いとゆうの読書日記

本の感想を中心に、日々の雑感、その他をつづります。

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月と六ペンス  サマセット・モーム 著   金原瑞人 訳

2015年07月28日 | 小説
日毎に暑さが厳しくなっていくように感じるこの頃です。先日、日本三大祭りの一つの京都の祇園祭で、去年から復活した後祭の山鉾巡行を見に行きました。先祭の山鉾巡行の方は大雨の中、強行されたようですが、後祭の方は夏らしい良い天気に恵まれ、「動く美術館」とも称される10基の山と鉾が都大路を進み、伝統的な京の町衆の美の世界の中に取り込まれていくようでした。

さて、今回はサマセット・モームの「月と六ペンス」です。作者も小説の題名もずっと以前から知ってはいましたが、最後まで読んだのは今回が初めてです。読書家の友人の一人が以前からサマセット・モームは読んでみる価値があると言っていたのをふと思い出し、一番有名そうなこの小説を読んでみることにしました。ポール・ゴーギャンがモデルということにも興味が湧きました。

1919年に発表された小説だそうです。もう100年近く前ですが、全く時代を感じさせない、人間の本質的なものを感じさせます。

ロンドンの株式仲買人、チャールズ・ストリックランドはある日突然仕事も家も妻子も捨て、芸術家としての道を歩み始めます。当然、最初からその生活は周りから見たら理解に苦しむばかりで金銭的にも悲惨なものです。ストリックランドの行動は気違いじみています。駆け出しの若き作家「わたし」、ストリックランドの妻、凡庸でお人好しの画家ストルーヴェとその妻ブランチ・・・・・。ストリックランドがタヒチに渡ったあとは回想形式ですが、絶妙なタイミングで現れる登場人物たちに助けられ、彼らの暮らしを犠牲にして生き抜くストリックランドの逞しさと美を求める生への凝縮のようなものを感じます。彼のような生き方は平穏な日常からはかけ離れています。ストリックランドの死は壮絶です。

ストリックランドの死後、彼の絵が世間に認められ、生前は二束三文としか思われていなかったものが法外な値で取引されるようになります。彼と関わった人々の関心は絵の芸術的価値ではなく、お金に換算していくらになるかが中心です。

訳者あとがきに
<タイトルについてだが、「(満)月」は夜空に輝く美を、「六ペンス(玉)」は世俗の安っぽさを象徴しているかもしれないし、「月」は狂気、「六ペンス」は日常を象徴しているかもしれない>とありました。

「月」は日本でも、ずっと昔から身近でありながら、未知の世界で幻想的なものでした。「かぐや姫」は「月」の世界の人だし、「枕草子」にも、「夏は夜、月のころはさらなり」とあります。アポロ11号が月に着陸して、月の石を持ち帰り、月には生命の痕跡がないことがわかりましたが、現実の夜空に浮かぶ星と共に肉眼で見る月は美しく感じます。

夜空に輝く月がこの小説の余韻を広げていっているようにさえ感じました。
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江戸の備忘録  磯田道史 著

2015年06月14日 | その他
今年も梅雨の季節になりました。最近、気候も毎年のように平年並みからのブレが大きくなっているようにも思いますが・・・箱根の火山性地震に続いて、地理的には遠いとは言え、口永良部島が噴火、そして小笠原沖の深発地震・・・。自然の力の方は人間の力ではどうにもならないことですが、世の中は静かに事態を見守りながらじっくり考えているだけでは生きていけない時代になってしまったのでしょうか?私たちの祖先は自然界の多くの現象を神のなせる業として受け入れてきました。自然界に生きる動物たちも神の使者や恵みとして大切にしてきたようです。

明治になって西洋の思想や習慣が入ってきて人々の考え方も少しずつ変わってきたように思いますが、今になって考えてみると両親よりも祖父母の方がずっと信心深かったし、ご先祖さまや昔からの家風を大切にしていたように思います。私の両親は戦争をはさんで人々の考え方や価値観がすっかり変わってしまった昭和という時代をまるごと生きた世代なので、祖父母よりずっと人はみな平等という意識が強く、非科学的なことに関してはやや懐疑的でした。そんな親に育てられた私はもっと現実的で非科学的なものを信じることはほとんどできませんでした。

でも、最近は日本人が昔から何を信じてきて、これからの時代に何をつなげていくのだろうと思うことが多くなりました。インターネットで世界中がつながる時代になりましたが、過去の人々の暮らしの様子を少しずつ紐解いていくことが未来への大きな挑戦につながっていくのではないかと思っています。

さて、本題に入ります。今回は磯田道史氏の「江戸の備忘録」です。前回の記事の三浦しをんさんの「舟を編む」と同じ書店で、同じ時に購入しました。何となくという程度なのですが、正直なところ、私はこちらの方が先に気になっていて、こちらもご縁かなと思い、2冊とも手にとってレジに向かった次第です。

これは小説とは違うので、一気に読むという感じではありませんでしたから、少しずつ読みました。その方がよく覚えていられるからですが、どの話もなかなか面白かったです。
歴史を学ぼうとしている人々にとってはちょっと休憩して、デザートをいただくようなものかなと思います。
江戸と言っても厳密には江戸時代ではなく、信長の時代から漱石くらい(つまりちょうど100年くらい前)までの話です。朝日新聞の土曜版に連載されていたものがもとになっているそうなのですが、歴史の流れに沿っているのではなく、歴史上で活躍した人物のちょっとしたエピソードや、庶民の暮らしぶりまで、現在の日本人の生活習慣にも通じるようなところもあって、納得したり、驚いたり・・文章が軽快なので読みやすいです。

その中で印象に残った話を少し紹介したいと思います。

江戸幕府を開いた徳川家康は水泳にうるさい教育パパだったそうです。どんなに偉い大将でも戦場から逃げる時、乗馬と水泳だけは家臣に代わってもらうわけにはいきません。「大将のつとめは逃げること」、確かに命を失っては何もできません。260年以上にわたる長期政権の基礎固めをした大将らしいと思いました。その為、家康の子や孫たちは皆生半可な泳ぎの腕前ではなかったとか。

大田垣蓮月のエピソードはちょっと微笑ましく思います。蓮月と言えば幕末の尼僧で絶世の美女と言われた人ですが、焼き物と共に多くの和歌を残された人物です。私も書展などで蓮月の和歌が書かれた作品を目にすることが多く、そのうち蓮月の和歌の作品にも挑戦してみようかと思っています。

蓮月は2度の結婚の後、僧になりますが、美しすぎて男に口説かれたため、わざと歯を抜いて醜くなるほど、激烈な女性だったそうです。しかし、やがて、たいへん穏やかな慈悲深い尼僧になり蓮月に助けてもらったものは相当な数になったようでした。
幕末、アメリカの黒船がやってきた時。京都に住む六十過ぎの蓮月は別に外国事情に詳しいわけでは
なかったけれど、皆が「攘夷」を叫ぶ中、アメリカの来航が「将来の日本にとって必ずしも悪いことではない」と予見したそうな・・・。
蓮月の和歌は何とも冷静・・・

