言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

「慰め」と優しさの表し方

2017年06月30日 | 新・随想
 
  いわゆる生老病死に関わることへの言葉はよほど気をつけないといけないように思う。
 知人や親戚の人がお亡くなりになったとき、ご家族の方にお悔やみの言葉は心からかけたつもりであった。
 しかし、自分の母が亡くなったとき、かけられたお悔やみの言葉はそらぞらしく聞こえたり、
 「こんな悲しみがどうしてあなたにわかるの?」と相手に聞きたいような気持ちにさえなった。

 と言ってもかけてくださった方が心からの気持ちであることは承知の上である。
 承知であってもその時の深い喪失感や慟哭を誰も分かつ事などできないと思ったのだった。
 しかし、相手が同じように肉親を亡くしたことがある人の場合、たとえ言葉をかけてくれなくとも、
 この気持ちは分かると確信し、共に泣くことができるのだ。

 病の場合もそうだ。
 自分が重篤患者になったとき、身内であっても、たとえそれが夫であっても、慰めの言葉はあくまでも「慰め」でしかなかった。
 では家族は、身内は、友人はどうしたらよいのか?
 答えはあるようでないのだ。
 そっと心に寄り添うしかない。
 時には黙って手をにぎるだけでよい。

 生老病死だけに限らず、人は状況はそれぞれ違ってもそれぞれ哀しみや苦しみや、やりきれなさをかかえているものだ。
 松村由利子さんの歌集『鳥女』にこんな歌がある:

 ・自らを閉じて明るきしゃぼん玉触れてはならぬ悲しみはあり

 ・やわらかき殻もて生きる友なれば励まさぬこと慰めぬこと


一首目の歌。外見だけでも明るくしようと自らを鼓舞する人の内なる悲しみの丈は深い。
心はみえないもの。
そのみえない心を思い遣るとき、人の痛みを知っている人はかくのごとき優しさとなって現れるのだとおもった。

二首目の歌。言葉によって癒されることはある。しかし、時には黙って見守る優しさもありがたいものだ。

人は指を切られたときの痛みは想像できる。
しかし、実際に切られたときの痛みは想像とはまるで違うことを心のどこかにしまっておきたい。
松村由利子さんの歌はこうした繊細な優しさを指し示していて心を打たれる。
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6 コメント

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どうしたらいいのか (コロ健)
2017-06-30 22:23:36
どうしたらいいのか、考えてしまいますね。何かするのはその人のためでなく、自分のためであったりして。それならなにもしないのがいいのか。
本当に(^^)v (雀(から) )
2017-06-30 23:14:45
そう思います 祖母を亡くした時 後から 知っておくやみに 来てくださる人の 何気ない 慰めの言葉に 傷ついて そのうちにそういう人 会うのが 嫌になって だんだん 山の方に 足が向きました

私が 疳の虫 が強くて 全てにおいて 気にしすぎるのかもしれませんけど 何気なく 言われる可哀想と言う言葉も嫌いです😓😅😨 それなら気の毒という言葉を 使って欲しいです 片言の日本語しか知らぬアメリカ 育ちの母の はとこが わずかな日本語の語彙の中から可哀想とは言わず 気の毒と言う言葉を使ってくれたのが 今でも暖かく気持ちよく思い出されます
コロ健さんへ(答えはみつかりません) (ろこ)
2017-06-30 23:39:07
コロ健さんへ
 こんにちは。
 母が亡くなった時、僧侶が「お母様は良い亡くなりかたをしました。生きていた時の行いが良かったから」と言われて、とても怒りに燃えました。それは母が畳の上でなく、信用金庫の壁にもたれるようにして路上で亡くなったからです。小学校時代からの友人のお見舞いに好物を朝から作って、持っていく途中の出来事でした。脳溢血でした。
 でも数年たって、僧侶の言った言葉が理解できました。母は痛い思いをして、管につながれて死にたくないと言っていました。
 友だちのために、尽くして、家族のために尽くして、尽くすだけ尽くして、人のためにだけ生きてきた人です。
 一瞬で亡くなったのですから、僧侶の言った言葉通りだったかもしれません。
 どの言葉が功徳になったのか、誰の言葉が良かったのか、答えは見つかりません。
 愛する人との今生の別れに、慰めとなるものは何でしょう?
 悲しむだけ悲しむ。慟哭あるのみです。
 仰せのように、「何かするのはその人のためでなく、自分のためであったりして。それならなにもしないのがいいのか」と思います。
 共に悲しむしかないですね。
 一緒に考えてくださって、ありがとうございました。
雀(から)さんへ(気の毒) (ろこ)
2017-06-30 23:44:21
雀(から)さんへ
 こんにちは。
 悲しみの中にある人にかける言葉は難しいですね。
 心を込めて悲しみ悼む気持ちを黙礼に託す。
 気の毒と言われて、心が穏やかに、暖かくなったのは、雀(から)さんの心に寄り添うものだったのでしょうね。
 
いいですねえ (hirorin)
2017-07-01 13:02:53
松村由利子さんの歌、とてもいいですね。
本当に人を慰めるってことは、難しいですね。
私もあまりそういう時は、触れられたくない派なんです。
自分の中で消化して受け入れたら素直に言葉も入るんですが。

息子を妊娠中に夫がステージ3の胃がんになった時、みんなが気の毒がるのが、とても嫌でした。
「何が分かるねん?」て思いました。もちろん、皆さん心配して言うてくださるのだけど。

そんな中でも嬉しかった言葉は、「○○子ちゃんが、しっかりしなあかんよ。とにかく気を強く持って」でしたね。

5年生存率40%でしたが、何とか元気に今も夫は過ごしておりますが。

自分の性格があるので、人が難しい病気になられた時、旅立たれた時、どうやって声をかけたらいいのか分かりません。
ただただ、普通にするしか出来ません。

どうしたらいいのでしょうかねえ~
hirorinさんへ(言葉を越えるもの) (ろこ)
2017-07-01 13:48:37
hirorinさんへ
 そうでしょ!松村由利子さんの短歌は本当にその通りだと共鳴するものがあります。
 hirorinさんと同じ体験を私の友人もしました。
 絶句したのを覚えています。
 友人は出産してすぐその子をご主人が抱っこしたまま亡くなりました。まだ新婚1年のことでした。
 葬儀がすむとすぐご主人の両親と相続争いの裁判です。
 気丈に生きぬいて子供を育てなければならない人に、かける言葉はなかったです。
 かけるとしたら、hirorinさんが嬉しかった言葉。「○○子ちゃんが、しっかりしなあかんよ。とにかく気を強く持って」ですね。
 その一言で腹が据わります。
 松村由利子さんは、幼いお子さんを抱えて離婚。厳しい世界の新聞社勤務では海外に出張や、取材、夜討ち朝駆けの取材をこなす身。
 保育園に預けたお子さんのもとへ走っていく気持ちを短歌にした作品があります。
  いろいろな状況の人に、寄り添う言葉をかけるのは難しいですね。
 言葉を越えるものが、きっとあるのかもしれません。
 そっと見守るのも優しさのような気がします。

hirorinさんのご主人様が、その後お元気になられて良かったですね。息子さんも成人なさって、ご両親様に親孝行するようになって、本当に良かった。良かった。
 

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