言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

『三人噺―志ん生・馬生・志ん朝』

2017年05月26日 | 書評
 私たちが遠い昔に追いやってしまった義理人情の世界を次に紹介する人は、
江戸下町言葉で縦横無尽に語ってくれて、いつのまにか涙をこぼさせる。
 紹介しよう。
 古今亭志ん生さんご家族のことを娘さんが語り書きした、とっておきのエッセイをご紹介いたしやしょう。
三人噺―志ん生・馬生・志ん朝
美濃部 美津子
扶桑社

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 扇子一本だけで、悪人も、善人も、毒婦も、幽霊も、八っつあんも、熊さんも自由自在に表す噺家。
 その噺家の中でも名人といわれた五代目古今亭志ん生を父に、十代目金原亭馬生と三代目古今亭志ん朝を弟にする著者。
 本書は胸のすくような江戸下町ことばで語られる名人一家の暮らしぶり、泣き笑い人生である。

  落語を地でいく「なめくじ長屋」の暮らしぶりはというと、
どぶからわく蚊が息しただけで鼻から蚊が連れ立って入ってきちゃうんですから.。それとなめくじ。アレって、鳴くのよ。キューッ、キューッて。なめくじの鳴く声を聞いた人なんて、そうはいないと思いますよ

っというのだからそのすごさは想像がつく。
 しかし、著者はそんな長屋生活を少しもいとわない。
安普請の狭い家だろうが、蚊やなめくじがいようが、住んじゃうと何でもなくなっちゃうんですよ。ちっとも悲惨に思いませんでした。この年になって思うのよ。貧乏って薬になるって。人間的に強くなるっていうね
と語る。
 おなじような暮らし向きの人たちが助けあう人情に、
鉄の扉一枚で隣の人は何する人ぞとばかりの現代がさみしく感じられ、
豊かさと引き換えに失った物の大きさを考えさせられた。
落語の人情話は、こうして実生活でも庶民の中には息づいていた時代だったのだ。

本書は、こうした一家の戦中戦後が語られ、今や懐かしい「昭和」の庶民の生活ぶりがあざやかに浮かび上がることもみのがせない。
 さて、いよいよ名人といわれた志ん生。これは著者も語る「天衣無縫」の人である。
部屋から池をボーッと眺めていたお父さんが志ん五さんを呼んで:
「池の側んとこに、おまえ、鳩が止まってるんだろ」「はア。珍しい色ですね、あの羽。何色っていうんですかね、あれは」「そんなこたア、どうでもいいんだよ。俺、さっきからみてんだけども、あすこから一時間も動かねえんだよ。何考えてっかわかるか。おまえ」「鳩がですか?さあ、何考えてんでしょうね」「ひょっとすると身投げだ」

お父さんにしてみたら、大真面目に考えてたことをポロッと言ったに過ぎないんですよ。
まさに「落語」が着物を着ていたような人、志ん生。

このほか弟の馬生がコツコツ勉強家で様々な文献を読み、当時の町の佇まいや地理,暮らしぶりまで調べた人だったことや、
噺の知識は志ん生以上の「努力の人」だったと讃える。

志ん朝は「噺家は歩きながら貯金できる」と言っていたほど寄席へいく道中に稽古していたという稽古熱心。
志ん生も神社の境内で毎日必ず稽古していたというから、名人は一日にしてならず。

道楽三昧の志ん生と家族を支え、愚痴ひとつこぼさず子どもに愛情をそそぎ、内職で身を粉にして一家を支え続けたおかみさん。
両親の死後、独身の著者の身の上を案じた馬生は「姉ちゃん、一生ここにいなね」といい、志ん朝は建て替えた家にわざわざ著者の部屋を造ったという人情あふれるやさしい家族。

本書は少しも悲しくないのに、なぜか読みながら涙がにじむのだった。
それはこの落語名人といわれた志ん生をはじめとして、馬生、志ん朝、三人の噺がもう聞くことができなくなったからだろうか。
そう。しみじみさみしい!
そしてもう一つ。
著者の気負いのない江戸下町言葉の奥ににじむ温かな心の機微、美濃部家の人たちの優しさに心を揺り動かされたからかもしれない。

久々に温かい、いい本にめぐりあったなあと目じりの涙をぬぐうのだった。


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