「ふりくとも 春のあめりか 閑(のど)かにて 世のうるほひに ならんとすらん」

つまりこれは<攘夷、攘夷って騒いで敵視しなくても、もしかしたらアメリカがこれからの日本の世の潤いになるかもしれませんよ >ってことでしょうか。

また幕末の新政府軍が江戸攻めに出発したころ西郷のもとに女の筆で和歌がしたためられた短冊が届いたとか・・

「あだ味方 勝つも負くるも 哀れなり 同じ御国(みくに)の人と思えば」

鳥羽伏見の戦いで野辺に死体が転がっていると聞き、西郷に直訴した七十八歳の蓮月さんの歌です。


この本には歴史上の人物だけでなく占いや幽霊の話も出てきます。21世紀の現在からみると随分非科学的だと思えるのですが、それでもなんとなく信じたくなるような・・・。

なんだか磯田先生の人生観も垣間見られるような、それでいてさらにもうちょっと詳しい本が読みたくなるような歴史の窓口みたいな感じでもありました。
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舟を編む  三浦しをん 著

2015年05月08日 | 小説
目の回るような忙しさだったGWも終わって、ほっと一息、気がつくといつの間にか爽やかな新緑の季節です。今年の春先は寒暖の差が激しく、桜の季節に風邪をひいて寝込んでしまった所為か、春を堪能することなく、冬から急に夏になってしまったような気分です。
先月、京都で友人との待ち合わせ時刻より早く到着したので目の前の書店にふらっと入ってみました。最近、小説などは、ネットで購入するかダウンロードするばかりなので、久しぶりに入った書店は何だか新鮮でもあり、カラフルな分類表示やベストセラーコーナーの案内板に誘われるように歩いて行くとベストセラー1位と本屋大賞の文字が目にとまりました。「舟を編む」?あまり聞き慣れない日本語のような気がしましたが、辞書という言葉が説明文の中にあったので何となく興味が湧いてきて思わず衝動買いをしたのがこの本です。辞書とは言葉を探す舟ということなのですね。

ところで、辞書と言えば私が学生のころはまだインターネットや電子辞書などありませんでしたから、本棚に何種類か並べていました。高校時代、授業のある日は、古語辞典や英和辞典は重くてもいつもカバンに入れて持ち歩いていました。10年ほど前、甥が高校生になった時は、国語や英語、広辞苑など辞書が何種類も入った電子辞書を入学祝にプレゼントした記憶があります。私自身も10年以上前から紙の辞書はほとんど使わず、電子辞書かネットで検索するばかりです。1970年代に購入した百科事典はついに邪魔になって、2,3年前に捨てました。分厚い広辞苑や90年代の現代用語の基礎知識なども本棚の端の方で廃棄処分になるのを待っているような状態です。未だにかろうじて紙の本を使うのは書道で仮名を書くときに時々見ている古語辞典くらいでしょうか。何故かこれだけは30年以上前に購入したものをずっと使い続けています。古語は現代国語のように変化しませんから、使い慣れた紙の本が落ち着くからなのと、ここ数年、電子辞書を買い替えていないので電子版の古語辞典は初期のものは使いにくいからです。

さて、話は横道に反れましたが、何となく、辞書という響きには人生を丸ごと振り返りたくなるような思い入れもあり、「いったいどんな人が作っているのだろう」と以前から時々、漠然と考えていました。「きっとまじめで几帳面な人なのかなあ」小説やエッセイとは違いますから、大変な時間と労力が必要だということは想像できたのですが・・・。時代ごとに言葉が少しずつ変化していっているように、編集者の生活スタイルも当然変化しているものと思いながら、なんとなく初めて出会った辞書作りをする人々を描いた小説に興味が湧いてきました。もちろん、これは紙の辞書の話です。

「難しい言葉がたくさん出てくるのかなあ」なんて思いながら読み始めると案外読みやすく、「なるほど、本屋大賞というのは読みやすさが大事なのかな?」と思いたくなるほどでした。

辞書が作られていく過程を興味深く読みました。まじめくんの恋物語はこの小説を面白くするための演出ですね。15年という時間をかけて「大渡海」完成に向けて編集に関わった人々の一人ひとりの言葉に関する感受性の違いがわかりやすく描かれていて、それをまとめていく頼もしい人間に成長していったまじめ(馬締光也)くん。馬締という登場人物の名前は何だか洒落っぽい感じもしましたが・・・実は、もう少しずっしりくるものを期待していたのですが、ちょっと軽いノリもあるなあという印象で・・・最後は無難にハッピーエンド。読者に安心感を持たせて終わります。
巻末の馬締くんの恋文はなかなか面白かったです。
後で、映画にもなっていることを知りました。まだ見ていませんが、これならきっと、若い人々には受けるのかな?という気がします。21世紀、私たちが本当に大切にしなければならないのは物質的な豊かさではなく、精神的な豊かさだと思います。歳を重ねた私にはちょっと物足りなさを感じるところもありましたが、これは人がやさしい気持ちになれる小説だと思いました。

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彷徨の季節の中で  辻井喬 著

2015年03月10日 | 小説
梅の花が見ごろになりました。暖かい日が続いたかと思うと、冷たい風が吹いて寒くなったり、急に雨が降ったりしながら、それでもしっかり膨らんできた桜のつぼみを見ると開花が待ち遠しい気持になります。

さて今回は辻井喬氏の「彷徨の季節の中で」です。辻井氏は元セゾングループ代表の堤清二氏です。実はつい最近まで私は辻井氏と堤氏が同一人物であることを知りませんでした。経営者堤清二氏の方はずっと以前から認識していたのですが、辻井氏の本を読んだことがなかったので、わかりませんでした。

これは辻井氏の自伝的小説ですが、非常にノスタルジックな印象です。いろいろな自伝小説を読んできた私には構成も奇抜とは言えない感じなのですが、何となく時代という観点から不思議な感覚を呼び起こすものでした。

辻井氏は私の両親と近い世代です。昭和の初期から戦中戦後、今は亡き両親が成長していった時代背景の中で、主人公「津村(山野)甫」の生い立ちが語られていきます。未知の世界でありながら、時空の軸のちょっと先の延長線上に、私が辿ってきた時代もあるような、タイムマシンにのって昭和という時代を遡るような感覚でした。

複雑な家族構成の中で生きる主人公と家長としても社会的にも権勢をふるう偉大な父との確執や母や妹に対する愛情が何とも言えない切なさを感じます。

後半、主人公が東大に入学後共産党に入党し、党活動から手を引いて、結核の療養生活に入るまでの部分で、恋愛や家族との葛藤の日々の記述は読者に時にはこの小説を飛び出して歴史に刻まれた事件や社会への接点を思い起こさせます。

私はこれを読んだことによって改めて初期の全学連や戦後の東大内部での日本共産党の様子を知りました。

主人公は50年代の共産党分裂の際、国際派に属していた為除名処分を受け、病気療養も重なり、今までとは違う道を歩むことになるのですが、何となくあえて説明をしがたい転身のような後味が却って読者に、安心感を与えるような感じさえしました。

弱いとか強いとかそんな尺度では測れない混沌とした主人公「津村甫」は、「人間って案外そんなものなのかもね」と思わせるような結末で余韻を残します。

その後小説家辻井喬として、そして実業家堤清二として生きた作者の人生へ思いを馳せるとちょっと複雑です。
将に題名の如く、何だか時空を超えてその思いが行ったり来たりするような小説でした。
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キリスト教は邪教です! 現代語訳{アンチクリスト」

2015年02月13日 | その他
早春のやわらかい陽ざしにちょっと心が和むこの頃です。とは言え、日が沈んだ後、満員電車から降りて通りに出ると急速に身体が冷気に包まれ、冬がまだしっかり居座っていることを感じます。

さて、今回はニーチェの「キリスト教は邪教です!」。去年亡くなった義父の遺品の中から見つけました。手にとってみてまず「何だろう?これは?」くらいの感じでしかなかったのですが、新書版だし、著者があの大物思想家のニーチェ(といっても彼の著作は全く読んだことがありませんでした。)ということに一瞬興味を持ちました。

