このところ、ブログをお休みしていましたが、実は先週18日(金)よる9時10分に
坂井青年(じいちゃん)が新潟南病院で亡くなりました。
原因は・・・なんだろう。
約15年前に胃がんの手術をしたことがあって、約5年前に前立腺がんが見つかり、歳だから進行は遅いだろうと手術をしないで注射で様子をみながらがんとも上手くつきあっていた近年。
今年3月までいつものように意気揚々と小松菜&畑仕事をしていました。
それが急に、ごはんがノドを通らなくなり自力で食事を摂ることが困難になりました。
しばらくは毎日病院に点滴通いをしていたけれど、本人の希望で4月10日から入院することになりました。
みるみるうちにやせ細っていく坂井青年。
ついこの前まで「青年」を連想させる筋肉マンじいちゃんだったのに。
入院中も頭はしっかりしていて、みんなから愛される人柄のおかげで常に病室は宴会の席のように、人で溢れ賑やかでした。
皮肉なもので、さすが「青年」だけあって、がんの進行が早く、じわじわと確実にその身体を蝕んでいきました。
お酒とカラオケと温泉旅行と毎日通う100円風呂と毎日食べていたキュウリとトマトが大好きな坂井青年でした。
前向きな性格で、最後の最後まで生きることを諦めませんでした。
父が18歳の時、坂井青年の弟が作った借金が坂井家にあり、父と坂井青年と朝から晩まで畑で働いて、その収穫物をばあちゃんが青空市場で小売りをする生活が365日繰り返され、それでも間に合わず、夜中はタクシーの運転手をして生活費を稼いでいたそうです。
父以外の子供は20歳になるまで坂井青年と話をしたことがないと、教えてくれました。
それほど働き、家にいなかったんですね。
働きすぎて、左目を失ったほどです。
私は坂井家の初孫ということもあり、坂井青年から可愛がられて育ちました。
高校時代、寝坊スケの私は毎朝のようにチャリを軽トラに積んで、県庁前まで坂井青年に送ってもらっていました。
いよいよ、坂井青年の目が運転に支障をきたし、最近はどこへ行くにも私が送ってあげる番になったと思っていたのに。
私が新聞やテレビに出る度に「涼子、あんまり世間に出るなや。目立ちすぎて婿が見つからなくなる。」と笑いながら心配していました。
新年の始めには必ず「はやく結婚しないと、ひ孫の顔が見られない」と言われていました。
私の事は、最後まで心配かけてしまいましたね。
3月16日の坂井青年
4月27日、南病院にて。
5月20日、お通夜。300人以上の友人に見送られて幸せだったね。
5月21日、お葬式。ばあちゃんと最後のお別れ。
大好きなお酒とキュウリとトマトを棺の中に入れました。
82年間お疲れ様でした。
今はとても寂しいけど、一生懸命生きていくから、見守っていてね。
