言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

路地を行く

2017年03月20日 | 新・随想

 運動不足解消と気分転換をかねて散歩を楽しんでいる。
 片道一時間ほど離れた本屋まで歩いていくことにした。
いつもは車で通ればまっすぐな道を20分で着ける。
 散歩をするのに、広い道を歩くことほどつまらないものはない。
 路地をめぐって歩くことにした。

 散歩の魅力は何だろうか?
 それは車に乗っていては見えないもの、味わえないもの、感じられないものを味わえることだろう。
 自分の歩幅で自由気ままに歩けることはなんともいえない爽快感がある。 
 車では見過ごしてしまうもの。
それは道端に咲いている花だったり、すれ違いざまにかわす挨拶だったり、ほほえみだったりする。

 大きな道でなく路地を歩く楽しみは格別なものがある。
夕暮れ時になると家々からただよう夕餉(ゆうげ)のにおいや音。
あ、ここの家は今日はカレーだなとか、お醤油のこげるような香ばしいにおいに,今夜のおかずは何だろう?と想像したりする。
 また昼間は家々の軒先に丹精した花を愛でる楽しみがある。
 狭い空間にささやかな緑があり花がある様は心がなごむ。
水遣りしている人と花を囲んでつかのまの花談義をかわすのも人情味があってよい。

 路地には近代化されない昔の風情が残っていたりする。
 おや?こんなところに?とおもうような場所に常夜灯があったりする。

 お地蔵様が祀ってある。
よく見ると新鮮なお花が供えてあって、赤い頭巾をかぶっている。
近くの人たちがよくお世話をしているのだろう。

 外国では細い裏道の突き当りにはマリア像が祀られている。
花が供えられているのを見るとなぜかほっと心がくつろぐ。
旅人にすぎない私にも、マリア様が見守ってくださっているようで思わず手をあわせる。

 昨日歩いた細い路地の辻、辻にもお地蔵様や道祖神が祀(まつ)られていた。
 崩れかけたような家の軒先に丹精こめた小さな鉢植えや、花が咲いているのを見ると、はっと胸を打たれる。
ガタピシと音を立てて木戸を開ける音に振り返ると、この家の主が出てくるのがみえた。
 煮しめたような手ぬぐいが物干しざおにかけられている。
 手にしたジョウロで、この家の主であるおばあさんが花に水をやりだした。
 
 このあたりは、昔はハタヤ(紡績工場)が多かった土地だ。
 外まで聞こえる機(はた)の音は休まる暇はなかった。
 遠く九州や信州の山奥から女工さんたちが機織りに住み込みで働いていた。
 今はすっかりさびれたこの地にはそうした紡績工場がくずれかけた土塀ごしに往時の面影を残している。
 このおばあさんもそんな女工さんの一人だったのだろうか?

 辻に祀(まつ)られたお地蔵さんや、道祖神をお世話するのもこの路地に住む人たちだ。
 緑や花をたやすことなく育て、地域を守ってくれるお地蔵さんや道祖神に感謝をささげるここの人たちの心根の優しさが路地には満ちていた。
 路地をそぞろ歩きながら軒をかすめていく風の音や、醤油のこげるにおいにまじって
 「ご飯ですよ~。手を洗っていらっしゃい」という声を聞く。
 暮れ方の路地には露を含んでしっとりとぬれた植木鉢が常夜灯にともされて光っている。
 路地には人の体温と生活音が満ちていて温かい。

