言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

わが心の歌―望郷のバラード

2016年10月11日 | 書評


秋の日のヴィオロンのため息のうらぶれて、ひたぶるに物悲しき日。
 上↑の曲をまずはお聴き下さい。
わが心の歌―望郷のバラード
天満 敦子
文藝春秋

ヴァイオリニスト天満敦子さんの自伝である。

この人から発せられる不思議な天衣無縫な光彩に先ず惹かれる。
そしてその名器ストラデイヴァリウス「サンライズ」から奏でられるたえなる音に驚き、魅了されない人はいないだろう。
この人に魅せられた人はあまたいる。
井上光晴、丸山眞男、海野義男、間宮芳雄、埴谷雄高、宇野功芳、シゲテイ、
その出会いの妙は運命のようであって、必然であり、惹き合う様につむがれる交流に目を見張らされる。
運命といえばこの人には生涯きってもきれない曲「望郷のバラード」がある。
その数奇な楽譜の運命と天満敦子との出会い。それも運命的なものであった。

1883年29歳の若さで亡くなったルーマニアの天才作曲家チプリアン・ポルムベスクが遺した一編の旋律。「バラーダ」。
1977年ウイーン大使館に勤務していた外交官岡田眞樹氏は祖国ルーマニアから逃れて来た独りのヴァイオリニスト(イオン・ベレッ シュ)の弾く小曲に心惹かれた。
それはイオン・ベレッシュが祖国からのがれるとき、楽譜と共に持ち出したルーマニアの秘曲だった。
この曲の心を理解してくれるヴァイオリニストがいたら日本で紹介してくれといわれて手渡されたのが一冊の楽譜「バラーダ(詩曲)だった。
この秘曲は圧制に反抗して投獄されたポルムベスクが獄中から故郷を偲んで作曲したものだった。
当時天満敦子はルーマニアでピアニスト深沢亮子と共にコンサートを開いていた時だった。
まさにこの秘曲は天満に・・とその百年前の秘曲の楽譜を岡田は手渡したのだった。
そんないきさつのある名曲についてのエッセイを岡田眞樹が日本経済新聞1993年12月8日の文化欄に紹介したのをきっかけに「望郷のバラード」は広く世に知られることとなった。

さて、話を戻すこととして天満敦子は
作家たち、中でも一筋縄でいかない井上光晴に愛された。そのおおらかさを、そして何よりもその才能を愛してやまなかった文人である。
天満敦子は豊かな容姿にもうかがえるように、大河の流れのような人柄にその天賦の才が重なってあの強く、心の奥までわしづかみにして、浸透していく音色がかもされていくのである。

文の運びにもそのおおらかさと聡明さが光り、読者を魅了してやまない。
天才を天才として慢心せず、成功しても少女期に教えを受けた「ガミガミ爺」こと井上武雄のもとへヴァイオリンを聴いてもらいに行く天馬。父の野辺の送りをすませた直後、恩師へルマン・クレッバースが住むアムステルダムを訪ね、気持ちを建て直し音楽を学ぶ道の原点へ常に立つ人でもある。それは現在の今でも天満敦子はこの師のもとへ稽古に通っている。

天才はなるべくしてなったようで、そうでない。音楽と縁もゆかりもない両親ではあるけれど、その愛情に包まれて育まれたその結実なのである。その過程を天満は心よりの感謝と率直な描写でなぞっていき、実に好もしい自伝となっている。

天 満敦子。その、人を惹き付けてやまない人柄とヴァイオリンの巨匠たちに磨かれた才能が数奇な運命の楽譜「望郷のバラード」と結びつき私たちの心を揺さぶる。
井上光晴に「ヴァイオリン一筋でいけ。わきめを振るな」と後押しされたように名器ストラデイヴァリウス「サンライズ」を「わが命!」として天満敦子は自伝を締めくくっている。


 
 この美しい曲に、しみじみと心潤し、評伝をお読みになる機会が訪れますことこを祈って。(ろこ)

※読者登録させていただいているFsさんのブログ「Fsの独り言・つぶやき」の記事「天満敦子「哀歌、ベルタのノクターン」」も素晴らしいのでぜひご覧くださいますように。こちらをクリック↓
ブログ「Fsの独り言・つぶやき」から天満敦子「哀歌、ベルタのノクターン」

