言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

「狸の靴下」

2017年07月13日 | 日記その1
 昔、短波放送でVOA(ヴォイス オブ アメリカ)をよく聞いた。
なかでも特に楽しく聞いたのは科学トピックス。
ゴッホの絵に黄色が描かれていたのはジギタリスという心臓病の薬の副作用によるものではないかという内容の話が妙に印象に残った。
ゴッホの絵を見るたびにジギタリスの副作用なのか、ゴッホ独自の色彩感覚だったのかVOA放送を思い出しながら鑑賞したものだ。
そのジギタリスは植物で、和名は「狐の手袋」と呼ぶ。

袋状のホタルブクロのような小さな花がたくさん咲く花だ。
「狐の手袋」とはまた愛らしい名前だ。
植物の名前、特に和名には感心することが多い。
例えばイチジクは「無花果」と書く。なぜか?それはイチジクの実は見たことはあっても、花が咲いているところはみたひとはいないからだ。
まさしく「無花果」である。
落葉松(カラマツ)も妙な字である。カラマツは松である。松は常緑樹で落葉はしない。それなのに落葉松(カラマツ)と書くのは、この種の松は秋に黄葉して落葉するからだ。
落花生(らっかせい)もそうだ。落花生は花を咲かせた後で子房が地中にもぐって種子をつける。だから落花生とかくのはしごく当然のネーミングである。

昔の人はこうした植物の生態をよく観察していたのだろう。観察しなければわからないようなネーミングの妙である。

林や公園に行くとエゴノキがある。五月頃に可憐な白い花をびっしりと咲かせる。夫はこの木をみつけると遠くから大声で私を呼ぶ「お~い、ろこちゃんの木があるよ~ぉ!」と。
大きな声なのであたりの人は、私のほうを振り返ってみる。その瞬間夫はこういう「エゴノキ」だよ!と。
みんなはくすっと笑って通り過ぎていく。
この「エゴノキ」の実をもいできて手のひらに載せてごしごしこするとア~ら不思議。石鹸のようにぶくぶくと泡が立つ。
かつてはこれで洗濯したともいわれていて「洗濯の木」とも呼ばれる。
植物の名前のつけ方は面白いものだ。
ジギタリスが「きつねの手袋」なら、「狸の靴下」があってもよさそうだ。
図書館で探してみよう。
「ろこの木」があるのだから「狸の靴下」という木もきっとどこかにあるだろう。
夫にふさわしい「へらずぐちの木」をもっかさがしているところだ。

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