言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

「気」にかけるとは「気」をかけること

2017年01月25日 | 日記その1

わが町内も、年配者が多くなった。
 散歩の途中で、町内のMさん(82歳)に出会った。
 Mさんは3年前にご主人を亡くされ、独り息子は同居を嫌うお嫁さんの激しい拒絶で、嫁の実家へいそうろう。
 一人ぽっちになった。
 昨年は我が家が隣組の組長になったため、近所への配りものや、町内会費を集めるために一軒一軒訪ねてまわった。
 そこでMさんの一人ぽっちの窮状をみて、散歩に連れ出したり、公民館の手芸クラブに参加を勧めたりした。
 時々、甘いものを持って、お仏壇にお線香をあげがてら、おしゃべりに伺っていた。
 とにかく、ご老人を一人ぽっちという意識から解放して、交流を広げてもらいたい一心だった。
 
 今日もばったり道で出会って、涙ぐまれる。
 誰かに話がしたいという孤独を思う。
 それは外国人にも言える。異国にあって言葉が通じないさみしさと、いらだちは、英国にいた頃の私にも経験がある。
 早朝、駅まで急ぐ道で、前から歩いてくる見知らぬ人が「おはよう!」と挨拶してくれた。
 ふと笑顔が浮かんで「おはよう!いい天気になりそうですね」
 と返事をした。
 すがすがしく、ふんわりとした空気が胸の奥まで届いた朝だった。

 ちょっとした挨拶でも人の心は潤うもの。
 声をかけることに躊躇はいらない。
 「寒いですね?風邪ひかないようにしてくださいね」

 気にかけることは「気」をかけること。
 自分の中のやさしい「気」を掛け合いましょう。
 
 
 
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2 コメント

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「気」にかかる (ふき)
2017-01-26 05:59:08
「気」にかかる
この「気」はまた別物ですね
ろこさんのことが「気」にかかります(笑)
異国でのくだり 身につまされました
私も経験している『孤独』です
でも
多くの人に「気」をかけて頂き 
今も深き想いが心にあります
日々の生活で
気になる 気にかけることはあっても
行動はともなっていませんでした
恥ずかしいです
一歩 踏み出します 
ふきさんへ(きがかり) (ろこ)
2017-01-26 09:14:07
ふきさんへ
 確かに、いろいろなところで一人ぽっちを経験しますね。
 異国では、地理に不慣れ、風習に不慣れ、言葉がおぼつかないなどの不安で、取り残されたような孤独を味わいます。
 また伴侶との別れはつらすぎて、孤独感と惜別の情で胸がつぶれますね。
 大ぜいに囲まれていても孤独感にさなまれます。
 そうそう。それから家族の誰かの巣立ち。親離れ・子離れ。
 ぽっかり心に穴が開いたようになります。
 私は三姉妹の末っ子なのですが、嫁に行った後、母は私がいない喪失感でうつ状態になり、死にたいなどと口走ったそうです。
 すぐ上の独身の姉がまだいるのにです。父もまだ健在だったのに。 
 しかも、私が実家に電話すると、今まで泣いていた母が嘘のように、「今家族みんなでテレビを見て大笑いしていたところなのよ。なんだった?」などと嘘をついて、私に心配かけないようにしていたそうです。
 そういう私も、電話を切った後、「な~んだ、私がいなくても家族みんな大笑いして楽しそう!なんだ、なんだ」
 といじけていたのですから、おかしな母娘です。
 ふきさんのことも「気がかかり」です(笑)
 一歩を踏み出してお元気になってくださいね。 

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