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9 コメント

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望郷のバラード (Fs)
2016-10-11 11:13:13
CDは持っていますが、この本、購入できずに忘れてしまっていました。
十数年前でしたか、出版されたとき書店で立ち読みしました。お金を持ち合わせていなかったので一週間もしなかったけれど購入しに行ったら品切れになってました。
ついそのまま‥。
天満敦子はこのように、弓が弦にねっとりと張り付くような曲が相応しいですね。同じポルムベスクの「哀歌」、「ベルタのノクターン」、モンティの「チャルダーシュ」も私は好きです。
現代音楽でも間宮芳生の無伴奏ヴァイオリンソナタの録音があり、これも私の好みです。
この本、こんどは書店で注文することにします。
天満敦子 (Fs)
2016-10-11 11:43:29
この本が懐かしくて、私のブログにこの記事の紹介とリンクを貼りました。
支障がありましたらお知らせください。
Fsさんへ(ねっとり) (ろこ)
2016-10-11 12:13:10
Fsさんへ

 こんにちは。Fsさんの仰せのように
 「弓が弦にねっとりと張り付くような曲が相応しいですね」
  まさに言いえて妙。
  モンティの「チャルダーシュ」もなかなか」いいですね。私も好きです。哀調を帯びたものを弾かせたら天下一品。
 このねっとり感が好きでないという人もいますが、とにかくしみじみ聴かせるヴァイオリン二ストだと思います。
 めったにコンサート会場に足を運ばない夫が、大嵐の日、万難を排して出かけて、天満さんと握手をして帰ってきたのを覚えています。

 Fsさんの記事のリンクを貼らせていただきたいと思います。私はいつだってOKです。
 ありがとうございました。
感動に感謝! (tiburonta)
2016-10-11 12:31:24
いくつか遡ってブログを読まさせて頂きました。いいお話と「望郷のバラード」を拝読拝聴させて頂き感動いたしました。ありがとうございました。
tiburontaさんへ(耳福) (ろこ)
2016-10-11 13:21:43
tiburontaさんへ
 こんにちは。
 長い間、よいものに親しんでいらっしゃったtiburontaさんのお耳にかなったのなら嬉しいです。
 ありがとうございました。
秋に似あう (クウ母)
2016-10-11 14:38:01
しっとりしたヴァイオリンの演奏が似合う季節になってきましたね。
3年ほど前に、望郷のバラードが聴きたくて、天満敦子さんの演奏を聴きに行ってまいりました。
お話も面白く、飾らないお人柄にも魅了されました。
クウ母さんへ(秋にぴったり) (ろこ)
2016-10-11 15:03:42
クウ母さんへ
 本当におっしゃる通り、静かな秋の日にぴったりな、ヴァイオリンの音色ですね。
 天満さんのコンサートにいらっしゃったのですね。しみじみ、そして豊かな気持ちになったことでしょう。
 そうそうふくよかな体型とお人柄は会場の空気を一瞬にして和らげてくれますね。
 演奏家の中には、ピリピリして、演奏する前から会場に緊張が走る人がいたり、演奏もだけれど、「私を見て見て」とばかりに自己顕示に心を砕いている人を見ると、げんなりしてしまいます。
 天満敦子さんは、慈母観音のような風貌と、ゆったりと音を楽しむ、まさにヴァイオリンの音色を会場の皆さんと楽しみましょうというオーラを発していて、すべての人の胸に迫るヴァイオリンを奏でる人だと思います。
 一音聴いただけで「あ!天満さん」だとわかる音の持ち主ですね。
 そこが素晴らしい!!
 クウ母さんがコンサートを楽しむ様子が目に浮かびました。
 ありがとうございました。
確か? (雀(から))
2017-01-30 10:01:39
昔の新聞小説に出てくるモデルが天満さんだと聞いていました♪
ドキュメンタリー風の、その幻の曲の物語でしたよ(*´∀`)♪
雀(から))さんへ(新聞小説) (ろこ)
2017-01-30 13:12:44
雀(から))さんへ
 高樹のぶ子の小説『百年の預言』のヒロインは、天満をモデルとしています。
 

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