ニーチェの名前だけは高校生の時から知っていましたが、当時は哲学と聞くとなんだか遠い世界の実体のない読み物のような気がして読破しようという気持ちにはなれませんでした。パラパラとページをめくると何だかわかりやすそうな普通の言葉で書かれています。今なら少しは何か発見があるかも・・・そんな気持ちで読み始めました。
これは1888年にニーチェによって書かれ、1895年に出版された「アンチクリスト キリスト教批判の試み」の超訳です。

果たして・・・・第一印象は・・・「おじいさん、けったいな本読んではったんやな!」思わず家族にそう言ってしまいました。

確かにちょっとヘンな本です。でもなかなか面白いところもあります。超訳という言葉通り、訳者の適菜収氏の見解なのでしょうけれど、それを承知で読めばニーチェとはどんな考え方をした哲学者なのか凡人の私にもほんの一部が見えてくるような気がします。

宗教とは一体何でしょう?私たちは日々の生活の中で神の存在をどのくらい意識しているでしょうか?
それは、宗教と結び付くものなのでしょうか?
「困ったときの神だのみ」なんてよく言われますが、お釈迦様や天照大神を意識したりするでしょうか?

私は20代の頃から、仏教やキリスト教だけでなくイスラム教やヒンズー教などいろいろな宗教を信仰している人々に出会ってきました。イスラム教のラマダンやヒンズー教の食事に関する厳しい戒律をしっかり守っている人々にも出会いました。でも、キリスト教の熱心な信者であるという欧米人には身近では出会ったことがありません。すでに半世紀以上生きてきた欧米の友人たちの多くは、「子どもの頃は家族で教会へ行ったけどね。」と言いますが・・。21世紀の現在、日本ではキリスト教の人は依然少数ですが、かつて欧米の植民地であった国々でもキリスト教は広く信仰されているようです。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、ニーチェは19世紀後半の社会を鋭く批判しています。訳では「近代」とされていますが・・・。

つまり、古代ギリシア・ローマの文化をキリスト教は破壊し、中世ヨーロッパは、キリスト教の価値観に支配され、人間性が失われていました。それを14世紀の終わりにイタリアで発生した革新運動ルネサンスが取り戻してくれたはずでした。ところが、<これを再びキリスト教・・・高級な人間とされた僧侶たちが、神学者たちによって変形させられた哲学が、破壊しようとしている。>という意味でしょうか?
ニーチェはイエスを否定してはいません。イエスの教えはその弟子たちによってゆがめられていったとあります。
ところでニーチェは仏教については、批判していません。むしろ良い点を指摘しています。でもそれは、ニーチェが現実に仏教に触れていなくて書物だけの知識から得た情報だったからではないかと思います。確かに仏教といえども、ニーチェと同じ観点に立ってみれば、信仰という名のものにとんでもない商売を行っている僧侶や仏教関係の業者が存在するからです。

ニーチェは「信仰によってしあわせになることはない。」と言いきっています。「キリスト教は信仰を利用している。」理由はこの本に書いてあります。長いので省略しますが、これは正しいと思います。

「教会は精神病院。いつの間にか世界中が精神病院だらけになってしまいました。」考えようによっては、ずいぶん乱暴な言い方です。

またニーチェは民主主義も批判しています。
団塊の世代の後を追うように学校教育で民主主義をたたき込まれてきた私です。
「民主主義のどこが悪いの?」と言いたくなるところですが、ちょっと長く生きてきた所為か、最近は民主主義には危険な要素もたくさんあることを知っていなければならないことを感じています。

ニーチェはパウロやカソリック教会だけでなく、私たち日本人も歴史の教科書の宗教改革でお馴染みのルターをも徹底的に批判し、最後までキリスト教は病気だと言いきって終わります。

ニーチェはこの「アンチクリスト」を執筆した翌年から、精神錯乱状態に陥り、その後母と妹の介護のもと11年生き延び1900年に亡くなったそうです。

本当のところはどうだったのかわかりませんが、これだけキリスト教を大胆に切り込んでいった思想家ですから、世間の風当たりは相当なものだったように思われます。
当時の社会を懸念する強烈な思いが伝わってきます。

古今東西、人間の歴史を振り返ってみると、そして、現在も尚、政治や宗教の世界に限らず、人間が作り出す社会というものはかならず利害関係が発生し、時には戦争にまで発展します。

ニーチェの思想が現在までずっと人々に影響を与え続けたことを思えば、私たちはずっと警鐘をならされていることになるのかもしれません。


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宴のあと   三島由紀夫 著

2015年02月03日 | 小説
例年になく変わりやすい天気が続いていた冬でしたが、今日は節分、早春のやわらかい陽ざしを感じます。

さて、本当に久しぶりの更新となってしまいましたが今回は、三島由紀夫の「宴のあと」です。

最近、三島由紀夫がマスコミでも注目されています。今年2015年は、三島由紀夫 生誕90年、没後45年という節目だからでしょうか?
それとも、自衛隊に憲法改正のクーデターを促し、自決した三島由紀夫と最近の安倍総理の憲法改正論と何か関係づけようという動きがあるのでしょうか?

私は中2の時くらいから「潮騒」や「金閣寺」など三島作品を読み始め、他にいくつかの小説を読みましたが、市ヶ谷の三島事件を最後に長い間、読んだことはありませんでした。
1970年の事件の時、十代の半ばだった私には、世間に名前が知られていない人が起こした事件ならいくら騒ぎになっても唯の犯罪者で終わってしまいそうなことを、作家三島由紀夫であるだけに、当時の報道は、その行動を非難しているようでもあり、誉めているようでもある、わけのわからない物であるように思えました。

以後長い間、私の中で封印してきた三島由紀夫でしたが、事件から12~3年後、オーストラリアでフランス人の日本文学ファンの人に出会い、フランスでは、三島由紀夫は川端康成とともに非常に人気があることを知りました。その時After the banquet 「宴のあと」のことを高く評価されていたことを思い出します。私もたぶん読んだことがあると思いましたが、なにしろその頃14~5歳でしたから、この小説の価値を理解できなかったように思います。
 
あれから○十年の歳月が流れ、改めて読み返してみると、ああこれは昭和の小説だなと思うと同時に非常に芸術的な作品だと思いました。
これは、実在の人物をモデルにし、三島がプライバシーの侵害であると訴えられた小説です。三島は一審で負け、後に和解したそうです。

あれから半世紀も過ぎ、モデルも故人となった今は、当時世間で何が起こり、どのような世論が飛び交っていたかなどは、この作品から、完全に切り離されているような気がします。

主人公のかづや野口の心理描写は三島が構成したものだということ容易に感じます。かつてこの「宴のあと」も翻訳したドナルドキーン氏が「三島の金閣寺の主人公は現実の放火事件の犯人とはまるで違う。あれは三島の中でつくられた主人公なのです」と言っていたことを思い出しました。

元首相を含め大臣クラスの政治家たちに贔屓にされていた高級料亭の主人福沢かづは元外務大臣で戦後は革新党の一員となった野口と結婚します。かづは都知事選に出馬した夫の選挙戦では湯水のごとくお金を使い応援します。

しかし、野口は革新党からの出馬、かづのかつての顧客たちからすれば対立する立場にあります。
かづのエネルギーは夫を当選させるために料亭まで抵当に入れ借金をし、お金を使いまくります。結果は落選。隠居を決め込んだ野口に対して、かづはさらなる借金をかつての顧客たちに申し入れ料亭再開をめざします。結局、野口とかづの心は決裂し、離婚することになりました。


