言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

忘れていった本

2017年09月14日 | 新・随想

 
高校生の頃、淡い恋をした。
 家庭教師の先生に。
 先生は東大の理工に通う大学生。
 私は好きな科目しか勉強せず、嫌いな授業は勝手に自主早退していた女子高生だった。
そんな私を心配して親が無理やりご近所にお住まいのさる外交官のご子息に家庭教師をお願いしたのだった。
 生意気でわがままな私は「頼みもしないのに!」とふてくされて家庭教師ボイコットの秘策を練っていた。

 最初の顔見せ授業の日のことだった。
 選びに選んだ小汚いシャツとジーンズを着て髪の毛もぼさぼさにして先生の前に現れて驚かせてやろうと思った。
 こちらが先生ですと紹介されて顔を上げると驚いた。
 長いまつげが白皙(はくせき)に影を落とし鼻梁あくまでも高き美青年!
平ったくいえば、ものすごくハンサムな青年だったのだ。
 話をしだすとさらに驚いた。美しい顔からは想像できないほど男らしくぶっきらぼうな物言い。
 家に来ると玄関のドアの前で大きな声でいつも名まえを名乗る。

 「たのもー」とは言わないまでもそれに近い大音声(だいおんじょう)で名乗る。
 「○○です!」と言ってドアを開けて入ってくる。

 その端正な顔に似合わない、ぶっきらぼうな物言いがすがすがしかった。
 男の子のようだった私が一瞬にして恋に落ちた。

 「馬鹿」だと思われたくなくて必死に勉強。
 分からないところは学校の先生に質問して予習しておくという状態。
 学校の先生は家庭教師の先生の授業のための質問箱。
 あれよあれよというまに理数科ばかり突出してできるようになった。
 先生は理工学部なのに文学に造詣が深くありとあらゆる書籍を読み詩集を愛読していた。
 お茶の時間はそうした本の話題が多くその話題についていく為に私も読書、読書の日々。 

 先生は週二日来てくださるにもかかわらず、毎日手紙を下さった。
 手紙は甘い言葉など一つもなく読んだ本の話ばかりだった。

 それでもその行間に何か私へのメッセージが隠されてはいなかと何度も何度も手紙をよみかえした。

 見えない心を読む私。

 しかし、あった!書かれない「心」がその手紙にはあった。
 
 毎回封筒には吟味に吟味を重ねた記念切手や珍しい切手が貼られてあった。
 先生がある日、立原道造の詩集を忘れていった。
 ぱらぱらと頁を繰ると、そこにこんな詩があった。

 愛情

  郵便切手を しゃれたものに考え出す


 先生は立原道造の詩集をわざと忘れていったのだ。私に気づかせるために・・・。



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