言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

あんぱんと支え合う社会

2017年07月31日 | 日記その1


現在の家に住む前の家での出来事だった。

引っ越してまもなく斜向かいの家の住人の歌声で朝、目が覚めた。

歌詞らしきものはなく、ハミングなどと云う気のきいたものでもなく、意味不明の歌だった。
「♪らららららんらん、らららららんらん」

その家には50代の3兄妹が住んでいるようだった。
三人とも知的障害者。

三人とも知的障害はあるけれどもとても善良なことがすぐにわかった。
とても綺麗好きで朝から掃除洗濯をして近所も掃除しているのだった。

そんな兄妹を近所の中学生や高校生が石を投げたりからかったりしていじめにくる。
そのたびに私は「こらーー!」と叫んで外へ飛び出て中学生や高校生を説教したり追い返したりしていた。
 学校に抗議しに行ったこともある。

一番上のお姉さんらしき人はどこかの掃除婦の仕事をして、真ん中の男性は無職、坊主頭で奇怪な顔つきをしているけれど陽気な人。
彼の名は「茂」さん。茂さんのお姉さんが彼を「げげちゃん」と呼んでいたので、私も彼を「げげちゃん」と呼んだ。
末子の男性は髪を肩まで伸ばして真っ黒な顔をして土木作業員をしているようだった。

その頃の私は両親を亡くし精神的に落ち込んでいるときだった。

どこにも持っていきようのない悲しみと喪失感で心がふさいで昼間から雨戸を閉めているような状態だった。

そこへ「♪ピ~ンポ~ン」とドアホンがなってお向かいの茂さん「げげちゃん」(坊主頭の人)がやってきた。

手には菓子パンを持っていた。

「これやる!」と言って私にそのパンを押し付けてくる。
さすがに気味が悪くて「いらない!」と言って突っ返すと「元気だしてな」と言う。

「元気出してな」と何回も繰り返してパンを差し出す。

外へ出てみるともう夕方になっていた。
朝か夜かもわからないぐらい閉じこもっていたんだなあとわれながらあきれて、玄関のポーチに座った。

げげちゃんも一緒に腰をおろして差し出されたアンパンの袋をやぶいて二人で食べた。

涙がこぼれそうになった。

なんで「元気出してな」と言いにきたのだろう?

食べ終わるとげげちゃんは今度は「大事にしてな」と言って帰っていった。

よく回らない口で確かに「大事にしてな」と言った。

家に入ると向かいの家からあの歌声が聞こえた。

「♪らららららんらん、らららららんらん」

げげちゃんは、それから何年もたったある日天国にいってしまった。

私はいつのまにか悲しくなると「♪らららららんらん、らららららんらん」と歌うようになった。

アンパンを食べるといつもなぜか涙がこぼれて塩辛い味がする。

※ 障害者に対する蔑視や差別、殺傷事件があったけれど、命や他人への尊重する気持ちを持つことはすべての人に当然としてあるべきことである。
 みんな善良な生活者として生きている。
 人は支え支えられて生きているのだ。
 転びそうになった人を見たら、頭で考えなくても、思わず支えようとするだろう。 
 やさしい心で、思いやりのこころで、お互いを支え合っていくのが当たり前の社会にしたいものです。
 
 
 
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8 コメント

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Unknown (ケンスケ)
2017-07-31 05:54:34
まったく同感です
私も(^^)vどん底の時代に (雀(から))
2017-07-31 08:24:21
知り合った車椅子の仲間が いて 今でも 何かと言うと 助けられています   心 底 からおたがいを思い合って居ます🙋
自分は・・・と (ひろ)
2017-07-31 11:28:14
ろこさんの どんな人にも偏見を持たずに向き合える気持ち、すばらしい!
私は誰に対しても偏見を持たずいられるだろうか・・・と
知的障碍者の施設へ数年間ボランティアに行き、接してみれば
偏見も多少減ったのですが・・・まだまだ
反省しきりです。