かづは大物政治家に「女傑」と言われるほど、ひらめきとエネルギーと豊麗な肉体で周囲を圧倒させてきた中年の女性です。そのかづが、良く言えば古風な悪く言えば自分勝手な老人、かつては外務大臣まで務めた野口を愛してしまうのです。年齢は重ねていても恋は理屈抜きに始まるのかもしれません。如何にも現実に起こりそうで、でもいささか不自然さも感じます。「ああ、これは三島の創作のすごいところかもしれない」と思わせるところです。
最後まで読み進めると空虚な余韻がのこります。なんだかあわれでもあり、また驚くべきかづの強さを感じさせるところでもあります。かづと野口の不協和音はかづへ新たなエネルギーを吹きこみます。

最後の山崎(選挙戦の間ずっとかづと行動を共にしてきた革新党の人間)の手紙は空虚さから読者を静かに現実へ引き戻してくれるような気がしました。
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私だけの仏教   あなただけの仏教入門  玄侑宗久 著

2014年12月10日 | その他
12月の上旬だというのに日本列島に厳しい寒波がやってきて、今まであまり聞いたことがない地域まで雪がたくさん降って驚いています。今年1月の関東を襲った大雪を思い出します。異常気象と言われていますが、夏の大雨と言い、台風の大きさと言い、何度も来るので、一体異常と呼ぶ基準はどこにあるのかさえわからなくなります。今盛んに言われている、地球温暖化、つまり二酸化炭素の排出量に関係があるのでしょうか?
 最近は科学の力で気象をコントロールする話まで持ち出されるようになりました。

でも、自然現象にどこまでも太刀打ちしようとすることは、なんだか人間のおごりではないかと思えでくるのですが・・・。

さて、今回はそんな科学の世界とは今となってはやや相反する宗教の話です。

私自身、非科学的なことはあまり信じない性質ですが、両親や義父の葬儀はすべて仏式で行いました。家族の中の暗黙の取り決めみたいなものに逆らう気はなかったので、義母と葬儀会館やお寺の和尚さんの指示に従って動きました。
ただ、これからは、義父の法事は私たちが中心になって取り行わなければなりません。お寺の和尚さんや仏具店の方々と接していくうちに私自身仏教に関してあまりに無知なこと実感しました。

とりあえず、もう少し勉強しておこう!そんな気持ちでいた時に偶然玄侑さんのこの本(電子ブックではなく、文庫本です。)に出会いました。玄侑さんの作品は以前このブログでも「中陰の花」を記事にしたことがありましたので、ちょっととっつきやすいかなという感覚でした。

<ヴァイキング式であなただけの仏教をみつけよう>という見出しに心が動きました。
「えっ!仏教を食べるの?まさか!」・・・「南無阿弥陀仏!」思わずそういいたくなるような・・・

ああそういえば、アメリカ人やカナダ人のキリスト教徒の人がなにかハプニングに見舞われるとよく「ジーザスクライスト!!」(キリストさま)と連発していたことを思い出しました。

何だか、念仏が急に身近に感じられるようになってきました。
宗教は多くの人にとってやっぱり心のよりどころなのでしょうか?

ここでは仏教の創始者釈尊(お釈迦様)に始まって、仏教の歴史が簡単に語られています。日本にたくさん宗派があるのもなるほどという感じです。

小さい頃から、「この世で悪いことをすると死後は地獄に落ちるよ。品行方正にしていれば
極楽浄土へいけるよ。」と聞かされてきました。一般民衆がこんな教えを信じて守ることができれば、世の中の秩序は保たれます。古今東西、根本的なことはあまり変わらず、他宗教でも似たようなことが言われてきました。でも、現実に生きる私たちは無数の煩悩に取り囲まれ、善いことだけして生きていくことはたいへん難しいことです。

僧とは清く正しく、戒律を守り、厳しい修行を重ねた大変な人徳者であるとある年齢までは信じでいました。
ところが、実際には玄侑さんも書かれているように結婚している和尚さんは多いし、お酒に強い和尚さんもたくさんいらっしゃいます。


<ありとある悪をば なさず 善なるを おこない そなえ
 みずからのこころを 浄む これぞ実(げ)に  諸々の仏の教え>

もともと何が善かと考え始めれば本質的には流動的なものであるので、時代によって変化するものもあります。人を殺したり、物を盗んだりしてはいけないというのはかなり普遍的なもので、誰にでもわかることです。これは「戒」の中に含まれます。その他いくつかの戒律について考えていくことで生命力の向かうべき方向性、やがて瞑想による精神統一「禅定」へ「禅定」の中で人は「智慧」を獲得します。

釈尊の死後、弟子たちによって仏教が広がっていく過程で枝分かれしてたくさんの宗派が出来、キリスト教なら聖書にまとめられるような経典が仏教では幾つもできてしまいました。今では膨大でありすぎるため、一冊で仏教がわかる本など到底ありえないってことでしょうか??

現在は主に十三の宗派があります。玄侑さんは日本の仏教は奇形であると言及されていますが、人間の歴史が為政者と民衆の善と悪のせめぎ合いであることを思えば、その時代の人々を救うためには時代に即した考え方が出現しても不思議ではありません。


仏教について無知な私にも概要についてはわかりやすく解説されているので、少しだけ切り開くことができたような気になりました。やはりこれは哲学のようなものでしょうか。これからもう少し、いろいろな宗派のことも勉強して全体像をつかんでから、我が家の宗派について学んでいこうと思っています。

私だけの仏教・・・それはみんなひとりひとり受け入れられるものも消化の仕方も違うってことですね。信心深いとは言えない私ですが、納得できる部分もいろいろ見えてきて、とりあえず写経するときの心構えも少し変わりそうです。
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黄金風景  太宰治 著

2014年11月21日 | 小説
すいぶん長い間、gooのログインすらしない状態が続いていました。ふと思い出して久しぶりにログイン画面に辿りつきました。

慌ただしい日々を送っていますが、最近、私の読書形態が随分様変わりしました。紙の本から電子ブックへ・・・・。紙ではなく、読みたい本をダウンロードして読むことが多くなったのです。毎月定期的に関東と関西を行き来している現状の中で、移動中の新幹線の中の読書は貴重なひと時ですが、数冊の紙の本を持ち歩くのはかなり荷物になると感じます。その点、紙ではなく、読みたい本をダウンロードする方法は便利だと思います。無料で読める青空文庫はこのごろとても充実してきたので最近よく利用するようになりました。

タッチパネルの操作が苦手でスマホで携帯電話を操作する自分を信用できず、結局、現在は通話用に従来型の携帯電話を使い、インターネット用にスマホを使うという、ちょっと無駄かもしれないけど両方を持ち歩くという状態になってしまいました。青空文庫はスマホを使って読んでいます。青空文庫は著作権の切れた死後50年以上たった作者のものが中心ですが、数多くの名作を読むことが出来るので、しばらくは楽しめそうです。他の電子ブックは有料が多いようですが、それでも紙の本よりは割安です。

さて今回の「黄金風景」はそんな青空文庫の中にありました。短い話ですが、とても印象に残ったものです。

作者の太宰治は「斜陽」や「人間失格」など、わが国屈指の文豪です。中学高校の頃、夢中になって読んだ記憶があります。心に突き刺すような鋭さがあって、若い人々には今でもたいへん人気があるようです。

