神さまのにおい

謂うものは識らず、識るものは謂わず。

負けて強くなる村田諒太

2017年06月01日 | つぶやき

ボクシング世界戦で不可解な敗戦をきっした村田諒太選手は、その敗戦でマスコミはもとより世界から注目されはじめている。
彼の特集を組んだテレビ番組を2本観たが、読書家であることを知らされた。父の影響だが、ことに哲学書を多く読み、インタビューのなかで哲学者の多くの言葉が空で出てきたのには驚いた。
判定へのブーイングの渦のなかで、彼はあまりにも冷静な態度で敗戦を受け取め次へのステップを歩み始めている。
かりに彼が今後勝つことがなくとも、この後の人生には光が待ち受けているのではないか。
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「キッズウイーク」導入

2017年05月25日 | つぶやき
「キッズウイーク」導入を=安倍首相「親子の時間必要」―教育再生会議

9連休! いったい企業はどう対応するというのか?

なんという短絡的な……
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ユニクロのインナー

2017年05月23日 | つぶやき
2年前、ユニクロで「インナーウェア」の上下を3組買った。
自分の体型は175cmの61kgなので「M」サイズでピッタリなのだ。
だからいつものように「M」サイズを買った。
最初の着たときなんだか大きいと思った。いや、かなりでかい!
「L」サイズはゆうにある。
洗濯をするたびに生地が伸びて、日に日にでかくなる。
それが2年経つと、サイズは「XXL」を超える勢いで、もはやタブタブに
なってしまい、足首と袖口を何十に折り返しても収拾がつかなくなってしまった。
しかたがない、インナーを切って雑巾にした。
ユニクロのインナーは二度と買わない。
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猛暑

2017年05月22日 | つぶやき
猛暑がすっかり不感症になってしまった。

猛暑、猛暑と騒ぎ立てているのに、このごろはテレビも新聞も「地球温暖化」が
いっこうに触れられない。

北極のシロクマさんの姿は明日の我が身というのに……。
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村田諒太の敗因

2017年05月21日 | つぶやき
ボクシングはほとんど観ない私だが、きのうの村田諒太試合は
最初から最後まで観ていた。
ほとんどの(日本人)視聴者がそうてあったように、完全に
村田が勝った試合だと観ていたが、判定は逆だった。
一瞬、え??? 
でも一晩あけてみたら、なるほど序盤は防戦一方だったし、
手数も相手の方がずいぶん多かった。
そこらへんが落としどころなのか……
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やすらぎの郷 その2

2017年05月20日 | つぶやき
昼のシルバードラマ「やすらぎの郷」が好評のようだ。
しかし前にも触れたが、登場人物にやたらとタバコを吸わせる場面が
多いのはどうかと考える。
作者の倉本聰がヘビースモーカーであることに起因しているのだろうが、
一種のタバコ正当化・自己弁護のようでいただけない。
男性陣はもとより女性陣にもタバコをふかせては、タバコの副流煙での
健康被害があるといわれる昨今、出演者はいい迷惑であろう。
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なぜか舟越桂

2017年05月19日 | つぶやき
彫刻作品では父君の舟越保武の方がよほで好きだけれど、
「なぜか子息の舟越桂」のことが気になってしかたがない。
桂の作品は好きではないが、なぜか気になってしまい、
作品と彼の情報には必ず目をとめる自分がいる。





舟越保武の作品
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やすらぎの郷

2017年04月13日 | 日記・雑感
お昼のシルバータイムドラマ「やすらぎの郷」が好評らしい。
そういう私もシルバーをとうに超えているが、期待をもって観はじめた。

しかしハナからガッカリしている。なんだか脚本家倉本聰の憂さ晴らしのような展開と自画自賛が鼻につく。
なによりもヘビースモーカーである倉本の喫煙正当化せんとするシーンがやたらと出てくる。非喫煙者である石坂浩二にタバコをスパスパ吸わせてばかりでは、石坂もいい迷惑であろう。

そろそろ観るのは止めようと考えている。
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【人生を過去形で語るな】伊集院静の魅力

2016年09月26日 | エッセイ

私は男だが妙に惹かれる男性が一人だけいる。
作家の伊集院静である。韓国人の父と日本人の母を持つがそれはどうでもよい。
私が唯一、オトコの色気を感じる男性である。であるからには、数多の浮き名を流してきたし、女優夏目雅子を射止め、彼女の亡きあとは篠ひろ子と結婚をし、現在に至っている。
ま、それも私には大したことではない。男の色気の溢れる彼が、女性に大モテなのは当然なことだろう。

直木賞作家である伊集院の小説は読んでない。
しかし彼のエッセイ「大人の流儀」はじつに面白く、ためになる。そのシリーズは現在6巻まで進んでいる。

伊集院独特のユーモアにあふれ、東北一のバカ犬(彼は仙台に住んでいる)との触れあいには、思わず吹き出してしまうが、文章の合間の独り言が絶妙なのだ。
なによりも人との出会いと別れについての話が逸品である。

