言葉の泉

本と徒然

「ラ・プリマヴェーラ」

2012-03-31 | 日記
イタリア、フィレンツエと聞くと胸の奥がジーンとして、甘く切ない思い出がよぎる。
フィレンツエだけでも5回ぐらい行っているだろうか。
フィレンツエ最古の教会、サンタ・クローチェ教会。


ここにはミケランジェロ、ロッシーニ、マキャベリ、ガリレイなどのお墓が納められている。中にはドナロッテイによる金色のレリーフ「受胎告知」

やチマブーエの「十字架像」などがある。

フィレンツエを流れるアルノ川に架かるヴェッキオ橋にはたくさんの宝石店が店を連ねている。
 そこの一つの有名な宝石店で私はある人からダイヤの指輪をもらった。

 
「ラ・プリマヴェーラ」

フィレンツエは夕暮れがよく似合う
アルノ川が茜色に染まり
空と川の境目をなくしてしまう頃、
教会の鐘が夕べのミサを告げ
茜色の空に鳴り渡る

アルノ川にかかる橋、Ponte Vecchio
誘われるように宝石屋へ
小さなキラキラ輝く指輪を
いきなり差し出された

夕日にかざした指先から
かかえきれないような
幸せがこぼれて
茜色に染まっていった

そんな過去の想い出を
古びたタンスの奥底にしまい込んで
営々と無為徒食の日々が続く
煤けた自分を鏡の中に見るとき
そっと引き出しを開けてみる
そこにはアルノ川に咲いたあの
「ラ・プリマヴェーラ」が
今も燦然と輝いている





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「グレース・マーヤ」

2012-03-31 | コンサート、CD、DVD,音楽レビュー

  ものすごく素敵な音楽に巡り合った。
 「グレース・マーヤ」というジャズシンガーの曲だ。
ザ・ルック・オブ・ラヴ
河野啓三,越田太郎丸,須藤満,小沼ようすけ,坂東慧,宮崎隆睦,仙道さおり
ヴィレッジ・レコード

 
まず甘い声と素晴らしい英語に驚かされる。日本人がどんなにリズム感良く歌っても、下手なとってつけたような英語のジャズは聞けたものではない。しかし、彼女の発音の良さはネイティヴ並みで、すらりときかせてくれる。それもそのはず、彼女は幼いころからアメリカン・スクールに通っていたとのこと。
 弾き語りのピアノのつぶ立ちの良さは群をぬいて聴かせてくれる。驚くべきピアノタッチ。
 甘い声と、ジャジーなリズム、情感たっぷりに歌いこむかと思うと、このアルバムに入っている「sixteen Tons]のように軽快で泥臭い歌を若いタッチで歌ってみせてくれる。
 「My Favorite Things]では英語の歌詞の愛らしいまでに美しい曲を感性全開して歌いこなして惹きこまれる。
 「The Boulevard Of Broken Dreams]は甘い声に弾むリズム感にすkっかりスイングさせられた。
 「オルフェの唄」では堪能なフランス語で度肝を抜かされ、最後は甘美な世界に引きずり込まれてしまった。

 まったく驚くべき歌姫が出現したものだ。若く甘い声に、セクシーなハスキーが混ざってスタンダードからポップスの名曲まで幅広い歌唱力に圧倒されたファーストアルバムだった。
 粒だった素晴らしいピアノは、これだけでも聴きごたえがある。それもそのはず、トップの成績で留学したドイツ、フライブルク国立音楽大学を卒業。大学院まで進んだクラシックのピアニストとしても折り紙つきの腕前である。

 一日に何回も聞きこんでしまうこのアルバムをぜひ皆様もお聴きくださいますよう。
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対酒(白楽天)

2012-03-30 | 日記



    対酒(白楽天)   

  蝸牛角上争何事 (かぎゅうかくじょう何事か争う)

  石火光中寄子此身 (せっかこうちゅう此の身を寄す)

