言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

『奈良登大路町・妙高の秋 』

2017年07月11日 | 書評
先日ブログめぐりをしていて、ふとある人の記事に目がとまった。
 それは山深い信州の地に生まれ育ったブログ主が、信州から「塩イカ」が送られてきたという話題だった。
 海のない山国に「塩イカ」。
 その何とも言えない絶妙なおいしさは、その土地の人でないとわからないだろうと書いてあった。
 いったいどんなおいしさなのだろうかと興味をひかれた。
 そう思いつつ、あれ?この「塩イカ」の話はどこかで読んだことがあったと思い出した。
 それがこれから紹介する島村利正の名作集である。
奈良登大路町・妙高の秋 (講談社文芸文庫)
島村 利正
講談社

 八作品を「収録したものであるが、今日は地味であるが、味わい深い作品「仙酔島」を紹介しようと思う。
 海のない信濃の地で海産魚介の類を商う杉村屋の老婆ウメが主人公。
海のない山国だけに、海産魚介の類が何より好まれる土地柄のなかで、干鱈、塩鱒、塩鮭というようなものから、季節ともなれば都会に負けずに、魚の量より氷の方が重い荷づくりで、初鰹も入荷するという店であった。冬の季節のころが魚の種類の一番多い時で、大きな樽に詰まったあかい酢蛸が、肌を刺す山国の寒気に凍りつきながらも何本も入ってきた。
 ひと塩の丸烏賊を塩出しして輪切りに刻み、胡瓜モミと合わせて三杯酢で試みる味などは、海の烏賊ながら、信濃の国のものしか知らない佳味であった。
と、この杉村屋の商いの内容と海のない山国の住民が海の幸に焦がれ、「塩烏賊」がどれほど信濃の国の人たちの舌を歓喜させたかを、ありありと表現して白眉である。
 その老婆ウメが嫁いできた杉村屋の主、亀太郎は一人息子のわがまま者。商いに身がはいらず、酒乱。木刀を振り回して暴れる夫との生活は忍従の日々。その日々に、現れるのは行商人の男。
 山国以外の出来事、風物、京都・奈良・故郷の広島と行商してきた話を店のものたちと聞くのを楽しみにしていたウメ。
 その男が信濃で突然死する。
 その男の墓を作り、そっと守り続けるウメの生涯を淡々と静かな抒情的な文章が綴られていく
 旅の途中で亡くなった男の墓を男の家族は詣でたことがない。
 遠く広島にあって、夫の死に際を知らせたいと男のふるさと仙酔島へ行くウメ。
島へ渡る渡し船の船頭夫婦の口汚い夫婦喧嘩を吐き気を催すように聞きながら、ふとウメの酒乱の夫との日々を思い出す。
 
  ここで、話が本書から離れるが青森生まれの板画家 棟方志功氏が『私の履歴書』(日本経済新聞)に、母親の臨終を書いている話を思い出した。 母につらく当たることの多かった父が、その死に想像できぬほど取り乱したという。
泣きながら、母の棺に石でクギを打ちつづけた。「ガバ(お前を)ヘンカすのも(打つのも)・・・・コイで、最後ダ」といいつづけた父の姿を、覚えているそうだ。
 印象に残る文章だった。
 いつも妻をぶってばかりだった棟方志功の父と母の間に流れる深いものの正体を見たような気がする。

 本書にもどると。老いた船頭が口汚く妻をののしるその足にはいた足袋には妻が丹念に刺してある糸をみつけたウメ。
 ふと、胸中に一生怒鳴りながら死んでいった夫との日々を思い出す。
 夫婦の絆の妙。
 人と人とを結びつける心の綾を、端正な文が静かに抒情的に紡いだ作品だった。
 夫婦のキャリアを積んだ、ある程度の年齢のものが読むと、この作品の底深い味わいに心打たれるような気がする。
 
 ほかの作品「残菊抄」「奈良登大路町」「妙高の秋」は名作中の名作ぞろい。
 どれも、渋い味わいがあって、あまり読まれないのが残念なほど、素晴らしいものばかり。
 


  

 
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