言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

歌の源流をベトナム花モン族に見る

2017年04月20日 | 詩歌に寄せるエッセイ

だいぶ前に、BSNHKハイビジョンで放映された「芽生えの春~ベトナム花モン族の見合い祭り」というのをみた。

中国との国境近くのベトナム山岳少数民族である花モン族。
険しい山にへばりつくように住む貧しい農村地帯がある。
山のやせた土地にわずかの畑を耕して生計をたてている花モン族。
彼らの風貌はベトナム人とはいっても、日本人といっても通用しそうだ。
畑を耕す人数により畑を国からもらえるという。したがって結婚して家族がふえるほど畑の広さが増す。
花モン族の若者は19歳ごろが結婚適齢期。
山間の過疎の地域で、日々やすむことなく畑を耕すものは結婚相手を探す暇も、相手もみつからない。
そこで一年にいっぺん「見合い祭り」が催され、10km以上はなれたところから色々な部族の娘や若者たちが見合い相手を求めて集まってくる。
娘たちは色とりどりの民族衣装をまとってくる。若者たちは娘の容貌を確かめ名前を聞こうとする。一度で振り返ったり名前を教えたりしない娘。

そんなかけひきのなか、相手を探す。
何年も相手をみつけることができないものもいる。

そんな中の一人の若者にクローズアップ。
5人家族の長男Mは今年21歳。貧しく容貌が劣ると自分を卑下し積極的に娘に声をかけることができない。従兄の助けをかりてやっと一人の娘にアプローチ。
彼らの中には古い伝統を守って歌で想いを相手に語って返事を聞こうとする。
即興の歌を歌う若者。
(男)♪自分の家から遠い君の家には会いにいけなくてせつない
(女)♪蝶になって飛んでいくわ

と即興でお互いにせつせつと相聞の歌が続く。

不思議なことは恥ずかしがりやでなかなか口をきく事ができない若者と娘は歌なら切々と思い切って心のうちを歌えることだ。
これはどうしたことだろう?
それも即興で見事に思いのたけを歌うのであるから驚く。

歌というものの原点を見る思いになった。
普通会話ではいえないことを「歌」に託すということ。
それも誰かに学んだということもない人たちがである。

素朴な若者は娘に言う。
「自分は容姿が悪いうえ、貧しくてだれも振り向いてもらえない」
娘は「あなたはハンサムだわ。貧しいと卑下したまま生きていくの?」
若者「まじめに働いて畑を広くもって幸せになりたいと思っている」

浮いたこと一ついえない若者と、賢く励ますように相手に語る娘。
若者は娘を10kmも離れた自分の家に連れて行く。

ここまでくればこの二人は結婚に至るだろうと察するのである。

ベトナムの山岳少数民族の若者と娘に我々がかつて農耕に明け暮れながら生きてきた道のりを見る思いだ。
そして「歌」というものの素朴な成り立ちに思いを寄せるのである。

即興で相聞をやりとりする少数民族の若者のけがれなき歌に「歌」がこの世に誕生した源流のすがすがしさをみるのだった。
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4 コメント

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素晴らしい伝統文化! (cocoa)
2017-04-21 11:03:33
コンプレックスによって寡黙だった若者が歌で思いの丈を出せるという事は、これまで彼の心の中には自分を表現する言葉が豊かに蓄積していたということでしょうね。
静かな環境で黙々と農作業をしながら、心の中で湧いてくる自分の言葉を噛みしめていたでしょう。
幼児の頃からテレビ点けっぱなしで言葉の深さを知らずに育った多くの日本人は、即興でそんな優しい歌は作れないでしょう。
(不満の爆発としての歌は出来るかも知れません)
コミニケーションが苦手、人の気持ちを思いやることが苦手な国民性になりそうです。
テレビやラジオで、薄っぺらな言葉のやり取り、他人をけなして笑い、ドタバタ騒いでいるだけの様な番組が多くなりました。
歌の歌詞も、刺激的な言葉、毒を含んだ言葉を入れなければヒットしないようです。
花モン族の優しい歌に心打たれます。
純粋。 (みいやん)
2017-04-21 12:45:00
素朴で純粋で...
そんな若者たちは輝いてもみえますね。
素敵な光景です。
即興で作る歌も...可愛いですし...気持ちが相手に伝わりますね。
その番組~観たかったです。

cocoaさんへ(素朴さの中の真実) (ろこ)
2017-04-21 13:10:20
cocoaさんへ
 容姿にも、表現力にもコンプレックスを持っていても、この若者の心の泉に湧き立つものがあるのですよね。
 cocoaさんが、おっしゃるように、日々汗して畑を耕しながら、自らの心も耕していたに違いありません。
 過酷な環境の中で思うことが渦巻いていたことでしょう。
 物があふれている中で、不満を言っている若者と、何もかも不足している中、その日の食べ物のために畑を耕す若者との落差を思います。
 飾り気なく、切々と自分の気持ちを歌に託す若者の純情が胸に沁み込みます。
 「必要は発明の母」といますが、文明が発達するにつれ、純な心や謙虚さがぽとぽとと落ちて傲慢な文化がしたり顔をして歩くようになりました。
 cocoaさんの言葉の一つ一つが今を表しているようです。
 NHKのBSは良質なものを作りますね。
ずいぶん前の番組でした。
 
みいやんさんへ(素朴) (ろこ)
2017-04-21 13:18:05
みいやんさんへ
 本当に素朴で純な若者が愛おしくなりました。
 最新流行のファッションに身をやつす時代も確かに若者にはありますが、純な時代が少なくて一挙に汚れた大人になってしまうのはさみしいです。
 素朴な若者もいるはずです。自分の中の清いものを大切にしてほしいですね。
 

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