  随富随貧且歓楽( 富みに随い貧に随いしばらく歓楽す)

  不開口笑是痴人( 口を開いて笑わざるは これちじん)



 物事を大きな目で見ると、全く意味がないほど小さな事で
 いったい何を争っているのか。まるでカタツムリの角の
 上のことではないか。実に愚かだ。
 人生は石火の如く過ぎ去り、そこに身を寄せるはかなさ。
 お金持ちはお金持ち、貧乏は貧乏、分に応じて
 とりあえずは酒を飲もう。
 口を開いては悩み、悲しんだりするなんてバカげたこと。
 大いに笑おうではないか!

 ※不愉快なことで心がいらついたりするとき、この白楽天の詩を思い出すと心が晴れる。
 人生は石火の如く過ぎ去り、そこに身を寄せるはかなさ。
 本当にそうだ。長いようで短いのが人の世。せっかくの人生。人を羨んだりねたんでもせんないこと。
 ましてや恨んでばかりの人生はつまらない。
 自分の人生を大切にし、それと同等に他の人の人生も尊重して生きていきたい。
 どうせ一回しかない人生なら精一杯自分らしさを謳歌し自分を伸ばしてやりたいものである。
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花に癒されて

2012-03-30 | 日記
今日は晴れて気持ちの良い日となった。
 やっと暖かくなって名古屋は19度まで気温が上がるとのこと。
 桜のつぼみがこの陽気でふくらんでちらほら花が咲き始めた。
 みなさん、お花の癒しの力はすごいです。
 今、ちょっと気持ちがふさぎがちの人、しょんぼりしている人、イライラしている人、なんだかすっきりしない気分の人。
 花屋へ今すぐ出かけて好きな花を買ってください。 
 または外へ出てあちこちの春の花をみてください。
 気分がぱっと晴れます。






 

























 誰かに見られずにおわる野の花はただ無心に咲いています。ひっそりと路傍に咲く花がいとおしくなることがあります。
 お花は自己主張することなく、無心に咲くだけです。
 人間も、あるがままの自分でいいとおもいます。肩の力を抜いて、何も考えずに深い呼吸をしてみてください。
 何かさっきと違う景色がみえませんか?
 
 
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ウイットとユーモア

2012-03-29 | 随想

 ユーモアが分かる人と分からない人とでは会話の弾み具合が違ってくる。
 また言葉のもじりとでも言おうか、言葉遊びや掛詞のシャレなどを交えた会話ができる人は楽しい。ユーモアのセンスと云うのはその人のセンスにも通じる。
熊の敷石 (講談社文庫)
堀江 敏幸
講談社

 フランスの寓話を土台にした洒落た構成が際立つのは堀江敏幸の作品『熊の敷石』である。
 「熊の敷石」とはラ・フォンティーヌの寓話で、親友の老人の寝顔にハエがたかるのを追い払う役割の熊が、どうやっても追い払えない蝿にごうを煮やして敷石を投げ、ハエもろとも親友の頭までかち割ってしまった熊のお話。
この訓話から転じて、「熊の敷石」とはいらぬお節介のこと。
 駄洒落を頻発されると「うえー」と閉口するけれど、さりげなく掛けことばなどを弄する人に会うと「ん!」と思わず興味をそそられる。
 こちらも同じようにさりげなく掛けことばで返すと相手も「ん!」と反応する。
 ではこんな球を投げたらどうだ?とばかりに別の変化球を投げてきたりする。そんな言葉のキャッチボールができる人に出会うチャンスはあるようでない。
 言葉に対する感覚が似ている人は案外好みも似ていたりする。バッグから取り出したペンが自分が持っているのと同じこだわりの逸品だったりしたら、もう百年の知己に出会ったも同然。
 では生活を共にする相手の場合はどうだろう?似たもの同士だと説明を要さない分スムースにことが運ぶ。しかし、発見が少ないかもしれない。テイストが似ていないと反発や反感を呼ぶことがあるけれど、自分にないものに対する敬意が生じたりする。
 人間関係と云うものは複雑なので似ているからいいともいえないし、悪いともいえない。
 つまりお互いを芯から尊重できるようになるまでは時間がかかり育みあうものなのかもしれない。
塩一トンの読書
須賀 敦子
河出書房新社

