言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

女と自立

2016年09月19日 | 新・随想

 私にとって「経済的自立」は自由の獲得である。
 誰からも管理されず、負担をかけないでいられ、イーブンでいられる。
 自分が自分でいられるにはやはり「経済的自立」なしにはなりたたない。
 誰からも負い目なく私は私として立つ!自立である。
 今日から自立しますと言っても誰かから金品の援助があってはひもつきとなってしまう。

 ヒラリーさんが若い頃「私は家の中でクッキーを焼いているだけの女ではない」と言って大変な非難を浴びた。
 アメリカでさえも非難されるのである。
 キッシンジャー元国務長官夫人のナンシー・キッシンジャーさんにお目にかかったことがある。
 彼女はロックフェラーの元秘書であった。



 アメリカでもトップの財界人の秘書であった彼女に「女性が男性と伍して働き地位を獲得する秘訣はなんですか?」と問うてみた。
 すると彼女は「男性の倍、三倍働くこと。実績をあげること」との答えが返ってきた。
 女性の昇給とポストは「ガラスの天井」と言われていた時代。
 ポストはまさに見えているのにそこにはガラスの天井があって見えていても上には上がれない時代にあった女性苦難の時代は今も連綿と続くのである。

 家と家の結びつきでもあった過去の結婚も時代と共にかわりつつあるけれど、依然として女は(でしゃばるな、謙虚にさがっていろ)が幅を利かせているのである。
 結婚して第一関門はこの女の壁であった。
 声高に理想論をぶっても地域社会、家というものに連綿と流れている「女」と云うものの意識は変わらないのが実情である。

「女」である前に「人間でありたい」。これは古くは与謝野晶子も言い、ヴァージニア・ウルフも言っている永遠のテーマである。
 男性が「男」である前に「人間でありたい」などとは決して言わないものである。
 なぜなら長年の男性優位社会にあって「男」であるがゆえの制約は女ほどなく、また肉体的に負荷がある毎月の「生理」がない身軽さは「生理休暇」などを要せず、声高にスローガンを掲げずとも常に「人間である」からである。

 さてまたもや話が長くなったので先を急ごう。
 外国映画を観ていると中年以上の男女、特に女性はいい味を出している。
 人生の悲喜を経験した者のにじみでるような重厚さや渋さがいぶし銀のように光る。

 日本ではなんでもかんでも「可愛い!」が幅を利かせている。
 若いことが優先順位のトップにある。
 ワインならボージョレーヌーボーとでも言おうか。
 水のように薄く若い味が口中を満たす。

 成熟していない国には本物の文化が宿らないのではなかろうか。
 女が男の愛玩物であるためには可愛く幼く逆らわず、ためらわず、思考しない方が扱いやすい。

 知人の女性は「女には学問なんかないほうがいいのよね」と云う。
 「なまじあると生意気になって可愛くないもん」と云う。
「自分の娘には気働きが良くできて、こまめに動く愛らしい女の子になってほしいわ」という。
 学問があっても愛らしく気働きができてこまめな女性は山ほどいる。

 激動の時代の今。
 夫が病気になったり、リストラされたり、倒産したりしたとき、それを支える妻に力や知恵や資格があるならば心強いものだ。
 人生のパートーナーと共に乗り越えていくには知恵も必要だし男性と伍して得られる資格があるにこしたことはない。
 共に知恵袋的存在であるのは頼もしいものだ。
 女はいつも男の従属的存在であるのが「愛らしい」という意識はもうこの辺で変えて欲しいものだ。

「 可愛い」「美しい」だけを注目する相手なら、それらが衰えたなら別の新鮮な「可愛いもの」「美しいもの」へと関心は移る。
 容姿が衰え愛らしさが消えたとき、体に障害が生じたとき、捨てられ、顧みられなくなるような存在であるならばなんと悲惨なことだろう。
 そしてそんなことで女性を選ぶ男性であるならば、こちらから願い下げるような気概を持つべきである。
 上記にあげた知人のように「女には学問なんかないほうがいいのよね」。
 「なまじあると生意気になって可愛くないもん」と云う言葉。
 「自分の娘には気働きが良くできて、こまめに動く愛らしい女の子になってほしいわ」は男性に愛されることだけが目標の人生なのではなかろうか?。

 本当に賢い女性は気働きもあるだろうし、中から輝く知性のきらめきがあるもの。
 それらは年を経ても失われないどころか静かにたたえた美をかもすものだ。
 結婚だけが人生の最終目的ではない。

 松村由利子さんの歌にこんなのがある。

 第一歌集『薄荷色の朝に』から
 ・なぜ吾は女に生まれし花模様のハンカチ全部疎ましくなる
 ・サルトルのピロトークは如何なりしか認知し難き第二の性以後

 と詠った松村さんは
 第二歌集『鳥女』のなかではこう歌っている。

 ・女性誌は恋愛特集ばかりなり束ねんとする力を憎む

 「一人の人間」としてどうあるべきかという当たり前の論にもっとページをさいてほしいものだ。
 松村さんの歌はフェミニズムと声高に掲げることなくさらりと、しかし少しのアイロニーを含む歌もあって白眉。

 結婚だけが最大の関心事であり、目標とするから「勝ち組だとか負け組み」とか「負け犬」という言葉になる。
 男性も女性も意識の持ちようをそろそろ変えて欲しいものだ。
 世の中全体が成熟するためにも、意識の持ちようを改革せねばならない。
 女が女の首をしめないよう女性自身が意識を高らかにもとうではないか!


