浅田真央ちゃんに あいをこめて

真央ちゃんを日々 大好きだぁと つぶやきながら おもに 動画とか ほかもちらぁ
ときどき他の方も      

今日21日の 真央ちゃん関連+浅田真央ソチ伝説のフリー 実況解説なし(演技のみ)~ HD 高音質Ver.

2017-04-21 10:13:43 | 日記
今日21日の 真央ちゃん関連 ほんとの 関連だけども

フィギュア浅田真央が引退 日本中に愛された理由とは
2017年4月21日

浅田真央はなぜ好かれる?

4月10日に現役引退を発表した、フィギュアスケートの浅田真央選手。
突然の発表に日本中が驚き、引退を惜しむ声があふれました。
なぜ彼女はこんなにも愛される選手だったのでしょうか? 
人気スポーツブログ「フモフモコラム」の中の人・フモフモ編集長が分析します。

いかに真央さんが特別だったか

浅田真央さんが引退を決めてから、世の中は真央さんのことで大きくざわつきました。

テレビでは連日のように特別番組が放送され、引退会見には多くの注目が集まり
さまざまなメディアで生中継されました。

これまでの名演技を振り返る企画や、これまでの活躍をまとめた特集雑誌の
刊行など、国民的と言ってもいい動きになっています。

いかに真央さんが特別だったか、いかに僕らが彼女に魅了されていたのか、
改めて気付かされるような思いです。

なぜ浅田真央は「時代の主人公」となったのか

真央さんと同時代を過ごしたスケーターには数多くの名選手がいました。

トリノ五輪金メダルの荒川静香さんや、世界選手権で2度の金メダルを獲得した
安藤美姫さんなど、美しく強い選手は真央さんだけではありません。

しかし、それでもやはり、僕らにとって特別なのは真央さんなのです。

真央さんは時代の「主人公」でした。

主人公とは、強さだけでなれるものではありません。

誰よりも大きな「未来」を予感させることこそが主人公の資質です。

映画や漫画でもそうです。この人なら世界を救ってくれる。
この人なら何とかしてくれる。

打ちのめされてもそのたびに立ち上がり、ハッピーエンドへ向かうような
希望をはらんだ人物こそが、時代の中心に立つのです。

真央さんとの出会いは、まさにまぶしい未来への予感にあふれていました。

トリプルアクセルという今なお世界で十指に満たない選手しか
女子では決めたことがない大技を軽々と決め、3連続3回転ジャンプ、
片手で頭上に足を持ち上げて回転する片手ビールマンスピンなど、
世界でも類を見ない大技をいくつも引っ提げて、彼女は現れたのです。

 2005年のグランプリファイナル、15歳の真央さんが当時の世界女王
スルツカヤを大差で破った試合は、予感を確信に変えるものでした。

 この子はきっと歴史上で一番の選手になる、という。

悲運の選手だったのか?

真央さんは10年以上にわたり、その「未来」へ続く道から
一度もそれることなく歩み続けてくれました。

競技に真摯に打ち込み、大きな敗北にも心折れることなく、
笑顔で、トリプルアクセルを跳び続けます。

敗れた試合でさえ、トリプルアクセルを3度決めるなど
「誰もまねのできない負け方」「金メダルを取るよりも難しい負け方」を見せてきました。

出会いの瞬間、遠くに見えていたゴールへと真っすぐ歩いていった真央さん。

僕らは10年あまりずっと同じ未来を見て、この物語に寄り添ってきたのです。

大河ドラマを見守るような、長く幸せな時間でした。

だからこそ、真央さんに悲運のイメージを抱く人がこんなにも多いのでしょう。

誰もが涙した、伝説のソチ五輪
五輪で銀メダルを取り、世界選手権を3度制した偉大な選手にもかかわらず、
一番まぶしく輝くはずだった一番大きな舞台で2度涙したことが彼女を
悲運の主人公にさせてしまう。

その悲運のイメージこそが僕らが見た未来の大きさを示すものであり、
いかに僕らが真央さんを好きだったかということの裏返しなのです。

ソチ五輪の伝説のフリープログラムは、出会いの頃に予感した
「未来」に一番近づいた瞬間だったのかもしれません。

あのシーズン、真央さんはすべてを整えていました。

フィギュアスケートは決められた要素をこなすショートプログラムと、
自由な構成で見せるフリープログラムとの2回の演技の合計点を競う種目ですが、
真央さんはショートプログラム・フリープログラム両方にトリプルアクセルを
組み込み、高い成功率で決めてみせました。

