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憔悴報告
ゲームの理論@ジャーヘッド
ある目的のために他のすべてを度外視して臨む行為、それを人は「ゲーム」と呼ぶ。
『ジャーヘッド』は「戦争ゲーム」の映画だ。
「戦争ゲーム」のゲーム性を徹底して暴き出そうとする映画だ。
ピーター・サースガードが「ファミコンの『メトロイド』がどうこう」と話すのは偶然ではない。
人間は無数のゲームを生きる。
オギャアと生まれた瞬間にまず「人生ゲーム」が始まる。
そして大抵の人は「家族ゲーム」にも参加する。
そうこうしているうちに、「社会ゲーム」やら「スポーツゲーム」やら「恋愛ゲーム」やら「ビジネスゲーム」にも参加することになるかもしれない。
「戦争ゲーム」の目的は、他国を武力によって(あるいはそれ以外の方法で)制圧することにあり、その目的のためにもまた多くのゲームが存在する。
『ジャーヘッド』というタイトルが意味するのは、坊主頭のことだけではない。
それがアメリカ軍海兵隊の通称であることだけでもない。
「ジャーヘッド」とは、「海兵隊ゲーム」のタイトルを意味する。
「人生ゲーム」を最上位としているはずの人間は、しかしそれをすぐに忘れてしまう。
「戦争ゲーム」に参加している人間は、それに参加している間も「人生ゲーム」が同時進行していることをつい忘れてしまう。
ゲームの怖いところはそこだ。
参加している中で位が低いゲームにほど人は夢中になり、より上位のゲームのことはすっかり頭から消える。
劇中で、戦地にいるにも関わらずはしゃぎまわる兵たちの姿を見て、あなたは不思議に感じただろうか?
『地獄の黙示録』のワルキューレに歓喜熱狂する彼らの姿を見て、自分たちとは違う種類の人間だと思っただろうか?
だがこれは、ごく当たり前のことなのだ。
我々も彼らも、最下位のゲームに夢中になっているだけの同じ人間でしかない。
海兵隊ゲームに参加している彼らは、より上位の「戦争ゲーム」や「人生ゲーム」にも参加していることをすっかり忘れている。
ゲームとはそういうものだ。
そして人にできるのは、常に上位ゲームを意識し続けることしかない。
『ジャーヘッド』のジェイミー・フォックスやピーター・サースガードは、他の人物に比べて明らかに知的に見える。
だって、彼らは常に最上位ゲーム=「人生ゲーム」のことを意識している。
それが、人間の持つべき賢さや知性であることを認識している。
ジェイミー・フォックスは、「人生ゲーム」と「海兵隊ゲーム」をほぼ同等に捉えている。
一方、ピーター・サースガードがなぜ「海兵隊ゲーム」に参加しているのかは一切言及されない。
それを匂わせる過去はちょっとだけ明らかになるが、それでもやっぱり謎だ。
そしてその謎こそが、『ジャーヘッド』というゲーム物語の大きなうねりを演出する。
終盤、この映画で最も分かりやすい山場、ジェイク・ギレンホールとピーター・サースガードがついに敵を狙撃しようとするシーン。
謎の存在サースガードは、ここで思いもよらない行動に出る。
それまで彼という人物を知的な人格者だと思っていた観客を大きく裏切る行動に。
ゲームの参加者に例外はない。
彼もまた、海兵隊ゲームの魅力から逃れることはできなかったのだ。
この「ゲーム性によるキャラクターの裏切り」という仕掛けは、監督サム・メンデスによって『アメリカン・ビューティー』でもまったく同じように用いられている。
『アメリカン・ビューティー』は「家族ゲーム」の映画であり、サム・メンデスは、ゲーム映画作家である(今のところは)。
さて、「海兵隊ゲーム」は終わった。
このゲームでは、「人生ゲーム」を強制終了させられた者は出なかった(劇中では、という意味だが)。
ゲームが終わった以上、彼らはまたそれぞれに異なるゲームの参加者となるしかない。
『ジャーヘッド』はタイトル通りの「海兵隊ゲーム」が終了した後、彼らが別のゲームに興じる様を映す。
しかしただひとり、主人公ジェイク・ギレンホールだけは「ジャーヘッド」というゲームから抜け出せない。
「人生ゲーム」にピリオドを打った友の亡き骸に心乱されたその後も、彼は「ジャーヘッド」のプレイヤーとして生きる。
もっともそれは、彼の意識の中でのみ進行するゲームなのだが。
その間にも、彼の人生ゲームは容赦なく時を刻み続ける。
『ジャーヘッド』予告編の最後で使われた「戦場は、あなたの中にある」というフレーズは、真に的確であった。
業務報告
●クローネンバーグの『イグジステンズ』と同じ話、とも言える。
あれほどグロでないのがいいのか悪いのかは分からん。
●エンディングの曲が好き。
●ピーター・サースガード、最高にオイシイ役でした。
ファンとしては大満足です、ハイ。
●ジェイク・ギレンホールは今年これ以外でも『ブロークバック・マウンテン』、そしてフィンチャーの『ゾディアック』に主演。
味のある顔立ちで好きだけど、まさかこんなにメジャーになるとはねえ(そんなにメジャーでもない?)。
●『ジャーヘッド』エッセイ・コンテスト(参照->『ジャーヘッド』エッセイコンテスト要綱)というのがありまして、それにも応募してみようと思います。
『ジャーヘッド』は「戦争ゲーム」の映画だ。
「戦争ゲーム」のゲーム性を徹底して暴き出そうとする映画だ。
ピーター・サースガードが「ファミコンの『メトロイド』がどうこう」と話すのは偶然ではない。
人間は無数のゲームを生きる。
オギャアと生まれた瞬間にまず「人生ゲーム」が始まる。
そして大抵の人は「家族ゲーム」にも参加する。
そうこうしているうちに、「社会ゲーム」やら「スポーツゲーム」やら「恋愛ゲーム」やら「ビジネスゲーム」にも参加することになるかもしれない。
「戦争ゲーム」の目的は、他国を武力によって(あるいはそれ以外の方法で)制圧することにあり、その目的のためにもまた多くのゲームが存在する。
『ジャーヘッド』というタイトルが意味するのは、坊主頭のことだけではない。
それがアメリカ軍海兵隊の通称であることだけでもない。
「ジャーヘッド」とは、「海兵隊ゲーム」のタイトルを意味する。
「人生ゲーム」を最上位としているはずの人間は、しかしそれをすぐに忘れてしまう。
「戦争ゲーム」に参加している人間は、それに参加している間も「人生ゲーム」が同時進行していることをつい忘れてしまう。
ゲームの怖いところはそこだ。
参加している中で位が低いゲームにほど人は夢中になり、より上位のゲームのことはすっかり頭から消える。
劇中で、戦地にいるにも関わらずはしゃぎまわる兵たちの姿を見て、あなたは不思議に感じただろうか?
