大橋むつおのブログ

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高校ライトノベル・JUN STORIES・2《順とは、大人しい……だけじゃない》

2017-06-14 06:30:08 | 小説3
JUN STORIES・2
《順とは、大人しい……だけじゃない》



 この言葉を言うのに半年かかった。

 正確には、言おうとして息を吸い込んだところまでだった。
「花野、話があるんだけど」
 健太が割り込んできた。水野健太は花野優衣がマネージャーをやっている野球部の、もとエース。先月の試合で引退している。
「なんですか、水野さん?」
「ちょっと、いいかな」
 そう言った時には、優衣を中庭西のベンチから、東の方のベンチに歩き出していた。クラブでのマネージャーとエースの呼吸がまだ抜け切れていないのだろう。マネージャーは、呼ばれたらすぐに反応する……基本だもんな。

「えー!」

 という声がして、優衣は少しモジモジしたあと、健太がさらに一押し。優衣は顔を赤くしてコックリ頷いた。
 もうこれだけで分かる。いま健太はコクったんだ。
 で、優衣が好意的に驚いた。そして、さらなる一言で優衣は健太の手に落ちた。
 オレは、健太が言おうとしていたことを、半年かけて、やっと決心したんだ。今度、優衣が一人で居るところを見つけたらコクろうって。
 でも、もうやめた。健太は学年は一個上だけど、近所の幼馴染。オレみたく、家に籠ってイラストばっか描いてるオタクじゃない。スポーツ万能で、人あしらいも上手く、子供のころから一目置かれていた。野球部のエースで成績もルックスもいい。
 なによりも優衣が、とても幸せそうに頬を染めている。もう、オレの出番じゃない。

 オレは、女の子を好きになるということは、その子の幸せを祈ることだと思っている。と、言えばカッコいいけど、負け犬の言い訳のようにも感じる。
 オレの名前は順だ。大人しいとか、人に従順だという意味がある。親父も祖父ちゃんもゴンタクレだったので、その血を引かないように順とつけたらしい。その要望通り、オレは順な高校生になった。人より前に出るということがない。命に関わるような選択に迫られたことはないけど、そういう状況に陥っても、オレは、人に譲ってしまいそうな気がしている。

 オレは、高校に入った時、本格的に絵の勉強がしたくて美術部を志願した。美術部の顧問は有名なアーティストで、教えるということで、自分の中の創造性を高めようと、美術の講師をやっている。本格的な絵の勉強をするためには、この美術部に入るのが一番だった。だけど、この先生は学年で5人までしか入部させない。指導が行き届かないからだ。
「欠員ができたら、知らせるから」
 同時に入部希望を出した女子に譲ってしまった。で、絵に関しては二線級の漫研で、なんとかやっている。

 オレは、失恋もイラストのアイデアだと思い、美優とのことをシュチュエーションを変えてコンクールに出し、個人の部で優秀賞(二等賞)をとった。
「よく、こんなアイデア浮かびましたね!?」
 地元紙の記者に聞かれた時も、こう答えた。
「こんなの、学校に居たら日常茶飯ですからね。友達のそういうの見てモチーフにしました」
「いやあ、なかなかの観察力だ!」
 審査にあたったプロのイラストレーターの先生も誉めてくれた。

 オレは、帰り道は電車に乗らないで、街を流れる川の堤防を歩いて帰った。晴れがましい気持ちよりも、ネタにした優衣にバレないかと気遣いながら、苦い気持ちを持て余しながら歩いていた。
 川面は空と同じ鈍色で、秋も終わりを感じさせる。

 ふと前方に人の気配を感じると。100メートルほど先に優衣が自転車を押しながら、こちらにやってくる。

 心臓が止まりそうになった。

「ネットのライブで見てたよ」
 優衣が眩しそうに言った。
「男と女を変えてたけど、あれ、順自身のことでしょ?」
「え、あ、そんなことは……」
「あるって顔に書いてある。あ、言っとくけど、今眩しいのは夕陽の方向いてるからね。だから……」
 それから、二人そろって東に向かって歩いた。優衣は涙をぬぐった。
「まだ、眩しいか?」
「ばか……」
「ごめん」
「ごめんて言ううな!……あの中庭の時、順がなに言うか分かってた。だから水野さんにコクられたときは、逆に嬉しそうにしたんだよ。順は、きっと、それを乗り越えてコクってくれると思った……だのに、だのに、順たら勝手に悲劇のヒーローなんかになっちゃって。ずるいよ」
「ありがと……来年は、あれにどんでん返しの結末書くよ」
「現実は、いま描き直して!」
「あ、描くものもってないし……」
「ああ、もう、ほんとバカ。とりあえず順が漕いで、あたしを家まで連れて帰って」
「う、うん」

 優衣の温もりを背中に感じながら、一時間近く街の中を走った。あとで検索したら、優衣は、ものすごく遠回りして道を教えていたことが分かった。真っ直ぐ行けば5分足らずの道だった。

 順

 少し良い名前に思えた。別れ際に優衣もそう言ったんだから。

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