入院中の母のところへ、娘二人とお見舞いに行ってきました。母は少し前にまた足を骨折し、ただ今リハビリ中。
はたしてどの程度まで回復できるのか見当がつきませんが、意欲だけは確か。
96歳の母が、いつもはめている腕時計。文字の見やすい男物です。細い手首にべルトは余って浮いているけれど、
母が元気に生きていく証のように思えます。
病院に着いたとき、母は食事中でした。孫たちがすぐに上がってくると知り、
「来たら一緒に食べる」と言って、食事を少し残して待ちます。
食べ物はみな細かく刻まれていますが、「みんなおいしく食べられるの」と、ゆっくりと、
口に運んでおりました。
”食べることは、生きること” 残っている食欲が、母の元気につながっています。
「おばあちゃんが元気で、話が通じるうちに、一度会いに行っておこう」 と言うことで、今日があったのですが、
「あなたは、どなた?」などと聞かれることもなく、安心しました。
一昨年、次女と行ったときは、「おばあちゃん、mだよ、わかる?」mの言葉に、
「mを忘れるようじゃ、困るでしょう」
と答えていました。外までも歩行補助具を押して送ってくれましたっけ。
今は、明らかにその頃よりは確実に衰えてはいるけれど・・・。
「おばあちゃん、百歳になったら、全員でお祝いの会をしようね」と長女。
「そんなに、いられるかねえ」
「大丈夫よ。来年の2月で97歳でしょう?あっという間だわよ」
「そうだねえ。長くて短い・・・ね。あっという間かもしれないねえ」
「生きていれば、こんな日もあるものねー」
孫たちに向かって、やわらかい笑顔がかえってきました。