『地獄の黙示録』のワルキューレに歓喜熱狂する彼らの姿を見て、自分たちとは違う種類の人間だと思っただろうか?
だがこれは、ごく当たり前のことなのだ。
我々も彼らも、最下位のゲームに夢中になっているだけの同じ人間でしかない。
海兵隊ゲームに参加している彼らは、より上位の「戦争ゲーム」や「人生ゲーム」にも参加していることをすっかり忘れている。
ゲームとはそういうものだ。
そして人にできるのは、常に上位ゲームを意識し続けることしかない。
『ジャーヘッド』のジェイミー・フォックスやピーター・サースガードは、他の人物に比べて明らかに知的に見える。
だって、彼らは常に最上位ゲーム=「人生ゲーム」のことを意識している。
それが、人間の持つべき賢さや知性であることを認識している。
ジェイミー・フォックスは、「人生ゲーム」と「海兵隊ゲーム」をほぼ同等に捉えている。
一方、ピーター・サースガードがなぜ「海兵隊ゲーム」に参加しているのかは一切言及されない。
それを匂わせる過去はちょっとだけ明らかになるが、それでもやっぱり謎だ。
そしてその謎こそが、『ジャーヘッド』というゲーム物語の大きなうねりを演出する。
終盤、この映画で最も分かりやすい山場、ジェイク・ギレンホールとピーター・サースガードがついに敵を狙撃しようとするシーン。
謎の存在サースガードは、ここで思いもよらない行動に出る。
それまで彼という人物を知的な人格者だと思っていた観客を大きく裏切る行動に。
ゲームの参加者に例外はない。
彼もまた、海兵隊ゲームの魅力から逃れることはできなかったのだ。
この「ゲーム性によるキャラクターの裏切り」という仕掛けは、監督サム・メンデスによって『アメリカン・ビューティー』でもまったく同じように用いられている。
『アメリカン・ビューティー』は「家族ゲーム」の映画であり、サム・メンデスは、ゲーム映画作家である(今のところは)。
さて、「海兵隊ゲーム」は終わった。
このゲームでは、「人生ゲーム」を強制終了させられた者は出なかった(劇中では、という意味だが)。
ゲームが終わった以上、彼らはまたそれぞれに異なるゲームの参加者となるしかない。
『ジャーヘッド』はタイトル通りの「海兵隊ゲーム」が終了した後、彼らが別のゲームに興じる様を映す。
しかしただひとり、主人公ジェイク・ギレンホールだけは「ジャーヘッド」というゲームから抜け出せない。
「人生ゲーム」にピリオドを打った友の亡き骸に心乱されたその後も、彼は「ジャーヘッド」のプレイヤーとして生きる。
もっともそれは、彼の意識の中でのみ進行するゲームなのだが。
その間にも、彼の人生ゲームは容赦なく時を刻み続ける。
『ジャーヘッド』予告編の最後で使われた「戦場は、あなたの中にある」というフレーズは、真に的確であった。
業務報告
●クローネンバーグの『イグジステンズ』と同じ話、とも言える。
あれほどグロでないのがいいのか悪いのかは分からん。
●エンディングの曲が好き。
●ピーター・サースガード、最高にオイシイ役でした。
ファンとしては大満足です、ハイ。
●ジェイク・ギレンホールは今年これ以外でも『ブロークバック・マウンテン』、そしてフィンチャーの『ゾディアック』に主演。
味のある顔立ちで好きだけど、まさかこんなにメジャーになるとはねえ(そんなにメジャーでもない?)。
●『ジャーヘッド』エッセイ・コンテスト(参照->『ジャーヘッド』エッセイコンテスト要綱)というのがありまして、それにも応募してみようと思います。
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ジュードファンなので業務報告のこの一文が気になりました(笑)
>クローネンバーグの『イグジステンズ』と同じ話とも言える
ゲームの理論という意味でですね?
うーん、もう一度見たくなってきたぞ〜(笑)
それとか『AI』とか、エキセントリックな役の多い人ですねえ。
二枚目なのにそういう役がハマる、というのは貴重な俳優だという証でしょうか。
おれも好きです、ジュード・ロウ。
一番最後のジェイミーの掛け声も印象に残りました。
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