シリーズの5巻は「追いかけるな」というタイトルで書かれている。
彼の大切な人たちとの別れで得た経験から、「去って行った人は、時間は、それを追いかけられては迷惑をする」「今は切なくとも、悲しみには必ず終わりがやって来る」などということを語っている。

私は今年、後期高齢者の仲間入りをする。
若いときには、夢にも見なかった年代に突入するわけだが、不思議なことにそれがまた楽しいのだ。それなりに生きてきたし、悪いことも沢山してきた。だからいつ死んでも惜しくはない。これからは自分の思うままに生きよう、愉しもうという心境である。つまりのところは、開きなおりでもある。

数年前、私は人生の座右の銘を創った。
人生を過去形で語るなである。
すんでしまったことに固執をしない。明日を生きるという姿勢だ。(キザだな……)

伊集院静の言葉に触発されたのではない。
過去のことは「追いかけない」生き方をしたいと思う。
だから、年賀状は止めたいし、昔ばかりを懐かしむ同窓会も出席をしないようにしたい。

私にはあと5年で達成をしたいある目標がある。
それまで生きられるかどうか分からないが、私のいまを生きるエネルギー源はそこにある。
それがなんであるかは、5年後にこの場所にしたためたい。生きていればの話だが。

話は変わる。
重ねて言うが、伊集院静は魅力的な人間だ。
とはいえ、それほど友人は多くはないだろう。彼はバカ騒ぎはしないだろうし、井戸端会議もしないだろう。軽薄な人間では近づけない雰囲気を持っている。

伊集院の親友のひとりに、松井秀喜がいる。
2003年1月9日、ニューヨークはひどい吹雪だった。彼はホテルに着くなり、グランド・ゼロにむかった。彼は吹雪の中、一時間、じっと立ったままただ惨劇の跡が残る場所を見続けていた。

そんな彼のことを「偽善者」と切り捨てた人間がいた。

松井秀喜は2004年12月に発生したインドネシア・スマトラ島沖地震に5000万円を、2007年3月に発生した能登半島地震には1000万円を寄付した。
それだけではない、天災やテロでの被害者・被害地へ多額の義援金を出し続けている。
2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震では5000万円以上の義援金を寄付している。
また、ベトナムの孤児と20人ほどの子供たちに対しても、経済的里親として支援金を送りつづけている。

これらのことは、松井秀喜がお金持ちだからできるのだろうか。
それでも彼を偽善者と切り捨てるつもりなのか。
私がもし大金持ちであったなら、このような行為ができるだろうか。そのような自信はまったく無いに等しい。

だからというつもりはない。伊集院静が松井秀喜と大親友であることが、分かる思いがする。
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白鵬から高倉健そして

2016年05月24日 | エッセイ

これまで白鵬の相撲道を好ましく思わなかった私だが、なんだかんだと言っても、大したものだ……と思う。
私は初代若乃花の時代から大相撲を観てきているが、双葉山の相撲は観ていないので除外するけれど白鵬の強さはダントツだ。この先も彼を凌ぐ力士が現れるとは考えられない。今場所の白鵬の相撲はの取り口に、これまでとは少し違う何か、それをあえてバージョンアップと称すが、先場所千秋楽の涙のインタビュー以来かれの心境の変化が私には窺われる。まだ若干31歳、人生では洟垂れ小僧以前の範疇、彼に名僧の心境を求めるのも無理な話かもしれない。※写真は自身の入門時のときと並ぶ白鵬である。

70歳にして40歳も年下の女性との恋に落ちた良寛の辞世の句は、
うらを見せ おもてを見せて 散るもみじ
である。自分のいいところも、わるいところも、かざらずすべて見せてきたから思い残すことはないというのであろう。

白鵬は言いたいこといい、やりたいことをやってきた。いまだに懸賞金を受け取るときの「これ見よがし」の態度は、これまで日本相撲道では見たことはない。
そこにも白鵬の裏表のない(飾らない)人間性を垣間見ることができる。

一昨年亡くなった俳優の高倉健はたいへんに素晴らしい人間であった。彼の一挙手一投足の人間性がことあるごとに取りあげられていた。
私は彼が亡くなったとき、莫大な資産を株式運用をして、そのことごとくを半年前に養女にした女性に相続したとをしり、どことなく釈然としない思いに駆られたことがあった。

彼はたしかに「いい人」であったけれど、もしかしたら表を見せ、けっして裏を見せることができない性格、「いい人」であることしか演じられなかった自分に、一種のジレンマを抱えていたのではないかと、私は邪推をしてしまうのだ。

この度、小保方晴子さんの擁護をした「エロばあさん」こと瀬戸内寂聴さんは、とんでもなく俗っぽすぎる尼僧であるのだが、良寛同様に裏も表も曝し出しでの言動に共感を覚えもするのである。
ま、裏の多すぎる私自身への自己弁護でもあるのだが……。
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