雀(から))さんへ(どん底) (ろこ)
2017-07-31 14:44:57
雀(から))さんへ
 こんにちは。
 指の先がちょっと怪我しただけでも、その不自由さを嘆きます。そしていつもの指がどれだけありがたいものかを知ります。人はわが身にならなければわからない他人の痛み。
 そんなことではいけませんね。想像した痛みを実際自分が体験すると、どれだけ苦しく痛くつらいものか知ります。
 いつも他人の身になって考えること。それが思いやりにつながりますね。
 雀(から)さんも、つらいことが多いとき、助け、助けられてきたことが、思いやりにつながっているのですね。日々の雀(から)さんを拝見しているとそれを感じます。
 
ケンスケさんへ (ろこ)
2017-07-31 14:47:01
ケンスケさんへ
 同感をありがとうございます。
 
 
ひろさんへ(ボランティア) (ろこ)
2017-07-31 14:58:33
ひろさんへ
 こんにちは。
 知的障害者施設へボランティア活動をなさっていた由。一口にボランティアといっても、活動はとても大変です。私もいろいろな施設にカウンセラーとして行っていますが、それは神経を使います。
 この記事を書いた時は、私自身、精神的に参っていた時なので、本当に知的障害の兄弟に助けられました。
 わからないまでも何か、緊迫したものを私から受けたのでしょうね。清らかなまでの助けを受けました。
 涙が出るほどありがたかったです。近所の人は見ず知らずの新参者の私には目もくれない中、「大事にしてな」といたわってくれた優しさは忘れません。
 障害があるか、ないかでなく、人を思いやる心の美しさは大きな力となりますね。
 茂さんという名の彼を「げげちゃん」と私は呼んでいました。50過ぎの奇怪な顔をしていた「げげちゃん」でしたが、私は彼の優しさを一生忘れません。
 ひろさんは、正直で優しい人だと私は思います。絵にそれが現れていますもの。
 
Unknown (どんぐり)
2017-07-31 16:57:11
ろこさん、こんにちは。
わたくしも一緒に励まされてるようで
思わず泣けてしまいました。

茂さんご兄妹は人の痛みを一番良く分かっていたのでしょうね。

それゆえ、時に自分達の盾となって下さる
ろこさん温かい優しさが嬉しかったのでしょう。
ろこさん、心温まる
素敵なお話をありがとうございました。

どんぐりさんへ(励まし) (ろこ)
2017-07-31 17:32:29
どんぐりさんへ
 こんにちは。
 心や体が弱っているときや、どこかが不自由な時、誰かの助けがあると嬉しいものです。
 私もくも膜下出血の開頭手術したあと、後遺症で肺水腫になり、呼吸困難になりました。退院後も、1メートル歩くのに、息が苦しく、歩くのが怖かったです。ご飯を一口食べるのが、どんなに苦しかったことか。物を食べるというのは、食べながら呼吸をしているというウルトラCの機能を働いているのですものね。人間ってすごいです。当たり前に毎日ウルトラC をやっているのですが、一たび、故障すると、それらがどんなにすごいことだったかを思い知ります。
 障害がある方は、毎日、毎秒、そのウルトラCと向かい合っているのです。何気なく当たり前にやっている健常者はそれがどんなに大変か知りません。
 知らないから、差別して、ののしったり、さげすんだりするのです。
 自分がその身になって初めて知る苦闘です。
 知的障害のある茂さん兄弟は、みんな心が大変綺麗でした。
 善良でまっすぐで、近所の人の分まで道を掃除する人たちです。
 そんな清い心を知らない高校生や子供たちが石を投げて茂さんの家の窓ガラスを割っていくのです。
 本当に世の中間違っています。
 自分と違っている人を許せない醜い心がはびこっています。
 私をいつも見守ってくれた茂さん。
 そのきよらかな心に恩返ししたいです。
 みんなの心が優しくなるよう祈りたいですね。
 どんぐりさん、無理しないよう、少しずつ、少しずつね。
 
 

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