死にかけの日の丸』ですなあ。訂正しましょう」
 ゴードン・ピッカリング氏は『HINOMARU・TODAY』と書き直した。『今日の日の丸』という意味に変わった。
「マーヤ先生、さぞかしご不満でしょう?」
 楽しげに氏は聞いた。
「いいえ、わたくしの不手際でした。申し訳ございません」
「そんなに、あっさりご自分の非を認めるもんじゃ、ありませんよ先生。お顔には、ちゃんとご不満の様子が見えます」
「それは……」
 マーヤ先生が、口をつぐんだ。
「君たちが敬愛するマーヤ先生をからかっているようで申し訳ない。実は、これが外交なのです」

 みんなの頭の上に、たくさんの「?」が立った。

「マーヤ先生が、お電話くださったとき、いきなり米語でお話になった『もしもし、わたくし乃木坂学院高校の酒木麻耶と申します。ピッカリング先生でいらっしゃいますか?』 君たちには分かりづらいかもしれないが、英語と米語はいささかちがいます。今のを英語でいうと『もしもし、わたくし乃木坂学院高校の酒木麻耶と申します。ピッカリング先生でいらっしゃいますか?』になります」

 明らかに違った。米語は滑らかだけど、例えて言うなら溶けかけのチーズ。英語はまだ溶ける前のチーズ。

「で、わたしは、マザータングであるロンドン弁で話しました。ロンドン弁は……例えば「H」を発音しません。ヘンリーはエンリーと言います。あるいは「I」を「エイ」と発音します。ですから「TODAY」は「TODIE」に聞こえてしまいます。こんな話があります。夏目漱石がロンドンで下宿していたとき、下宿屋のバアサンが風邪をひきました。漱石は親切な人で、このことを気に掛けて、ある日玄関ホールに居るバアサンに『いつ医者に診てもらうんだい?』と聞きました。するとバアサンはこう答えました『あたしゃ、今日いくとこだよ』 これをロンドン弁で発音すると『エイム ゴーイング トゥ ダイ』書くとこうなります。『IM GOING TO DIE』ね、あたしゃ死にかけ。になりますね。で、漱石は階段を駆け下りると、バアサンを抱きかかえ、バアサンの部屋のベッドに寝かしつけました。とうぜんバアサンは意味が分からないので大騒ぎ『この変態、なにするんだよ!』で、下宿屋は大騒ぎになりました。漱石の名誉のために申し上げますが、当時の漱石は、かなり神経をやられていました。その結果起こった喜劇であります」

 ここで、ゴードン・ピッカリング氏は水を飲んだ。

「これ、アメリカ南部では『ウォラー』と発音します。むろん英語では『ウォーター』であります。わたしが外交官としてやってきたことは、こういう違いを巧みに使い分けることが含まれていました。どうもマーヤ先生、ご無礼のほどゴメンナサイ」
 氏は、オチャメに手を合わせて拝むようにして、マーヤ先生に謝った。さすがのマーヤ先生も吹き出して、講演会場の空気は一気に和んだ。
 それから、このゴードンジイチャンはいろんな話をしてくれた。

 白地に水色のマルと緑地の日の丸を見せられて、驚いた。
「こちらがパラオの、でこっちがバングラディシュの国旗です。見たとおりそのまま、モデルは日本の日の丸です。日の丸に違和感を持っているのは、世界で四ヶ国だけです。日本に隣接する三つの国と……日本だけです」
 それから、ゴードンジイチャンは、日の丸の由来についても話してくれた。なんでも奈良時代「天平勝宝元年、ムズ!」には記録が残っていて、以来、日本人は那須与一とかいう源氏のニイチャンが射落としたのが日の丸の扇、戦国時代は、もうあちこちで使い倒し、外国へ行くときはフンドシみたいに長い日の丸を使っていて、ユニオンジャックより歴史が古いこと。
 ナチスやファシスト・イタリアはファシズムが創った旗で、日の丸とは由来が違うこと。戦後二十年ほどは日本国中で日の丸を揚げていて、「旗日(はたび)」という言葉があったことなど教えてくれた。

「つまり、日の丸に対する反対運動というのは、戦後かなりの時間がたってから、意図的におこされたものなんです。理屈は日本軍国主義の象徴だからです。軍国主義の象徴というか実質は他で、堂々と残っています。例えば、わたしは、日本語を横書きにするときは、左から書きます。終戦のころまでは、左右両方ありました。でも、それでは南方の植民地の人たちが混乱するので、南洋庁という植民地支配のための役所の提案で、左書きするように閣議決定しました。それを戦後の内閣が追認したものです」

 ほかにも、電力会社や大手私鉄があるのも、戦時中の国策だったとか、いろいろ教えてくれた。

 で、最後にカマした。

「ボクは、実は日本人です。ボクは、今まで、自分がイギリス人だとは一言も言っていません」
 ゴードンジイチャンは、淡々と言った。すると、会場の一番後ろから拍手がした。
 振り返ると、理事長先生が拍手していた。
「去年、ボクは、日本に帰化しました」
 そう言って、自分の名前を書いた。

 光 剛人……と書かれた。

「と、こんな日本人も居ることを再発見してもらったところで、お開きにさせていただきます」

 そう言って、挨拶するようにカツラをもちあげた。みごとなピッカリングだった!

ジャンル:
小説
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