言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

遠花火

2017年07月23日 | 新・随想


昨今の夏の暑さは尋常ではない。日本は亜熱帯地域になってしまったのかと思うほどである。
 子供の頃の夏は扇風機でも十分にしのげた。

東京の渋谷に住んでいた子供時代の夏は、金魚屋が路地をぬうように売りに来たものだ。
 「きんぎょ~え~。きんぎょ!」 
 という売り声がすると路地へ飛び出して見にいった。屋台には色とりどりの風鈴が涼しげにゆれていて、金魚と一緒に売られていた。水の入った大きな桶にはランチュウや出目金や赤い金魚が泳いでいた。買うわけでもないのに、涼しげな音色に惹かれ、金魚が泳ぐ様子を見たくて近所の子供たちが家々から飛び出してくる。親もつられて外へ出てきて、ひとしきり屋台の周りが賑わうのである。



 家々の軒先には丹精した草花の鉢が置かれ、狭い空間にささやかな緑があり、花がある様子は心がなごむのである。
 花を囲んでつかのまの花談義をかわすのも人情味があってよい時代であった。
 我が家の庭には、朝顔が植えられ、水遣りしながら母と父が、花の様子をなごやかに話しているのは、ほのぼのとして、嬉しかったのを覚えている。
 エアコンがまだそんなに普及していない当時は、日本人の知恵があちこちにみられた。
 蒸し暑い日本の夏の家屋は、夏をいかにしのぐかにかかっていた。
 風が通るような間取りにし、障子やふすまを取り払って、夏座敷用の御簾(みす)をかけると、夏が何遍訪れても悪くないと思うのだった。

 座敷には籐で編まれた舟型の花入れに母が涼しげに花を活け、上から鎖で吊す。
 夏の風がゆるやかに舟を揺らすと、その空間は一瞬にして湖水に浮かぶ涼やかな風景となった。
 母のゆかた姿も美しく、花を活ける姿は実にすがすがしかった。
 お客様が見えるときは、外回りと玄関に打ち水をして迎え付けをする。
 ビール瓶を置く「はかま」は籐で編まれたものを用意し、うちわ立てには涼しげな絵が描かれたうちわが置かれた。見た目にも涼しげな演出をこらしたのだった。

お年を召したお客様には冷たいお茶でなく、きりりと熱めのお煎茶を母は用意した。
 熱いお煎茶はかえって汗をひかせ、口の中をさっぱりとさせるのだと言う。
 暑い夏を何十回と乗り越えてきた母の知恵は絶妙である。

 着るものも現代人はなるべく肌を露出したものを着るが、母は夏でも全身を覆う着物で通した。
 日常は汗を吸う浴衣だが、外出するときは絽(ろ)の着物や紗(しゃ)の着物を着た。
 絽も紗も見た目には涼しそうに透けていてまるで蝉の羽をまとっているようだ。
 しかし、実際は着物に汗が染み出ないように、長じゅばんの下には、さらしを幾重(いくえ)にもまきつけて汗とりをしているのだ。
 まるで我慢くらべのようである。母に「暑くないの」と尋ねると汗をよく吸って、かえって涼しいとの答えだった。
 蝉の羽のようにすける絽の着物を着た母が街を歩くと、肌を露出した洋服の人よりも涼しげで美しくきわだって見えた。
 暑い夏を涼しげに装う日本人の知恵と美意識を見る思いだった。

 しかし、もう団扇(うちわ)では涼しさは得られず、風鈴の情緒だけではしのげない夏がやってきたのである。
 そんな炎熱地獄の今でも、私は子供時代の夏の思い出を頼りに、夕方になると打ち水をし、風鈴をつるし、軒しのぶで、一服(いっぷく)の涼(りょう)をとるのである。

 ふと風に吹かれたくなって外へ出てみた。
 暮れ方の路地には露を含んでしっとりとぬれた鉢植えが黒々と影のように立ち並んでいた。遠くにドーンという打ち上げ花火の音が聞こえる。どこからともなく蚊取り線香の匂いがしてきた。   

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きいて!きいて!
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2 コメント

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打ち水いや放水 (一炊の夢)
2017-07-23 06:56:16
熱くなったトタン屋根、庭石庭木等々、夕方にはエンジンポンプでたっぷりと水をかける。「打つ水」の情緒は感じられないが、効果はてき面。騒音の迷惑のない田舎での離れ業かも・・・!!
一炊の夢さんへ(効果) (ろこ)
2017-07-23 09:30:51
一炊の夢さんへ
 おはようございます。
 確かに打ち水の効果ってありますよね。
 見た感じも涼しげだし、実際、熱をとってくれますからね。気持ちまで清められるという最高の効果があります。

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