言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

煙草の煙

2017年06月18日 | 新・随想

  父の日に寄せる随筆「煙草の煙」

 私はタバコをたしなまない。
 しかし二十二年間タバコの煙をすってきた。
 それはヘビースモーカー、いえ、チェーンスモーカーだった父のそばにいたからだ。
 子どものころ東京は渋谷に住んでいた。
 八畳の居間の天井は「船底天井」と呼ばれる粋なものだった。その天井があめ色になっている。
 タバコを切らすことなく続けてすうチェーンスモーカの父がくゆらす煙でいつのまにか天井はいぶされて、あめ色に変色してしまったわけだ。
 朝起きると居間にどっかりと座って庭をながめながら一服。
 居間の堀炬燵の一等席が父の居場所である。そこにはお相撲さんが座るような大判のふかふかの座布団が敷いてある。
 母の手作りの特製座布団である。
 そこに座って本を読み、テレビを見、お茶を呑む。
 そしてタバコをおいしそうにくゆらせる。

 父は外国人のような容貌をしていた。
 鼻が痛いのではないかと思うほど高く、秀でた眉の下は彫刻刀で一気に彫り削ったように彫りが深くなっている。
 目は長いまつげに縁取られていて、面白半分にマッチ棒を乗せたら二本乗るほどくるりと長いまつげでおおわれていた。
 くっきりとした二重まぶただった。
 上唇は薄く小さく、その形の良い唇でタバコをくゆらせるとき、煙が目にしみるかのように少し目を閉じ加減にする。
 それはまるで世を憂うかのようなまなざしで、絵になるのだった。

 お正月になると父はハバナの葉巻を客に出し、自分も吸った。
 これが強烈な香りで胃の腑にしみる様に強かった。
 葉巻の香りが家の中にただようと私はそのあまりにも強い香りで気分が悪くなったほどだ。
 吐いた煙で胃がむかむかするぐらいだからどれだけ葉巻やタバコが体に悪いか想像がつく。

 ニコチンタールであめ色になった船底天井を見上げて、私の肺腑もきっとこんな風にニコチンがついてあめ色になっているのかもしれないと思う。
 そしてさらにあめ色の肺の下にある胃のあたりは真っ黒かもしれない。腹黒い私だから・・・冗談!
 
 結婚して先ず「空気が綺麗」だと感じた。
 それは東京の喧騒からひなびた地に嫁いできたこともあるが、タバコをすうものがいないことだった。
 秋の日に虫干しをして、家中に衣類をつるした。
 夕方になって虫干しをした衣類をしまおうと、吊るした一枚の服の横に来たとき突然あの懐かしいタバコの匂いがした。
 「え?」と見るとそれは父の形見にもらった上着だった。
 お洒落な父は英国製のツイードの上着をよくきていた。
 その一枚だった。
 そこにはタバコのにおいがしみこんでいた。
 それは父の匂いだ。
 夕暮れの庭をみながらタバコをくゆらせる哀愁をおびた父の背中が目に浮かんだ。
 タバコのにおい。
 それは父さんの匂いだ。


大好きなクリフォード・ブラウンの「煙が目に染みる」
Clifford Brown - Smoke Gets In Your Eyes
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6 コメント

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おはようございます (tempo1078)
2017-06-18 06:23:13
申し訳なく存じます。

私も喫煙者です。
弁解の余地はありません。
Unknown (博多の華)
2017-06-18 07:11:59
13年前まで一日二箱ちょっとのヘビースモーカーでした。
私の若い時代は、男の75パーセントがタバコを吸っていたとか? タバコを吸わない人はどこか悪いのと言われてたような?
禁煙は、何度か成功させたのでいつでも止められると言う自信は〔依存症じゃないと〕あったんですが、ちょつとしたきっかけで喫煙するのを繰り返してました。〔ある意味楽しみで〕13年前に奥さんが乳癌になってもしかしたら私の煙草が原因じゃなかったのかと心配になり本屋で確認しました。相手の心配じゃなく煙草を吸ってた自分を優先した事が情けなくてそれ以来たばこを吸う気にもなりません。
ほっと一息する時にコーヒーやお茶を飲んだり煙草を吸ったり気持ちの区切りをつけるのに欠かせないのはわかります。
tempo1078さんへ(禁煙) (ろこ)
2017-06-18 09:01:02
tempo1078さんへ
 おはようございます。
 あはは。
 一服吸いながらブログを見たら!あれ!俺のこと?
 反省させてしまったでしょうか?
 でもやめられない。
 喫煙者はなかなかやめられないようです。
博多の華さんへ(癌誘発) (ろこ)
2017-06-18 09:11:04
博多の華さんへ
 おはようございます。
 わあ~、やさしいですね。
 
 奥様が病気になった時、あ!自分の煙草のせいかな?
 と調べるところが偉いですね。でも本当です。
 家族の誰かが病気になる。それは遠い原因にせよ、たばこのせいだと思うのは悔いられますよね。
 それ以来、ぷっつりとおやめになったのは本当にえらいです。
 愛情の禁煙成功者です。
 父は入院して手術して回復期に、患者の集まる部屋で一服吸っていたのを姉が見つけて、どやされました。
 手術しても喫煙するのは依存症ですね。意志の弱さです。
 そう思うと博多の華さんの意志の固さは本物です。
 
Unknown (藍)
2017-06-19 06:55:56
ろこさま

ブログ拝見して、父がゆったりと
煙草をすっていた姿を思い出しました。

ただし銘柄は、庶民的な「ハイライト」で
70円を渡され よく買いに行かされました。

画像の M・マストロヤンニ 渋くて素敵!   
藍さんへ(ハイライト) (ろこ)
2017-06-19 18:11:33
藍さんへ
 こんにちは。
 藍さんのお父様も煙草をたしなまれたのですね。
 昔のお父さんは嫌煙権がなかったので、良く吸っていましたよね。
 ハイライト。青いパッケージでしたっけ?
 私の同級生がタバコ屋の娘さんだったので、お使いがてら、よく遊んだものです。
 頼まれた煙草を買うのを忘れて叱られたりしてね。
 マストロヤンニ。大好きです。

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