何年も前のことですが、存命中の太宰治を知っているというAさんという方に出会ったことがあります。戦後すぐのころ、太宰が人気作家として活躍し始めた頃、Aさんはまだ子どもだったそうですが、近所に住んでいて、何度か見かけたことがあり、心中事件後もいろいろな噂話を耳にしたそうです。Aさんのお話によると太宰氏は人間としては周りの人に迷惑をかけるのはしょっちゅうでなかなかの「困ったさん」だったとか。同じく太宰と同郷のBさんもいくら太宰の作品が文学的にすぐれていても太宰氏の生き方や心中事件にはとても批判的でした。当時の私はかつて太宰ファンだった十代のころのことを思い出して複雑な思いで話を聞いていました。

大変前置きが長くなりましたが、そんな裏話を抜きにして、純粋にこの話だけに向き合うと、ちょっとあまのじゃくで頭のいい、でも生き方には不器用で、幸福とは言い難い主人公が、昔いじめた女中のことを心苦しく思うことに仏教的な説話の変形のようなイメージを持ちました。人は誰かにひどい目にあわされたりするとその人のことを恨んだり憎んだりすることがあります。いくら理性的な観点から人を恨むのはよくないとわかっていても長く心の奥に留まってその恨みを忘れることはできません。でも、このお慶はどうでしょう?主人公の男が、あれだけいじめた女中のお慶が家族に恨みごとひとつ言わず、むしろ主人公を立派とさえ言っています。そしてかつてはのろくさく見えた女中が家族を持ち、妻として母としてしっかり生きています。

最後に幸福度の勝ち負けのような捉え方が少しひっかかりましたが、そこがこの話のクライマックスです。主人公はお慶の人間としての深みに目覚めます。この話は仏教とはなんの関係もないのですが、かつてのわだかまりのようなものが億万の塵となって宇宙に散っていくような、般若心経に散りばめられた漢字が脳裡を交錯し始めました。

かつていじめたお慶の現在の幸福な様子と寛容さに完敗する主人公の心の変化の描写がとても印象的です。

「私は立ったまま泣いていた。けわしい興奮が、涙で、まるで気持よく溶け去ってしまうのだ。負けた。これは、いいことだ。そうなければ、いけないのだ。かれらの勝利は、また私のあすの出発にも、光を与える。」

ちょっと切なさも残る余韻となって心に響きました
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くじけないで    柴田トヨ 著

2014年09月29日 | 詩歌
とても慌ただしく過ごした夏が終わりました。

今回は柴田トヨさんの詩集「くじけないで」です。90歳を過ぎてから詩を書き始めて去年101歳で亡くなったそうです。

先月、長年要介護状態にあった義父が亡くなりました。義父は柴田トヨさんより少し年下ですが、「おじいちゃん100まではがんばってね!」という孫たちの願いは届きませんでした。

義母はひとりになりました。10年近く歩行困難だった義父を小さい体で支え、義父が認知症を患ってから、義父の幻覚や幻視に耐え、傍らでじっと見守ってきた義母にも老化の波がどっと押し寄せてきました。
「おばあちゃんは100までいけるよ。きっと!」先日米寿のお祝いと賞状を行政から頂いたばかりの義母の足腰はまだなんとかしっかりしていますが、年齢的な老化による物忘れや、体力の低下は生活の質に影を落とし始めています。
義母も生活支援としてヘルパーさんの介助やデイサービスを受ける立場になりました。

先月義父永眠の知らせを受けてから、葬儀、光熱水道、年金、保険、相続など各種手続きの為、義母のそばですっとお世話してきました。そんな時、義母の本棚に柴田トヨさんのこの本が並んでいるのを目にしました。
「これはええ本や!あんたも読んだらええわ!」義母はそう言って私に手渡してくれました。

その晩は疲れているにもかかわらず、最後まで目を通さずにはいられなくなってしまいました。
「あまりにも正直すぎて、目頭が熱くなるような・・・でもとても自然で素敵な詩ね。」

翌朝、私はそう感想をいいました。

「結婚して、子供を産んで、お母さんになって・・・歳をとっておばあちゃんになって・・・。
女の人はみんなおんなじようなことを考えてはるんやなあ!」義母はそんなことをいいました。

*****トヨさんの詩より*****

思い出Ⅰ

子どもが
授かったことを
告げた時
あなたは
「ほんとうか 嬉しい
俺はこれから
真面目になって
働くからな」
そう答えてくれた

肩を並べて
桜並木の下を帰ったあの日
私の 一番
幸福だった日

*****************
先生に

私を
おばあちゃん と
呼ばないで
「今日は何曜日?」
「9+9は幾つ?」
そんなバカな質問も
しないでほしい
・・・・・
********************


そういえば認知症の義父はいつもそんな質問ばかりされていました。
「誕生日は?」「ここはどこですか?」とか「今の季節は?」

トヨさんの詩は義母の心の中の思いに重なりました。

「いくら歳をとったって人間としての尊厳は大切にしたい。」、義母の心の叫びを聞いているようでもありました。

その一方で、現在の私の年齢とほぼ同じころこの世を去った実母がもし生きていたらどんなおばあさんになっていたのかしらと想像してみたりしながら・・・いつのまにか鳴き出した秋の虫たちの声に耳を傾けていました。
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戦争と平和 吉本隆明 著

2014年08月08日 | その他
今年もまた、気候の変化が大きく西日本は大雨、関東は猛暑続きの厳しい夏となりました。日中はうんざりするほどの暑さですが、早朝、朝露に濡れた草花を見ると、わずかな時間ながら、すがすがしさを感じます。

さて今回は吉本隆明氏の「戦争と平和」です。実はこの本はしばらくの間本棚に積読状態だったのですが、安倍政権の集団的自衛権行使容認の閣議決定以後、どうも腑に落ちない物を感じて、戦争を経験した人々は憲法9条や自衛隊をどのように考えているのか改めて調べてみようと思い、手にとってみた書物の一冊でした。

読み始めてみたら、表題に関する部分は全体の三分の一ほどで、あとは近代文学についてと川端要壽氏による回顧録でした。
後半部分は、吉本隆明氏の私生活に関することですが、私は吉本氏については吉本ばななさんが娘さんだということ以外はほとんど知らなかったので、それなりに吉本氏の人間的な温かさに触れる部分もあり、興味深く読むことが出来ました。

ここでは、前半の「戦争と平和」について考えたいと思います。
この部分は「戦後50周年記念講演」を収録されたものです。

吉本氏は昭和20年3月10日の東京大空襲の日、葛飾からそれを見て、翌日、月島まで焼け跡を歩かれたそうです。吉本氏は私の両親とほぼ同世代です。ですから、これを読みながら私は戦争を体験した今は亡き私の両親の戦争の話を思い出していました。私の母も東京大空襲を間近に見た一人でした。空襲の恐ろしさや焼け跡を歩いて負傷者の救援に行った話を子供のころ何度も聞かされました。それに反して、戦場に送られた父が戦争の体験を最初に具体的に話したのは、娘の私にではなく、孫たち(私の子供たち)に でしたが、戦後半世紀を過ぎてからでした。父の従軍記や回顧録、出征と復員前後の日記を見たのは父の死後でしたが、今思うと、父もまたずっと戦争について考え、次の世代にどう伝えるか考えていたように感じます。