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6 コメント

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同感です! (ヤマザキ)
2016-09-19 19:59:53
ろこさん☆こんばんは
私も同感です、「女子こそ教育、女子こそ経済力」だと思います。賃金格差などいまだ解決されない問題も多いですが、女の子にはがんばってほしい!と思っています。評価されるべきは容姿や年齢などよりも、第一に「人間性」ではないでしょうか。
今回もいいお話しをありがとうございました。
天候不順の折、どうぞお身体に気をつけてお過ごしくださいね(^_-)-☆
ヤマザキさんへ(自立) (ろこ)
2016-09-19 20:21:03
ヤマザキさんへ

 ヤマザキさん、こんにちは。
 同感ありがとうございます。
 古くて新しい女性の自立。ということは、昔からほとんど女性の自立が確立されていないということですね。
 精神の成熟が社会にも及ぶといいですね。
 いつもナイスなコメントをありがとうございます。
 
Unknown (otikomi)
2016-09-20 00:00:52
明治生まれの祖母は、あたしが本当に幼いときから、
「学びなさい、いくらでも学ぶことですよ。」と、事あるごとに言っておりましたよ。^^
災害や戦争を乗り越えてきた女にとっては『どんなことがあろうとも、身についた学問は、奪われることはありませんから。』
というのが持論だった。
ただ、思想として、追われることは、ままありますよね。
今のように、戦争の影がちらほらしてくると、かすかな恐怖感は消しようもなく。
祖母は、学びたいのに止められた、という思いが強かったのでしょう。
実際には、女に資格やら学歴やらがあると、田舎では、それが邪魔をして仕事が無い、という時代が
ほんの少し前まで、ありました。都会では、考えられない事態ですよね。
今なら、どんな職業にも大卒が存在しますけどね。
面と向かって『あなたみたいな(高学歴の)方は、うちの職場では使えません。』と、試験すら受けさせてもらえなかった、のが、ほんのちょっと前です。
なんだか、いろいろ複雑な思いで、ここを読ませていただきました^^;
今は女性が進出している時代ですが、女性自身の意識も、それに伴って向上しててくれていますように。
せっかく旗を振ってくださる方がおいでなのに、見た目だけを見て、解った気になっていませんか?と。
ひとりひとりが、「人間である」という、確とした意識を。それを、強く願います。--;
ごめんね、えらそうに。。。(汗)
そぐわないようなら、承認しないで、ね^^;
otikomiさんへ(その通りです!) (ろこ)
2016-09-20 00:28:17
otikomiさんへ
 おっしゃる通りです!!
 悲しいかな都会と地方では微妙に「女性」についてのとらえ方が違うのはあります。今もあります。
 地方都市に嫁いで、先ず洗礼を浴びたのが女性蔑視です。「嫁」という文字に現れているように「女へんに家」。一人の人格ある人間としての女性でなく「家」に付属する女。
 otikomiさんのお祖母さまは進歩的な考え方ですね。
 わが家もリベラルな家庭でした。何か不幸があった時、女は落ちるところは一つ。そうならないためにも、学問を身につけよと言われて育ちました。社会で男性と同等の給料をもらえる資格をとれとも言われました。
 権利を振りかざして鼻持ちならない女性になってはいけませんが、一人の人間としての矜持は持っていたいですね。
 otikomiさんのご意見はいつもナイスです!
 承認しないはずがないじゃないですか!
同感! (cocoa)
2016-09-20 11:40:54
日本の「売り」としているものに、アニメや「かわいい文化」があるようです。
私はそのようなテレビ報道を見ると腹が立ちます。
コスプレ!なんだそれは!
日本には格調高い芸術や芸能が有った。
戦後、女性も学問や職業を持つことができるようになったし、私たちは封建的なものと闘ってきた。
しかし、個人的な話、中年になって姑と同居が始まると仕事と歌舞音曲まで禁止された。
現在はもっと自由に理想追及ができただろうに、同世代が「娘は、学問無しで気働きとかわいさ」?!
とんでもないです。かわいい嫁さんが我儘ばかりで困っているという例はざらにありますよ。
甘えて育った教養のない娘は気働きなんてできないでしょう。
「可愛い」と「優しい」は別、「教養・学問がある」と「高慢である」とは別ですよ。
安物を売る衣料品店では「大人かわいい」というデザインばかりで、私は買うものが在りません。(高級なお店には行けませんので)
流行とは国民のレベルを下げるものかしら・・・?
cocoaさんへ(意識の低下と劣化) (ろこ)
2016-09-20 13:31:25
cocoaさんへ
 まったく同感です!
 日本が誇る文化は「可愛い」という言葉と共に幼稚となり、「メイド喫茶」がはやり、「女性をかしずかせる」優越感にひたるという愚かしいことが蔓延しています。
 成熟とは正反対の「幼稚」が日本文化の低下の速度を速めています。
 明治以降の女性たちが戦ってきた女性の権利と地位の向上は、平成になり、地に落ちました。 
 大学から文学や哲学系をなくそうと安倍総理が指示するようになり、実学だけがはびこる愚かしい文化のかけらもない味気ない国民にしようとしているのですから、嘆かわしい限りです。

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