言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

「お布巾」(ふきん)の怪?!

2017年05月17日 | 新・随想

 
 料理のレパートリーを増やそうとフランス料理を習いに行くことにした。先生は有名ホテルのカリスマシェフだった。
 フランス語が飛び交う料理教室では、日常,とても揃いそうもない食材と格闘。
おびただしい量のオマール海老の殻を粉砕して煮詰めたソース・アメリケーノはこの世のものとはおもえないほど美味だった。
 魚介類をソテーしようとしていたときのことである。
カリスマシェフの先生が、私のテーブルにまわってきた。
運悪く油が飛んで先生の靴にかかってしまった。
すると「あっ!」と思うまもなく先生はそばにあった布巾(ふきん)で自分の靴を拭いて「ちっ」と舌打ちをした。
「すみません」とあやまる私を尻目に先生はさっさと隣のテーブルに行ってしまった。
 私はまもなくこの料理教室をやめた。なぜなら、食べ物を扱う布巾で靴をふいてしまう料理人には習いたくなかったからだ。

 昭和時代の料理研究家で、京都の裏千家専門の茶懐石料理屋「辻留」の二代をつぐ辻嘉一(つじかいち)氏は食材や、それをあつかう道具に丁寧語を使った。なぜなら、大事な命をつかさどる料理の食材や道具には丁寧な心で接して当然だからだと説明。

 NHKテレビ「きょうの料理」で独特な語り口で人気を集め、その頑固一徹な料理哲学は多くの人に支持された。
 その辻さんは、「布巾」を「お布巾」と言う。布巾は料理を漉したり、水気を切ったり、まないたを清めたり、食器を清めるのにつかうものだ。NHKが「お布巾」の「お」をとって話すよう言ってもガンとして聞かなかった。

 あのフランス料理のシェフのように、食べ物を扱う大事な布巾で、靴をふくなんて言語道断の仕業(しわざ)だ。

 ところで、私はフランス料理を習うばかりでなく、懐石料理教室にも通っていた。茶の道に進む者にとって懐石料理も修行の一つとして習得する必要があったからだ。懐石料理の先生は京都の「瓢亭」で修行した苦労人。ご実家は一流の料亭だったのだけれど、中学を卒業すると同時に外で修行した人だった。この先生は腕が良いばかりでなく腰が低く決して偉ぶらない人だった。
 いつも失敗ばかりする私に、
「私も失敗して学んできました」
 と励まして下さる。励ますばかりでなく、論理的に失敗の原因を教えるので良く理解できるのだった。例えばこんなことだ。
 魚に串をさし、ガスの直火で焼くという作業があった。どのテーブルも次々と良い焼き加減で焼き目がついて行った。
 焦る私が手をちょっと動かしたとたんに魚の繊維がほどけて火の中に落下した。
 先生は少しもあわてず魚を火から取り出すと、魚に串を刺しなおしてこういった。
 「ほら!みてごらんなさい。魚の繊維は横に入っているでしょ。横の繊維に横に串を刺すと、温められた魚の繊維は膨張して広がります。だから串から落ちてしまうのです。横の繊維には縦に直角に串を刺せば魚は落ちません」
 これは料理の基本。基本を知らない私を馬鹿にせず、恥をかかせないよう丁寧に説明してくださるので、心底理解できるのだった。
 先生は、
 「大丈夫ですよ。私も同じような失敗をして学んできましたから」
 とにっこりするのだった。

 ある日、京都の湯葉を仕入れるついでに分けてくれるというので注文することにした。
 教室があく前に先生の控え室へ湯葉を取りに行くと先生はもう早くからみえていた。
「先生!湯葉を・・・」
と言いかけると先生は、
「○○さん(わたしのこと)湯葉を持って参(さん)じました」と言った。
 一介の生徒である私に「持って参じました」と丁寧な言葉と態度に驚いた。
 決して驕(おご)らないお人柄に、料理のほかにも人としての在り方を学んだ六年間だった。

 さて、最近有名ホテルで「カリスマシェフによるパフォーマンス&講義」と銘打ってフランス料理の会があった。
 そこでマイクを握って華々しくパフォーマンス料理を披露したのはあの人だった。そう。「お布巾」で靴を拭いたシェフである。
 カリスマシェフの靴を良く見ると、エナメルを流したようにぴかぴかの靴だった。
「まさか、お布巾で磨いてこなかったでしょうねえ?」
と心の中で私はシェフに問いかけるのだった。

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6 コメント

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これは許したらいかん。 (荒川三歩)
2017-05-17 23:48:00
布巾(ふきん)で自分の靴を拭いて「ちっ」と舌打ちをした。
荒川三歩さんへ(いかん) (ろこ)
2017-05-17 23:53:41
荒川三歩さんへ
 同感!絶対にいかん!
Unknown (和三郎)
2017-05-18 05:23:17
辻嘉一氏の本は持っていますが、知りませんでした
これからお布巾と呼びます

おっしゃるように料理のコツというものは
科学的な根拠があります
料理は、化学と言ってもいいくらい
理数系の人の方が、料理にはまりますし
向いています
和三郎さんへ(辻留) (ろこ)
2017-05-18 08:56:49
和三郎さんへ
 おはようございます。
 NHKの辻さんの料理を見た人はほとんど「お布巾」と今でも言っているそうです。
 丁寧な仕事ぶりと、頑固でも誠実な人柄はお料理にも反映されていましたね。
 なるほど。
 プロの料理人である和三郎さんが、料理は科学だとおっしゃるのですから、説得力がありますね。
 
Unknown (藍)
2017-05-18 09:32:23
ろこさま

フランス男性と結婚し 
フランスに在住している元女子アナウンサーの生活ぶりを
紹介する番組を見たことありますが

男性が食器洗いをしながらキッチンの床に落ちたものを、
使っていたスポンジで取って、そこを拭き
そのスポンジで、また食器洗いをはじめたので
奥さんが 「もぉぉ~またぁ~」、、と、悲鳴あげてました。
藍さんへ(違和感) (ろこ)
2017-05-18 10:22:03
藍さんへ
 おはようございます。
 お国柄でしょうか?
 床を拭いたもので、食器を洗うって、不潔極まりないですね。
 そういえば、英国にいたころ、食器を洗剤で洗ったあと、ゆすがないで、そのまま洗いかごにいれていました。
 ほとんどの英国の家庭では洗剤がついたままの食器はゆすがずそのまま乾燥でした。
 

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