言葉の泉

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書評『花のほかには松ばかり―謡曲を読む愉しみ』

2017年11月14日 | 書評
花のほかには松ばかり―謡曲を読む愉しみ
山村 修
檜書店

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『狐の書評』で有名な<狐>が山村修氏であったとその素顔をあかしたのはつい最近のことであった。
 2009年8月14日、山村氏逝去。五十代という若さは無念と云うほか言葉が見つからない。
 本書はお亡くなりになるほんの四日前2009年8月10日付けの出版である。

 観世流の謡曲,仕舞いを習いそめて久しい私は本書の副題となっている(謡曲を読む愉しみ)に惹かれ、他の本はすべてうっちゃって読んだ。 ましてや山村氏の最後の作品とあっては居ずまいを正して読んだのは言うまでもない。

 第一章(謡曲を読むということ)
 のっけから読者は意外なことを知る。作家の夢野久作が「喜多流謡曲教授」の看板を掲げた能楽師であったことに。
 能楽師である夢野久作は能のエッセイの中で、謡曲のつづれ錦と呼ばれる美文調を逆説的な表現「雑巾の様に古びた黒い寄せ文」と書いてあるところで、山村氏は目が点になった。

 夢野久作をはじめとして、おおよその能楽師たちは謡曲を「読む」ということをしなかったのだ。
 能は謡いと囃し方、舞い、狂言などの総合的な演劇形式のものである。
 つまり謡曲のテクスト、謡本はあくまでも能の台本である。
 能楽師は台本を舞いや謡によって身体化し、演技してみせるのが芸の見せ所であって、「読む」ものではないのである。

 しかし、文人のなかでも漱石は謡曲を「読む」テクスト、文芸として考えていたのである。
 かつての<狐>らしく山村氏はその作品『行人』から読み解き、謡曲を「読むテクスト」と考える立場と「能の台本」と考える立場の齟齬を漱石は微妙に描いていることをあぶりだしてみせた。
 一方、知識人、野上豊一郎、戸川秋骨、福原麟太郎の3人はいずれも謡曲は「読む」ものでないとする人たちとしてあげている。
 この三人は偶然にも英文学者である。ここでさりげなく著者は「シェイクスピア劇を「読む」ことには抵抗がなかったのだろうか」とちくりと牽制球を投げてみせる。

 この3人の対極にある田代慶一郎『謡曲を読む』から、「読む近松」と「見る近松」とが市民権を得、「読むシェイクスピア」と「見るシェイクスピア」とが併存していることを引いている。そこから「見る能」と並んで「読む能」があってもよいとし、舞台上の能の素晴らしさと読む謡曲の詞章の美しさは本質的に異次元の芸術体験であると著者も共感を同じくするのである。

 第二章は本書のハイライト謡曲25曲、著者独自の「読む」愉しみが開陳される。

 あとがきに著者は「一日に一曲は謡曲を読んでいます」「一日のうちでとってもきらきら光る愉しみの時間です」とある。
 だからだろうか、一つ一つを舌頭に転がし舌鼓をうつように味読し五感をふるわせるように書いている山村氏の姿が思い浮かぶ。
 しかも名うての書評家でもある著者のこと、そこかしこに古今東西の本(中勘助、大江健三郎、最相葉月、黒澤作品、ギリシャ古典など)からの引用が絶妙で、謡曲が読み物としていかに愉しく深いものか感得できるのである。

 あとがきでこの25曲の全てを夫人と共に話しあいながら書いたとある。
 最期のひと時をどんなにか愉しくすごすことができたであろう。
 山村氏と奥様は、同じきらきら光る愉しみを共有なさったのではないだろうか。

 そう考えると最後の作品を「謡曲を読む愉しみ」で終えることができたのは一個人としても作家としても冥利につきるというもの。

 「人間の心性の宝庫」のような「謡曲」をこんなにも味わい深く「読む」ことができた幸せを天国の山村氏に伝えたい。

 出版先は謡曲本の出版もとである檜書店であることにも含蓄を感じた。
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2 コメント

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謡曲 (つわぶき)
2017-11-14 20:41:52
ろこさんは、本当に いろいろな事に、
造詣が深いですね!

謡曲は、あまり馴染みが無いですが、
亡くなった父が、尺八を吹いていたり
詩吟は していましたが…

独特な 謡いまわしが、私は嫌いではなかったです。
今は、篠笛を少し かじっている程度。
今度、機会があれば、本を手にとってみたいです。
いろいろ教えていただき、ありがとうこざいます😊
つわぶきさんへ(篠笛) (ろこ)
2017-11-14 21:20:50
つわぶきさんへ
 謡曲と仕舞は高校の時に始めました。
 謡曲を習ったおかげで、和歌や、古典への興味が増しました。
 一年に一回、能楽堂の能舞台に出させてもらっています。
 「おさらい会」のようなものです。
 
 
 篠笛を習っているのですか!
 わぁ!素敵!
 あの侘びた音色は日本人の魂を揺さぶりますね。
 つわぶきさんこそ、いろいろなことに造詣が深いようでこれから、何が出てくるか楽しみ、楽しみ。
 

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