言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

ブログを書き続けて11年

2016年10月13日 | 新・随想

ブログを始めてから11年目が過ぎようとしている。
200人以上の読者の方が登録してくださってありがたい限りだ。
 変わり映えのない記事に自分自身が落ち込むことが多い。
 しかし、よそのブログ記事にコメントを寄せた時、
「コメントを書かないけれど、毎日楽しみに読んでいます」と書いてあって、驚かされるとともに、
そういう読者にも支えれられているのだと思うと、しみじみと感謝の念が湧いてくる。
 昨日、高校時代の親友がメールをくれて、記事について思うことを書いてきた。
 親友でさえも、コメントを書かずにメールで感想を書くのかと思うと複雑な気持ちになる。
 短いコメントでなく、メールで長い感想や気持ちを書きたいと思う人もいるのだと気が付いた。

 私自身も愛読しているブログがいくつかある。
 記事の内容が素晴らしく、写真も美しく感嘆する。
 素晴らしくて、コメントを書くのにしばらく考えることがある。
 それは美術館へ行って、見惚れた絵の前で、黙ったまま過ごす時間と似ている。
 感想をごちゃごちゃ言いたくない。
感動を心の中でかみしめて、反芻したいと思うのだ。
 
 そうしたブログに巡り合うと、めぐりあった嬉しさにひたる。
 
 人に対しても同じような思いになることがある。
 話していて、その人の素朴さ、誠実さ、才能の豊かさ、謙虚なたたずまい、
清い心を見つけた時、私は心の中で静かな感動にひたる。
 ちょっとしたしぐさの中に、心の美しさがにじむとき、「ああ、嬉しい」と思う。
 ここにまた美しい人がいたと喜ぶのだ。
 昨日も、喫茶店で数人と話していて、そんな素敵な瞬間に出会った。
 「お黙り」マダムがいる一方、こちらには、こんなにも素敵な人がいると思うと、心が躍るのだ。
 
 人生の秋を過ぎたころの人に味わい深い人がいる。
 自然を見つめる目、動植物に対する少年のような好奇心と詩心が織りなす文はどこまでも格調高い。
 こんな人がいたのかとただただ感心し、来し方に想いを馳せる。
 
 趣味の会にみる人間アラベスク模様は興味が尽きない。
 そしてブログで出会うさまざまな魅力的な人々。
 そして付け加えるなら、夫。
 もっとも身近な存在である夫が積み重ねてきた日々を思うとき、そのいぶし銀のような光彩に気が付くのだ。
 またおのろけかといわれるならば、言い訳はしない。
 身近すぎて気が付かない伴侶が醸し出すものを今一度見つめたい。

 11年間書き続けてきて得たものは、内なる自分と向き合えたことだろう。
 人間ほど面白いものはない。
 そう思ったのは小学生のころだった。
 その思いは今も変わらない。
 内なる自分と向き合い、自分をめぐるあらゆる人々とのかかわりの中から、
 生きていることの喜びを見出したいと思っている。
 

 
 
 
 
 
 
ジャンル:
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