話を元に戻します。吉本氏の話は「戦争というのはいったい何なんだ!」ということから本題に入ります。
「戦争というのは、要するに国と国とが戦いの状態に入って、両方の国の、あるいは複数の国の民衆は兵士となって戦いの先頭に立つ。そしてどちらかが勝ち、どちらかが負けるというのが、誰でもわかる一般的な戦争の考え方です。」

そこからいろいろな戦争に対する考え方が示されて、国家のリコールへつながっていきます。
「政治的な国民のリコール権、つまり国民主権の直接行使という条項を憲法の中に設けることが、僕に言わせれば戦争を防止する最後の課題になっていく。」これは読み進めるほど反戦という観点からは理想的な提案かもしれないけど、社会の支持は得られるだろうかと考えると厳しいのではないかという気がしてきました。

この講演が行われた時代は戦後50年です。自衛隊は憲法9条の制約により設立直前1954年に自衛隊の海外出動を為さざることに関する決議がされたにも関わらず、1989年の冷戦終結と1991年の湾岸戦争勃発により、国連の平和維持活動(PKO)に参加するようになりました。ちょうどこの問題について世間では論議を交わされていた時代でした。

しかし、今年の集団的自衛権の行使容認の閣議決定はこれをさらにはみ出しています。ひとつの政権が憲法の解釈を時代という武器を盾にして変えってしまったことになります。吉本氏がご存命であったらなんとおっしゃられたでしょう。

今年7月1日の閣議決定から一ヶ月、あれほど大騒ぎしたマスコミも次々に起こる出来事に忙殺され、関連記事も新聞の片隅にすら出なくなりました。私はそうやって人々の関心が変化していくことの方が、怖いと思います。

2014年、人々は日々、洪水のように押し寄せる情報の一部をほんのちょっと受け止めて、あれこれ言っているうちにまた次の情報に押し流され、なんか変だなあと少しは思うことはあっても次第に洗脳されマヒしていくようなことがあまりに多いのが現実です。

吉本氏の考え方はかなり理想論という感じではありますが、人間としては正直な理論のような気がします。
それを読んで自分自身の考え方をどう確立していくか・・・これはひとつの参考書になるのかもしれません。

私の両親が子供や孫たちに戦争や歴史の話を伝えたように、私もやがて、孫たちに両親や社会の先輩たちから聞いた戦争や歴史を正しく伝えたいと思っています。

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驚くべき日本語  ロジャー・パルバース 著  早川敦子 訳

2014年07月04日 | その他
各地で集中豪雨に見舞われています。首都圏でも今年の梅雨は熱帯のスコールのような降り方で持っていた傘がほとんど役に立たないほどずぶ濡れになることが続けてありました。今年の梅雨は長いという予報がでているようですが・・・。

世間では安倍政権の集団的自衛権の行使容認の閣議決定で物議を醸し出しているこの頃です。何だか憲法改正なくして解釈だけが変わるというのは腑に落ちません。ひとつの政権が解釈を変えてもよいことになってしまったら、今後大変なことになってしまいそうな気がするからです。ところで、これって、日本語にも問題があるのでしょうか?英語だって構成は簡単な文章なのに解釈の難しい文章はよくお目にかかるように思いますが「日本語の曖昧さはとても難しい」と日本語を母語としない友人たちに何度も言われたことがあります。

安倍政権が大きなスローガンにしている経済政策の方は、今年4月からの消費税増税の一方、法人税の減税が検討されています。政府の狙いは法人税を下げて企業の設備投資や外国企業の誘致による経済の活性化のようですが・・・。少子高齢化の日本では、これからは外国人の労働者が増えることが予想されます。そうなれば、いくら、日本人の日本語力が下がっても、英語を使える日本人が増えても、当然ながら日本で暮らす外国人が増えれば日本語を使う人の人口は増加することになります。

それとも、ロボットの導入が進んで高齢化社会に対応できるようになるのでしょうか?それにしても、
ロボットが高齢者の日本語を理解し、必要に応じて返事をしなくてはなりません。これからの社会が目指しているもの、私たちが高齢者になった時、介護ロボットとしての役割を果たして欲しいものは鉄腕アトムのような人間の感情までもある程度理解できるものなのです。

そんなロボットを作成する人々にとって、言語、つまり日本人が使う日本語の仕組みを正確に解析していかなければなりません。問題は、言語の解析から人間の感情や感覚にどれだけ迫ることができるかです。それは、大人になってから外国語を効率よく学ぼうとする時、文法を学ぶことと似ているような気がします。

そんなことを思っている時、偶然出会ったのが、「驚くべき日本語」でした。日本語を母語としないパルパース氏が英語などの他の言語と日本語の違いや特徴などをとてもわかりやすく解説されていて、たいへん興味深く読むことが出来ました。

というわけで、前置きが長くなりましたが、今回は、ロジャー・パルバース氏の「驚くべき日本語」です。前回の記事の「日本語が亡びるとき」の英語圏で長年暮らされた水村氏とは対照的に、日本語を母語とせず20歳過ぎから長年日本で生活されていらしたパルバース氏の日本語や日本に対する見解が書かれています

20歳を過ぎて新しい言語を習得することの難しさは嫌というほど感じてきた私ですが、考えようによっては、聞いたり話したりするだけなら、最近はスピードラーニングなどの教材の普及でかなりのところまで到達することができる人も多いと聞いています。

日本語も同様、聞いたり話したりするだけなら、もうかなり以前からそれほど難しくない言語だということを、外国籍の友人たちが言うのを聞いていました。但し、漢字文化圏以外の国の人々にとって、大人になってから新聞を読んだり、日本語の記録文や手紙を書いたりするための漢字習得はかなりの根性が必要のようです。パルバース氏はまず日本語が他の言語に比べて比較的簡単な部分に着目することで、日本語が如何にわかりやすい言語であるかを説明しています。

ここでは日本語の特徴について細かく書かれています。そのひとつひとつについては多少反論したい部分もあるのですが、日本語の魅力がとてもわかりやすく丁寧に説明されています。私たちが何気なく使っている擬態語つまりオノマトペの世界・・・日本人なら当たり前すぎて見過ごしてしまいそうな驚きは逆に新鮮さを感じました。母語でないから感じる音の世界の不思議さなのでしょうか?

最後の吉本ばななさんのエピソードやパルバース氏の家の中の会話のエピソードには思わず苦笑しました。私も海外生活をしていた時はパルパース氏と同じような体験をしたからです。

それは「郷に入っては郷に従え」と言うところでしょうか。我が家の会話も長い間、二つの言語がいつもごちゃ混ぜ状態でした。最近は、ずっと日本で生活しているので、英語の文章の方は何かを強調したい時にしか使わなくなりましたが…。

30年前に比べたら、日本語を話す外国人は大変多くなったと感じます。もちろん日本語もすいぶん変化したように思います。最近は来日した海外の友人に私が「これは英語(中国語)でなんて言うの?」と尋ねるのではなく「日本語でなんて言うの?」と聞かれる方が多くなりました。

この本を読むと日本語は健在かな?と思います。でも、何だか宮沢賢治をもう一度本棚から引っ張り出して読んでみたくなりました。
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日本語が亡びるとき  水村美苗 著

2014年05月17日 | その他
暑かったり寒かったり気候変動の激しい日々が続いているこの頃です。エルニーニョ現象による冷夏が予想され、経済の冷え込みが懸念されると報道されていますが・・・。

