言葉の泉

一粒の種から言の葉が茂ることを願って。

器(うつわ)の話

2017年11月14日 | 日記その1

 おいしい野菜スープが出来た。
 少しお裾分けしようと「ある人」のところへ持っていった。
 嫁入りのとき、母がもたせてくれた白磁のキャセロールに入れて持っていった。
母が娘のためにと選びに選んだ嫁入り道具の一つだった。

 日を置いて器を取りに行くと「ああ。あの器、割れちゃった」とあっさり言う。
 内心ぎょっとして、返答につまっていると、
 「あれ温めようとガスにかけたら割れちゃったのよ」と言う。
 「ひょえ~~~~~~~!」
 (陶器をそのまま火にかけたら割れるにきまっているじゃないか・・・・何という常識のなさ!)

 私はそのとき自分の顔がどんな表情をしていたか鏡をみなくても分かった。
 「ナンタルチア、サンタルチア!」
 まぎれもなくこれは「惨たるちあ」ざんす!
 しかし、元を正せば、おいしいスープを味わって頂こうという事だったので、怒るなんてことはおかど違いのことなのだろう。誰にでもある「粗相」なのだから・・・
 「しかし」・・・という但し書きが心の中に去来したことは確かなことだった。

 私はふとお茶の稽古の時のことを思い出した。
 お茶の師匠は普段の稽古でも名人が作った茶碗を惜しげもなく弟子に使わせる人だった。
 あるとき、若いお弟子さんが名品と言われた楽茶碗を稽古の時に使用した。


 楽茶碗は焼きが柔らかいので、扱いには気を遣わなければならない。
 茶室でお点前がはじまり、そのお弟子さんがお茶碗を茶巾で拭いたとたん音もなく茶碗の口が欠けてしまった!
 茶室にいたみんなは思わず「アッ」と声をあげた。
 私はと言えば心の中で「あ~ぁ!わっちゃった!」と叫んでいた。
 すると「お怪我はございませんでしたか?」と先生がお弟子さんに駆け寄った。
 若い弟子は「すみません!」と言って泣き出した。
 何と言っても名物と言われる由緒ある茶碗だったのだから・・・
 「陶器は割れる物。それよりお怪我がなくて良かったわ」と先生はそうおっしゃって割れ茶碗をさっさと片づけて、替え茶碗を持っていらっしゃった。
 う~ん。少し時が経てばそいう返答もあり得ただろうけれど、間髪を入れずに「お怪我はありませんでしたか?」と弟子の身を案じたとはさすがに師匠だと思った。
 何かと難しい師匠だったけれど、さすがに人間の出来が違うと思った。
 さて、話を戻そう。
 陶器を火にかけて割ってしまった人に私は「お怪我はなさらなかったですか?」と、とっさに言えただろうか?
 う~ん。やっぱり言えないわ。心の中で、
 「ナンタルチア、惨たるちあ!」と叫ぶのが私!
 器を割って知る、人の「器」の話。



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6 コメント

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ごめんなさい🙇笑ってしまいました (つわぶき)
2017-11-14 16:42:20
ろこさん、こんにちは😃
その方、スープは飲めたのでしょうか?
さぞ、美味しかったでしょうに。(*^ω^*)

お皿 結構 割りますが 人の物は
特に気をつけますね。
残念でしたね。惜しかったですね。
つわぶきさんへ(笑って許して) (ろこ)
2017-11-14 17:49:53
つわぶきさんへ
 はい。笑ってくだされば、万々歳です。
ごめん笑えない話です (ケンスケ)
2017-11-14 18:19:17
俺・・怒ってしまうかも
デリカシーのない方ですね・・・

(ケンスケ)さんへ(笑って泣いて。怒って) (ろこ)
2017-11-14 18:27:46
(ケンスケ)さんへ
 ありがとう!
 私も母からの形見のような器を安易に割られてしまって、悪びれもしない態度に怒り心頭でした。
 母の心を割られてしまったようで無念でした。
 母がもたせてくれた嫁入り道具だったっから!!!
 おっしゃるように、デリカシーのない人です。
 そんな人に、みえをはるように、大事な器を持って行った自分が情けなかったです。
 まさか、ガスにそのまま陶器をかけるなどと思いもよりませんでした。
 「あれ割れちゃった!」の一言だけ。

 割れちゃったじゃなくて、割っちゃったでしょ。

 実は何年も無念で怒っていました。
 ケンスケさんが、代わりに怒ってくださって、胸がスカッとしました。
 でも怒りっぱなしは、余計に悔しいので、今は笑い飛ばしています。
 でないと、この怒りはマグマになりそうだから。
 
大きな器 (からく)
2017-11-15 00:06:36
こんばんは。

私の妻はおおらかで、器も大きい。
私はそれに魅せられて結婚しました。

実際結婚25年のあいだ、何度妻の広い心に助けれたことか・・・・。
それでもパートで働きだしたここ数年、彼女の中で少しづつではあるが変化が表れてきたようだ。

先日、彼女のお気に入りの湯飲みを私が割った時、鬼の形相、まるで妻から三行半を突きつけられるような激しさで、ガミガミ・ガミガミ・・・・。
それで、私は自分の部屋に入って、避難したわけだけれど、心が落ち着いた上で考えてみるとなぜか「ほっと」しました。勿論、彼女の怒りから逃げ出した「ほっと」ではありませんよ。やっと手を伸ばした先の何かに手を触れることができた喜びといいましょうか、ともかくほっとしたんです。
さて、怒り狂ったあとの彼女の器は小さな湯飲み茶碗・・・。私は今も昔も寿司屋の湯飲み。
「すっきりした?」
「すっきりした、・・・なんか詰め込みすぎたのかな」
「結局人間の器って決まっているから、無理は禁物。普通でいこうよ」
そうね、と言った彼女はやっぱり「ほっと」言った。
「ホット」と「ホット」なんか温かいですね。今年も冬を越せそうだ。ほっ。

ろこさんの話を読んで、そんなことを思い出しました。
からくさんへ(ホットな短編) (ろこ)
2017-11-15 00:27:35
からくさんへ
 おぉ!
 ホットな教訓を含んだ短編小説を読んだ後のような気持ちになりました。
 私もからくさんの奥様のように、怒りを爆発させることができたなら、こんな記事を書かなくても済んだかもしれません。
 でも「ある人」と」書いた相手は夫の母です。
 つまりお姑さんでした。
 「割れちゃった」のあとに、せめてごめんなさいと言ってくれればよかったのにと今でも思います。
 あまりにも常識はずれの行動。
 単なる「粗相」「うっかりミス」とは違います。
 手が滑って割ってしまったのとはわけが違います。

 年配の女性が、陶器をガスにかけるという行為にあきれてしまいました。
 怒りを爆発させることができない相手。
 実家の母が娘のためと思って吟味してもたせてくれた嫁入り道具の器。
 無念が胸にしみました。

 素敵な器においしいスープを盛って喜ばそうと思ったのに・・・
 無念でした。

 奥様が怒りをそのまま胸に飛び込んでぶつけられる相手である「からくさん」。
 人間としての器の大小でなく、安心して胸の内をそのままぶつけられるという信頼関係を物語っていますね。
 
 

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