 須賀敦子さんのエッセイに「塩一トンの読書」というのがある。
 これは須賀さんのイタリア人の姑が言った言葉で「ひとりの人を理解するまでには、少なくとも一トンの塩を一緒になめなければだめ」から来ている。

 「一トンの塩をなめるっていうのは、嬉しいことや、悲しいことを、いろいろと経験すると言う意味、つまり一トンを舐め尽くすには長い長い時間がかかる。気が遠くなる程つきあっても、人間はなかなか理解しつくせないものだっていうこと」

 とある。
 まさに言い得て妙。
 人生を楽しいものにするためには少なからず機知に富んだ会話ができる、ユーモアのセンスはほしいものだ。

AX




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「Top of the World - The Carpenters」

2012-03-29 | コンサート、CD、DVD,音楽レビュー


カーペンターズの名曲「Top of the World - The Carpenters」
を見て、聞いてみてください。

映像が感動的で涙が出ます  
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人間の可能性は無限だ!

2012-03-29 | 日記
賞金荒らしではないけれど、いろいろなエッセイコンクールや文章修業の切磋琢磨コンクールに応募し続けている。
 しかし、応募したのは良いけれど、結果がいつなのか、応募したことすら忘れているものもある。その結果がある日ポストに入っていて、驚く。最近では自分の勉強が忙しく、応募することが少なくなってきた。
 
 今まで自分が描いてきた人生設計が大きく変わろうとしている。この年になって、自分の未来が大きく開けているなどと夢想するのは私だけかもしれない。それぐらい、今、やっていること、勉強をしていることが私を刺激してやまない。
 人間の可能性は無限大だと、かつて、塾の教師をしていたころ、子供たちに言ってきた。キラキラする瞳に映る未来は、そう私に言わせるに値するものだった。
 人生の半ばを過ぎた私が、今、私自身に言っている。「人間の可能性は無限大だ」と。
 私は信じて、歩いている。頑張れわたし!頑張れみんな!


 
 ・慈雨ふりて一粒の麦芽吹きいて明日へと伸びる小さき飛翔
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菫ほどな 小さき人に生まれたし

2012-03-29 | 詩歌に寄せるエッセイ


 菫(スミレ)が咲く季節になった。
 スミレで思い出すのがあの漱石の句。

 ・菫ほどな 小さき人に生まれたし(明治30年)漱石

 これはどうとればよいのだろうか?
 道にひっそりと咲く小さな菫。
 小さな存在だけれど懸命に咲くスミレほど愛らしいものはない。
 漱石はあれほど才能があったけれど、小説家としてスタートしたのは37歳のとき。そして49歳で亡くなった。
 東大を首席で卒業し、イギリスに留学し、大学講師をしたけれど、どれも自分がなりたいものではなく呻吟する。
 37歳でやっと小説家になった漱石。悩み多き人生だったのだろう。
目立たなくても良い、ひっそりと自分の力を尽くす人生でありたいと思ったのだろうか。
 さて、この漱石は英文学の教授であった。
 こんなエピソードが:
 "I love you."を学生に和訳させた。
 「汝(なんじ)を愛す」などとぶっきらぼうに真っ正直に学生は訳したのではないだろうか?
 そこで漱石曰く:
 「日本人はそういう無粋なことは言わないものだ。日本語では"I love you."は『星がとってもきれいだね』と訳すのだ」
と教えたそうです(笑)。
 おお!なんと粋なことでしょう。
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I'd Really Like to Eat a Child

