言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

「あなた」へ

2016年10月19日 | 新・随想

ずいぶん前、高校のクラス会へ行った時のことだ。
 高校時代はこれからの人生が山あり谷ありだなどと誰も想像だにしないものである。
 そんな高校時代の友人が結婚してすぐにハネムーンベイビーができた。
 もうそろそろ赤ちゃん誕生の知らせが入ってくるかとおもっていたとき、電話があった。
 その電話はパパになったばかりのご主人の訃報だった。
 友が妊娠したばかりのとき、ご主人は白血病になり、赤ちゃんの誕生を見とどけてから亡くなったそうだ。
 呆然とその電話を聞いた私。
 友にとって母になった喜びをかみ締めるまもない出来事だった。
 夫の死を悲しむまもなく夫の両親と遺産となった土地の分割について裁判がはじまった。
 乳飲み子を抱えて骨肉の裁判。
 その後乳飲み子をかかえて働きに働いた彼女。

 クラス会に出てきた彼女はそんな日々を淡々と語った。
 クラス会に出席したみんなは全員涙して彼女を囲むのだった。

 離婚や死別、経済的破綻、寝たきりの舅姑の介護などそれぞれに大きな苦難を抱えても、会えばみんなあの高校時代の顔になり、笑顔をとりもどしてまた帰って行くのである。
 テレビに出て活躍しているものもいれば、海外赴任から戻ってきたものもいる。みんなそれぞれの活躍を喜び、哀しみは分け合う。

 あんなにか弱かった友が強く生き、また強く生きなければならないことを思うとこちらまで奮い立つ。
 クラスのみんなもきっと同じように思ったことだろう。
 次にあげる松村由利子の歌にどれだけの人が奮い立ったことだろう。
 
・口角を上げよ背筋をぴしと張れ働く女は日輪の花

(『薄荷色の朝に』(短歌研究社から)

 ( そうだ!このうたの通りだ!めそめそしてなんかいられない。口をへの字なんぞにしてはいられない。口角を上げ、背筋をぴしと張って前進あるのみだ!)と心に誓って自らを励ました人が多かったことだろう。

 これはアマゾネスのような逞しい女の歌などでは決してない。
 心の中に悲しみや苦しみを抱えてくじけそうな女性が、けなげなにも、懸命に自らを励ます歌なのである。
 自分を鼓舞し、励まさねば崩れ落ちそうなのである。
 あたかもあのスカーレット・オハラが瓦礫の山から立ちあがって明日に向かって「Tomorrow is another day.」と誓った境地のようなもの。

 ・二人子を一人で育てる文恵さん眉は意思もてきっぱりと描く
 (歌集『鳥女』松村由利子(本阿弥書店)<眉は意思もて>より)

 そして忘れてはならない歌がある

 自らを閉じて明るきしゃぼん玉触れてはならぬ悲しみはあり
(歌集『鳥女』松村由利子(本阿弥書店)より)

 先にあげた私の友人のように、孤立無援の中、強く明るく生きようと懸命の人には他人には簡単に理解できない深い悲しみがあることを思い遣りたいものだ。
 安易な言葉や、いらぬ詮索、おせっかいは無用。そっと見守ることもやさしさの一つであろう。

「あなた」へ
 
 またいつかあなたの笑顔に出会えることを祈っています。
ジャンル:
きいて!きいて!
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1 コメント

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匿名さんへ (ろこ)
2016-10-20 01:16:01
匿名さんへ
 そうです。「あなた」へ
 は「あなた」にむけて書いたものです。
 「言葉の泉」などとおこがましいタイトルのブログですが、愛する人を亡くした人へ、かける言葉がみつかりません。たとえあっても、かけることはないでしょう。
 そっと「あなた」の悲しみに寄り添って、見えないところから見守りたいと思っています。
 何よりも、だれよりも、あなたの愛する亡き人があなたを見守り支えてくれるでしょう。
 時々、コメント欄に、近況でも、愚痴でも、泣きたいことでも、書いてお寄せください。私信として表に出さずに、しっかりと受け止めます。
 弱音は吐いていいのですよ。私の名実ともに整った「太っ腹」がお受けいたします。
 私も階段から転げ落ちないように、手すりにつかまって、時にはイケメンによろよろ、すがりながら、歩いていきます。
 またね、私の大好きな「あなた」へ。

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