さて、今回は水村美苗氏の「日本語が亡びるとき」です。

現在は認知症と歩行困難の為、施設でお世話になっている義父がまだわずかな介助だけで、自宅で生活していたころのことです。ある日、義父が私に「ここにある本はどれでもいいから好きなのを持っていって読みなさい。」と言いました。義父は大変な読書家で、書斎の壁面は机以外すべて本棚という状態で、夥しい数の蔵書に取り囲まれていました。しかもほとんどの本に赤線や書き込みがあり、根っからの学究肌のようでした。難しそうな本が多い中、比較的新しそうでちょっと「えっ、何?」という印象を受けたこの本を手にすると、いたるところに赤線が引いてありました。見ると2008年10月発行になっています。「このころ義父はまだ、読書三昧の日々だったんだな。」そう思いながら、赤線が引かれた部分を読むうち、本全体の内容そのものに興味が湧いてきました。

実際、読んでみると久しぶりにかなりずっしりとした読み応えを感じました。英語圏で生活した経験を持つ私にとって、この本は共感する部分が多かったです。12歳からアメリカで暮らし、英語社会の中で日本語もしっかり読みながら、青春時代を送った水村氏の人間の言語への深い追求心のようなものがひしひしを伝わってくるようでした。

読み進めるうちに「日本語とはどんな言語なのだろう?」「これからどうなっていくのだろう?」そんな疑問が改めて湧きあがってきました。

さて、この本で水村氏は、言葉について普遍語、現地語、国語という概念を中心に展開しています。普遍語は学問の言葉です。古くは、漢文圏では漢語、イスラム圏ではアラビア語、ヨーロッパではラテン語でした。人類が叡智を得るのに適した言葉ということです。
現地語は人々の母語であり、国語は「国民国家の国民が自分たちの言葉だと思っている言葉」です。

ところで日本語は漢文に対して「現地語」でしかなかった歴史を持ちながら、やがて成熟した文学を生みだす成熟した言葉になっていきます。それは大陸からの程よい距離、つまり地理的な近さでもあり遠さでもあることが日本固有の文化を花開かせたということでしょうか。

明治維新以後は、植民地となる危機をのがれ、日本語は国語として成立します。明治の初めは日本語教育も模索の時代で英語公用論も出たことがあるそうです。

漱石は、そんな開国時の危機感から抜け出し、近代国家として歩み出した時代に活躍した作家です。この時代の多くの作家たちが優れた近代日本文学を確立しました。

水村氏はこれについて、「日本は近代に入って西洋から受けた衝撃は<有史以来>の強烈なものであった。それは日本に曲折強いた。・・・でもこの曲折を強いられた結果から面白い文学が生まれた。」と言っています。さらに西洋語の翻訳で新しい日本語が定着します。

そこまでわかった上で改めて漱石の文章を読んでみると確かに、近代文学という気がします。
尾崎紅葉の金色夜叉は古文です。(この本で、金色夜叉が英語の娯楽小説の焼き直しであることが2000年に発見されたということを初めて、知りました。)

ところで、漱石の文学は日本語のわかる外国人の評価は高いが、日本語のわからない外国人が翻訳ものを読んだ時の評価は低いとこの本にもあります。確かに私もその通りだと思います。それだけ漱石の日本語は翻訳が難しいということでしょうか。

わたしが海外生活をしていた時に出会ったヨーロッパ人の中に日本文学愛好者が何人かいました。当時一番人気は三島由紀夫、次は川端康成。漱石の名前は聞いたことありませんでした。(現在なら一番人気は村上春樹なのかもしれませんが・・・。)

千年前の源氏物語も世界で高い評価を得ています。

この本を読んでもう一つ・・・ブリタニカのJapanese Literatureでドナルドキーン氏が「世界で最も主要な文学のひとつであり、それが「英文学に匹敵する」と紹介されていることを知ったのは私にとって新しい発見でした。

ところが今、インターネットの出現により、母語でない人も含め世界中でもっとも多くの人々が使う英語が世界の普遍語になりつつあります。
確かに私も英語のサイトならかなり見ています。今や世界中の人々と交流できる英語はネット上でも、世界各地を旅する時も最も重要な言語です。

世界中の非英語圏の人々が英語に吸い込まれていく時代の到来です。

日本は8世紀から「自分たちの言葉」の文学を持っていました。その間ずっとすぐれた文学が絶えず生み出されてきたのです。

水村氏は紫式部のこんな歌を紹介しています。

年暮れて わがよふけゆく 風の音に こころのうちの すさまじきかな

わずかな文字数の中にしみじみとした世界観が広がる短歌や俳句は、もっとも手短に日本文学の奥の深さを感じさせてくれます。

改めて、日本語について深く考えるきっかけとなった一冊でした。
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1食100円「病気にならない」食事  幕内秀夫 著

2014年05月07日 | その他
緑の美しいさわやかな季節です。でも、連休後半の首都圏は季節が逆戻り、若葉寒でした。

さて、今回は幕内秀夫氏の「1日100円 病気にならない 食事」です。「粗食のすすめ」で、有名な幕内先生の本はもう10年くらい前から何冊か読んだり、料理のレシピ集として手許においたりしながら我が家の食生活の参考にさせていただいていました。夫も幕内先生の考え方には大いに賛同していて、我が家では「幕内ワールド」と言ってしばしば話題になります。

健康な人(特に胃腸が丈夫な人)は、もし毎日の食生活に問題があったとしても、少しでも調子を崩すまで、その問題に気づくことはほとんどありません。人間の体が内部から発信する何らかの苦痛は、体が異常のメッセージを送っているのだと気づいた時、初めて、どうすればよいか考えるようになるのではないでしょうか。

この本は、日本の高度成長期を経て、少しずつ変化していった日本人の食生活を振り返りながら、人間特有の「快楽の食事」に対する反省と「美食の追及」の狭間で、「現代の日本人が生きるために必要な最低限の食事とは何か」を改めて考えるためのメッセージのような気がします。


「快楽の食事」は体を疲れさせる・・・この言葉に納得できる中年以上の人は多いと思います。質素な和食こそ私たちの健康維持には大切なことなのです。

でも、実生活では、ジャンクフードを我が家からすべて追放するのは至難の業です。いわゆる精製された砂糖・塩・油脂・うま味調味料の4つの「マイルドドラッグ」は市販のスナック菓子やチョコレートにも、ケーキやジュース、缶コーヒー、乳飲料にも含まれているからです。増加する糖尿病や肥満はほとんどの場合、質の悪いジャンクフードの食べ過ぎが原因のようです。

ごはんとみそ汁と漬物と小さなおかず・・・今年4月からの消費増税を考慮しても計画的に調理をすれば確かに一人1食100円に近い食事も可能かもしれません。(米やみそや醤油などの調味料などすべてをスーパーで販売している製品の中で一番安いものを使った場合ですが・・味噌や醤油や素材の質にこだわれば当然コストが上がります。)もっとも多くの家庭の主婦の場合はまず先に家の買い置きの食品を無駄なく工夫して使いきることの方から始めればしばらくは工夫次第で100円以下でも十分できるかもしれません。質素な食事を楽しく作ることができればよいわけです。その家の経済状態にもよりますが、あとは「快楽の食事」の誘惑とどう戦うかです。

難しいことはほとんど書かれていません。21世紀初頭の日本のスーパーやコンビニを利用することが可能な土地に暮らす人なら誰もが、工夫次第で実に経済的で健康的な食事が出来るということです。