2012-03-28 | 書評
I'd Really Like to Eat a Child
クリエーター情報なし
Dragonfly Books


頭を柔軟にしたいときは童話や絵本を読むと、しぜんと頬がゆるむ。
 今日はそんな絵本を読んだ。
 英語の絵本である。幼児が読むのにわかりやすいように書かれてあることから、英語に親しみがない日本人が読んでも簡単で面白く読める。イラストがとってもかわいい。ワニの表情が漫画チックでとても愛らしい。
 内容はやせっぽっちの幼いワニのAchilles君は両親のワニに愛されて日々育っていく。毎日、大きく成長するようにママワニは息子ワニにバナナを与える。
 「大きくなるのよ、坊や。お前はなんてハンサムなんだろう!それにきれいな歯をしているね」
 と溺愛し、ほめちぎる。
 「うん。そうだよ」
 と坊やのワニはすましていう。
 ある朝、坊やのワニAchilles君は、こういって両親を驚かせる。
 「ぼく、子供が食べたいよう」
 
 さて、バナナでなく、人間の子供を食べたいといいだしてきかない坊やワニのAchilles君はその後どうなるのだろうか?

 ちょっと刺激的なこのお話にドキドキしながら、読み進めてあとでにっこりとなるこの絵本。さて、あなたは誰と読みますか?
  
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「思量を凝(こ)らせば即ち背(そむ)く」

2012-03-28 | 日記



 二日前、名古屋は雪が降った。
 もうじき四月だというのに、おかしな気候である。
 さて、今日は茶席の話をしたいと思う。季節が変わって暑くなると茶席も炉から風炉に変わる。
 なるべく暑い炭の熱気をさけて炉を閉じて風炉釜を据えて火をみえないようにする心遣い。
 そんな暑い季節,茶の湯では「花寄せ」というものがあってとても楽しい。これは葦(よし)の屏風などに掛け花入れをたくさん架け、客が思い思いに花をいける楽しいもの・

 用意された花台から好きな花を選んで好きな懸け花いれにいける。
侘びた茶席が花だらけになってこのときばかりは茶席が華やかで楽しい雰囲気になる。
 こんなこともお茶にはある。
 しかつめらしくお茶を点てるだけがお茶ではない。
 季節を楽しむこうしたお茶席の楽しみを味わうのもなかなか良い。
 無学和尚は般若心経の名句「色即是空 空則是色」を引いて、「色則是空擬思量即背」(しきそくぜくうしりょうをこらせばすなわちそむく)と、といている。
 美しい花の色、形をとらえて、これを空といい、それでは空とは何であろうかと反問。それはこの美しい色、形そのものであると端的に答えている。
 花をいけるには、そのすがすがしさを心にうつして、自分と花と一体になっていけるものであるとは不白と言う人が言っている。
 上記の「思量を凝(こ)らせば即ち背(そむ)く」とは、あれこれ思案してつくろったのでは、この真のすがすがしさを失ってしまうということをいましめたものなのだろう。
 「花寄せ」でも、また普段の茶席の花でも、このいましめにのっとって、いけるときは一手ですっきりいける。
 あれこれ思いわずらって上手く活けようなどと考えずに、一気にしかも花台の上で大方まとめたらそれを一束にして一気に花入れに活けてしまうのだ。
 なかなか哲学的であり、面白い発想だと私は思うのだが、実際やってみると邪気もなく活けた花は実にすがすがしい。 
 「思量を凝らせば即ち背く」
 あれこれ思案してつくろったのでは、真のすがすがしさを失ってしまう。人の心もそうかもしれない。
 心に曇りがあって、あれこれとりつくろうと失うものが多いというものだ。