グランプリシリーズではファイナルを含めて3戦3勝、
ショート・フリー・総合すべてで1位になるという好調ぶり。

 その背景には、バンクーバー五輪後から取り組んできた
自身のスケートの再構築がありました。
ジャンプをゼロから作り直し、一時期はプログラムに組み込むことを
避けていたルッツジャンプも取り入れられるようにし、すべての
3回転ジャンプを組み込む構成を実践できるようになったのです。

まさに極みに至る準備が整っていました。

それなのに、大本番のソチ五輪のショートプログラムだけが、
考えられないような大失敗の演技に。

トリプルアクセルは着氷した後に何かに引っ掛かるようにして転倒、
続くトリプルフリップはアンダーローテーション(回転不足)と
なり、必須要素であるコンビネーションジャンプはジャンプの
不調によって実施できませんでした。

ショートプログラム55.51点は、そのシーズンの真央さんが
71~73点を記録していたのに比べて15点以上も低い得点。

金メダル、そしてメダルというところも含めて絶望的な16位出遅れとなったのです。

すべての努力をし、すべてが順調に進み、この主人公が歓喜のエンディング
を迎えると思ったのに、すべてが台無しになったようでした。

単に五輪で失敗をしたというだけでなく、10年に及ぶ浅田真央の物語が
こんな形で終わってしまった――。
真央さんだけでなく、この物語に寄り添った人みんなが絶望し、諦めたのです。

そして、真央さんも「当然諦めたはずだ」と思っていました。

しかし、僕らはそこでまさに「浅田真央」を見ることになります。

うれしいでもすごいでもなく、これが「浅田真央」
トリプルアクセルを含む6種8回の3回転ジャンプを記録し、
スピン・ステップすべての要素を高いレベルでこなした演技。

 基礎点66.34点はその大会で誰よりも高いものであり、その後のシーズン
の世界選手権を含めても誰も挑戦できていない一段高みにある構成、
いつか来るだろう未来のスタンダードとなる演技でした。

男子では羽生結弦らが4回転ジャンプを複数種類完璧に決めて競う
「真・4回転時代」にたどり着いたように、いつか女子も「真・3回転時代」にたどり着く。

そこで選手たちが目指すだろう構成は、真央さんが出会いの頃から目指してきたものでした。

だからこそ、あのフリーを見たときに「これが浅田真央だ」という心境に
ならずにはいられなかったのです。

 うれしいでも、すごいでもなく、これが浅田真央だ、と。

単にショートプログラムでの大失敗から立ち直った強さだけではなく、
出会いからのおよそ10年、いつかこうなるはずだと知っていた未来を、
ショートプログラムの大失敗によって諦めてしまったはずの未来を、
その演技に確かに感じ取ったから。

真央さんの引退会見で、言葉を変えながら何度も問われた質問がありました。
「もしもあのとき」と過去の分岐点を問うような質問です。

真央さんは「本当に戻ることはないので」と質問には答えませんでしたが、
多くの人の胸には「もしもあのとき」がきっと永遠に残るのでしょう。

ほんの少し何かが違っていれば、もっと大きな未来にも届いた
はずなのにという諦め切れない思いと共に

浅田真央の見せた未来へ
それでもいつか、真央さんが見せた未来に他の選手もたどり着くはず。

五輪の大舞台においてショートプログラムとフリープログラムで
3度トリプルアクセルを決めるような、6種8回の3回転ジャンプと
スピン・ステップが並び立つような、今はまだ誰も挑戦することすら
ない世界にもいつか誰かが踏み込んでくる。

そのときに僕らはまた真央さんを思い出すのです。
「これが浅田真央の見せた未来だ」と。

 ソチ五輪と同じ、誇らしい気持ちを抱いて。
と しめられて だったです

でも あのソチ五輪のとき だれもが諦めたというところは
なっとく いかん けどもね 
真央ちゃんなら できるぅ フリーで がんばれ  って
おもってだった ものね でも 紹介を してです

そして これからさきも 真央ちゃんのような かたとは
にどと であえない だろうなぁ 

あの日 母によばれて すっごく可愛くって妖精のような子が
スケートをと 
テレビで ちび真央ちゃんを みたときから かわらぬ 
そのおもい 真央ちゃんと であったこと それからの日々 
そして これからも 続いてだものね 

あっ こちらも 一緒に おもったに つい 送信してしまってで

浅田真央(mao asada) ソチ伝説のフリー 実況解説なし(演技のみ)~ HD 高音質Ver.


もちっと 大きめ


を どうぞですぅ 
演技のみ だけども きもちは 信夫先生と ザンナさんと 一緒に戦ってだったものね
トップに してですぅ

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