遺伝的には糖尿病の因子をもっているかもしれない私ですが、今のところはまだ肥満や糖尿病とは縁はなさそうです。調味料など料理の素材にもう少しこだわれば見かけは質素でも1食あたりのコストは上がります。基本的にはマイルドドラッグを避けた材料で、幕内ワールドの食事を参考にしながら料理をしています。でも1か月に1~2回は、ちょっとぜいたくな肉料理も作り、ケーキも食べ、外食もする、スーパーやデパ地下のお惣菜も買うという快楽の食事も完全に断ち切るのではなく・・・時にはちょっとだけ・・・つまりストレスは溜めない健康的な食生活を目指すことが今の私にとっては理想のような気がします。

これは同世代よりむしろ若い人たちに是非薦めたい本だと思いました。
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月の輪草子

2014年04月12日 | 小説
いつの間にか首都圏の桜の季節もほぼ終わろうとしています。今年は身辺の用事に追われ、満開の桜を堪能する暇はなく、ようやく春の訪れを実感出来たのは、ひらひらと宙を舞う花吹雪の桜並木を歩いた時でした。

さて、今回は瀬戸内寂聴氏の[月の輪草子]です。これは齢九十を迎える清少納言の宮仕えのころを中心とした回想録という設定です。
清少納言が枕草子では書かなかった中宮定子の不幸な晩年についても書かれています。実際に清少納言が何歳まで生きていたのかは知りませんが、寂聴さんが語る清少納言によって、まるで千年の時を経て21世紀に生きている私たちが月の輪の庵に招かれているような気分になります。ただ、ちょっと残念だったのは、内容は判りやすいのですがあっけない感じですぐ読み終えてしまったことでした。(もっとこの時間を楽しみたかったような・・・・・)
源氏物語の作者-紫式部と清少納言は同時代に生きていたことはよく知られています。紫式部が清少納言の悪口を書いていたことが紫式部日記によってわかっていますが、ここでは最初から「紫式部は大きらい」と言いきっています。もっともこの時代の宮中には、和泉式部や赤染衛門など才媛たちが仕えていました。
枕草子や源氏物語の他にも優れた和歌がたくさん残されていて、文学的にも当時のポテンシャルの高さを感じます。
読み進めるうちに源氏物語の現代語訳をされた寂聴さんらしい切り口が感じられます。千年の時を遡って寂聴さんに誘われた清少納言の人生に思いを馳せることができます。中宮定子に対する忠誠心は並大抵のものではありません。まるで、恋人のような、神様のような思い入れは千年もわが国で読み継がれた枕草子の作者である才女清少納言の可愛らしい部分であるのかもしれません。
ところで寂聴さんが以前に源氏物語の桐壷の更衣のモデルは藤原道隆の娘、中宮定子ではないかとおっしゃっていたのを聞いたことがあります。ということは同時代に生きながら宮中では対立する立場の紫式部(道隆の弟である藤原道長の娘で一条天皇の中宮となった彰子に仕えた女房)に中関白家の没落と定子の苦境を書かれたことになります。桐壷は源氏物語の冒頭ですから、高校の教科書にも登場し、もっとも多くの人に読まれている章ではないかと思います。
枕草子や源氏物語が書かれた時代は、歴史的にも貴族たちが活躍した華やかな時代です。藤原道隆や道長の父である兼家の妻で「蜻蛉日記」の作者である藤原道綱母や儀同三司母(伊周、隆家、定子の母)を始め、清少納言や紫式部、赤染衛門や和泉式部など藤原定家が選んだ百人一首の中に納められている歌人の歌は今でも私たちが親しんでいるものです。
寂聴さんが清少納言の父、清原元輔や 曽祖父、深養父についても書かれていますが、このお二人の歌も百人一首の中にあります。この本にはありませんが、百人一首の中にある「うらみわび・・・」で始まる歌で知られる相模(大江公資の妻で後に宮中に出仕)は、十代のころ清少納言と橘則光の息子 橘則長と結婚していたことがあるといわれています。

まあ、そんなわけで寂聴さんの「月の輪草子」は清少納言の人生をふりかえりながら、その内容を超え、ちょっと一晩、平安時代の宮中の生活や、百人一首の中の平安貴族の歌やその関係に思いを廻らせることが出来た一冊でした。
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日本の女帝の物語    橋本治 著

2014年03月06日 | その他
この冬は関東でも大変な大雪に見舞われましたが、まだ寒い日が多いとは言え、桃の節句も過ぎて何となく陽射しも春めいてきました。さて今回は橋本治先生の「日本の女帝の物語」です。

これは推古天皇から孝謙天皇までの飛鳥奈良時代の6人の女帝と聖武天皇即位の背景について書かれています。

もっとも有能な女帝と言われる持統天皇ですが母としての強さが浮かび上がります。草壁皇子の子つまり孫である文武天皇即位のために自らがまず即位したということのようでしたが、天皇としての権力を築いていきます。そして日本で最初の上皇は持統天皇でした。

以前このブログでも記事にした永井路子氏の小説「美貌の女帝」を読んで元正天皇とその母である元明天皇の即位の背景や長屋王の事件についてはその後少し調べてみたりしていたのですが、この本は小説ではないので系図と実際に起きたと思われる歴史上の事件に基づく考察という点では非常に興味深いものでした。天武天皇と持統天皇の息子である草壁皇子の妻であった元明天皇、その娘の元正天皇の即位は将来の聖武天皇の即位の為であったにもかかわらず、父方をたどれば天武天皇の孫である長屋王にも即位の危険性を持たせてしまったというねじれ現象についての見解はなるほどと思いました。

ですから女帝ではありませんが奈良の大仏建立で小中学生のころから教科書にも登場して名前だけはお馴染みの聖武天皇は祖母(元明天皇)と叔母(元正天皇)と娘(孝謙天皇)が女帝で系図上の鍵となる人物です。

天武天皇の孫の長屋王の妻は持統天皇の孫であり草壁皇子と元明天皇の娘の吉備内親王です。系図で見ると即位の可能性もないとは言えなかったのです。聖武天皇の母は臣下である藤原氏の娘であり、光明皇后もまた藤原氏の娘なのです。ですから聖武天皇の時代に天皇家の娘でなければ皇后になれないという形体が崩れます。

次に続く孝謙天皇は聖武天皇と光明皇后の娘です。皇太子となり帝王教育を受けた孝謙天皇は周囲の陰謀と権力者の孤独の中で強権を発し、さらにねじれた社会が続きましたが53歳でこの世を去ります。孝謙天皇は独身であったので子供はなく以後長い間女性天皇は出現しませんでした。

橋本先生は最後に<男にとって「女の心理が」が難しいのと同様に女にとっても「世の中を構成している男達の心理」は難解だということです。女が上に立って、「世の中を構成している男達」を「なんてバカなのかしら」と思ってしまえば、その時から彼女は「エゴイスティックな権力者」になります。そして「女だって権力を手にしていいんだ」という、その「エゴイスティックな理解」が女達の間に当たり前に広がっていけば世の中はいくらでも騒がしくなるでしょう。それは現代にも通用する「真理」であるのかもしれません。>と結ばれています。

確かにそうなのですが、橋本先生の<・・・>の部分の男と女の文字をすべて「人間」に入れ替えても同じ理論が発生するような気がします。つまり、男と女の心理に平均的な違いは絶対存在するとは思いますが、現代は民主主義における自由と平等の社会だからこそ、もっと複雑な心理が公民権を得ようと新たな騒がしさが生まれてきているのかもしれないと思うからです。

それはともかくこの本は古典を読む上での基礎知識としてはたいへん参考になりました。古代の日本で大和朝廷が確立していく過程の複雑な権力争いの渦中に生きた人々のことを思うとこれからは万葉集の歌も新たな視点で捉えることが出来るかもしれないと思います。

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