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77歳のおばあちゃまの英語留学記。

2012-03-27 | 書評
七十七歳 カナダ英語留学日記―たくさんの出会いに支えられて
岡崎 つぎみ
川喜多コーポレーション


77歳のおばあちゃまの英語留学記。
著者はあの現役医師日野原重明氏に影響され、また96歳の元女医、石田文枝さんの話に頭を「ガ−ン」となぐられたような気になり発奮。76歳で留学を決意。
留学前には不登校だったお孫さんと同居し、いつしかこの孫もおばあちゃんのパワフルな生き方に感化され大検に合格、見事早稲田大学理工学部に入学したという体験もふまえた人物。
2ヶ月のサマーセミナー英語留学はカナダでの大学寮生活からスタート。
留学生活では孫のような男子学生に慕われ、未知のコンピューターにもチャレンジ、趣味の短歌を英訳し、英文推理小説を日々愛読し、最後はコース終了生代表として名スピーチをするに至った。そのスピーチではカナダの風景を詠んだ短歌の英詩訳を織り交ぜ、われんばかりの拍手に送られて卒業。
中学程度の英語力から、かくも素晴らしい成果をあげたのはひとえに努力のたまものと言えるが、やはり尽きせぬ勉学への情熱。

77歳岡崎さんからのアドヴァイス は「勇気」「度胸」「笑い」で積極的に質問し、みんなに話しかければいつのまにか日常の英語が身に付くとのこと。
「英語に自信がない」と思っているひとでも「やる気」さえあれば楽しい学生生活が送れると言う。
具体的な日を追っての留学日記なので失敗あり、喜びあり、授業風景など、臨場感があって一気に読めるところが面白い。
岡崎さんいわく:
「留学したい」と思ったら、先ず第一歩を踏み出してみること!
岡崎さんが尊敬する日野原重明先生は「新しく創(はじ)めることを忘れなければ、いくつになっても老いることはない」と提唱されている。
まさにそれを体現して実証、77歳にして老いず。
「おばあちゃん」などという形容は取り外さなければならない。

目標を見失っている若者(高校生、フリーター)、中高年の方、ひきこもり、不登校の人達にも是非読んでいただきたい。
そして留学したいと思っているあなたに一言!
先ず第一歩を踏み出してみること!
この本から幾万もの勇気を戴いた。
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緩急のリズム

2012-03-27 | 日記

今日は二週間ぶりにスケジュールが何もない日。朝寝をしてゆっくり音楽を聴きながら遅い朝食をとった。
 夫も偶然今日はあいている日だったので、二人でのんびりできた。久しぶりに出会った昔の恋人同士のように、会話も弾んだ。
 そんな二人にふさわしいように、昨日まで寒かったのが暖かい日和となって嬉しい。寒いとつい、心までかじかむ。
 部屋という部屋に花を飾って、外回りのプランターの花の世話もできた。


 人間の生活には緩急のリズムが必要だ。忙しい日の次はおだやかな癒しの一日があると心身ともに安らいでなごむ。
 これから夫とスポーツジムへ行って汗をかいてこよう。
 
 
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蓮(はちす)の歌

2012-03-26 | 日記

昼なお暗き塩入峠
峠を閉ざす雪憎し
あの人逢いたし
雪深し

赤い着物に
白の打掛け羽織り
はだける肩に
鼓持ち

謡う調べは
蓮(はちす)の歌か
出家(しゅっけ)の人に
馳せる恋

恋慕の情は
燃えさかり
雪を溶かして
僧の元

鐘にひそみて
契りしを
こぼれる萩は
忘れまじ
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Forget-me-not

2012-03-26 | 日記

(Forget-me-not)

 ・君の部屋 花瓶にそっと挿してきた 私の心 忘れな草を


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イトコさんのあとに続け!

2012-03-26 | 日記
NHKの朝の連ドラの主人公、オハライトコさんは90歳を過ぎても現役で頑張っている。
 このパワフルなイトコさんに刺激される人は多いことだろう。
 私も頑張りますわよ。
 今日もこれからフラワーサイコセラピスト養成講座に出かけてきます。
 今日は経営、運営のワークショップ。
 元気に頭も体も、心も生き生きと働かせてきます。
 みなさん、今日も一日良い日になりますように。
 いってまいりま〜〜す!
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