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8 コメント

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路地‥ (Fs)
2017-03-20 23:27:08
素敵な風景ですね。私も路地が好きです。
防火上はかんばしくないのですが、それでも路地の風景に浸みこんだ生活の息吹が立ち上がってきます。
行き止まりの路地もいいですが、抜けると思いがけないところに出てくる不思議もあります。
西洋では路地の突当りにマリア像、という指摘にはビックリ。なるほどそうですか‥。理由はわからないけど納得です。
お地蔵さんや道祖神との類似ですね。なるほど‥。
そして料理の匂い、鼻がきかない私にも懐かしい匂いがしてきました。
Fsさんへ(せこみち) (ろこ)
2017-03-20 23:41:25
Fsさんへ
 私が住む町は路地が多く、せこみちと呼ばれています。
 人がやっと通れるほどの狭い道ですが、なかなか風情があって、都会にはない味わいがあります。
 おっしゃる通り、路地には生活の匂いが立ち上ってくるようで、庶民そのままです。
 散歩が楽しくなること間違いなしです。
Unknown (はまかぜ)
2017-03-20 23:55:15
こんばんは。
路地の散歩、とても寂寥感のある雰囲気ですね。
ガラッと引き戸を開けて出てきた人がいるというのが、何だかその音が聞こえるかのようでした。
細い路地ならではの光景だと思います。
こういった路地だと車の走る音や人混みの喧噪がフッとなくなり、静かな境地で歩けるのが良いと思います。
はまかぜさんへ(自分の歩幅で) (ろこ)
2017-03-21 00:13:53
はまかぜさんへ
 こんにちは。
 そうですね。路地の良さは、土地に密着した生活の匂いがするところでしょうか。
 うらぶれた佇まいは、それなりに、哀しく、それなりに、零落していて、人の世のせつなさも感じます。
 狭い路地に花など育てている様子は、美しい庭園には見られない「やさしさ」があって、私は胸がいたくなるほど好きです。
 「路地の散歩、とても寂寥感のある雰囲気ですね」
 のコメントが胸に響きました。
 ありがとうございました。
Unknown (藍)
2017-03-21 09:21:11
ろこさま

娘が中一から、脳外科や、形成の治療に
長い期間に入院、通院を繰り返していた時期に

病院のある、千駄木 根津 近辺は路地が多いので、
お見舞いに行くのに、毎日コースをかえて 
気分転換していました。

真夏など 開けっ放しの窓から
うちわで バタバタしながら
ビールを飲んでいるのが
(こちらは見る気もないのに)丸見えで
住んでる方は、頓着してない様子でした。

リラックスな風景や、沢山の鉢花などが
ずいぶんと 気持ちを楽にしてくれたものでした。
懐かしい画像を 有難うございました。
藍さんへ(谷根千) (ろこ)
2017-03-21 10:04:57
藍さんへ
 お嬢様の入院・通院に心労が重なったことでしょうね。
 それをほんの少し和ませてくれた谷根千の路地の佇まい。
 下町の路地って、ひと肌のぬくもりがありますね。
 
Unknown (藍)
2017-03-22 00:59:03
ろこさま

いつも思いやりのこもったコメントを
有難うございます。

カウンセリングを受けたような気持ちになりました。
藍さんへ(心痛) (ろこ)
2017-03-22 01:25:17
藍さんへ
 お嬢さんが一番苦しんでいるときに、支えになるよう、お見舞いに行く母の心痛は、身を切るようなものだとお察しします。
 私自身はお見舞いされる側でしたが、毎日仕事帰りに見舞いに来てくれた夫への感謝の気持ちを忘れたことはありません。
 入院して、痛みがあるときや、病気に対する不安でいっぱいの時、お見舞いに来てくれる家族は本当に心の支えになっていました。
 その反対に、見舞う側の夫は、医師の話だと別室で泣いていたとのこと。
 後遺症があるかどうか、命が持つかどうか、さぞかし心配しただろうと思います。
 でもお見舞いの時は、いつも何事もないように、笑顔がいっぱいでした。

 見舞う立場と、見舞われる側では、それぞれに苦しんでいたのですね。
 お嬢様も快癒なさって、本当に良かったですね。
 きっとあの谷根千の路地を歩きながら涙をぬぐったこともおありだったでしょう。
 つらかったでしょ!
 よく乗り越えましたね。
 
 

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