la Casa del Lapiz:鉛筆庵

鉛筆庵に住む鍵盤奏者が日々の生活の徒然・音楽などを綴ります。

山鹿のピアノ

2017-06-12 22:47:28 | 音楽会
6月10日、「紀久子の墨彩画展」での「歌の調べ」@ギャラリア赤い鳥、終了いたしました。
お運び下さいましたお客様に感謝申し上げます。

この日お集まり下さったお客様は熊本県山鹿市にゆかりの方々が多く、音楽会の時に聞かせて欲しいというリクエストを頂いていたのが『山鹿のピアノ』でした。
この曲はNHKの「みんなのうた」で流れていたのを耳にされた方もいらっしゃるかと思いますが、「山鹿市ホームページ」によれば
<この曲の題材となったピアノは、大正時代、山鹿の木工職人の兄弟がドイツ製のピアノに感動し、見よう見まねで作り上げたものです。このピアノは兄弟の名字から「木村ピアノ」と呼ばれました。現在残っている木村ピアノは1台だけで、山鹿市立博物館に展示されています。
今までも、そしてこれからも変わらず山鹿の人々に愛され、守られていくピアノの物語を、ぜひご覧下さい。
◎うた:エンドレスライス
 作詞:遊なおこ/作曲:樋口了一>との説明があります。

また、この貴重なピアノを2009年に修理されたという熊本市の『ピアノハープ社』さんのブログにその修理の際の模様が詳しく書かれていて大そう興味深く読みました。
記事⇒こちら①こちら②こちら③
   
それによると、大正13年、山鹿市内で木工所を営んでいた木村末雄さん・正雄さん兄弟が、近所の方が購入したスタインウェイのアップライトピアノを手本にして、10数台のピアノを作ったのだそうです。
そのうち現存するのは修理されてよみがえって山鹿市立博物館に置かれている1台のみだそうです。

この曲はそのピアノの誕生から出来上がったピアノが、<リヤカーに乗せられて「昨日はお祭り、明日は運動会」>という風に大活躍し、そして戦争の時代を経て、大事に守られてきて今があるという歴史を歌って、さながら一大叙事詩!!

『ピアノハープ社』さんのブログでそのピアノの画像が見られるのですが、巡り合ったスタインウェイのピアノに魅せられ、それを作ろうと思い、しかも作り上げた木村兄弟の情熱に圧倒されました。よく、複雑な機構を持つピアノを作り上げたものだと!!
私は「みんなのうた」で映像とともに見ましたが、とても大工さんが作ったピアノだとは話を聞くまで思えませんでした。

この日、ピアノの上に飾られていた斎藤紀久子氏の「紀久子の墨彩画展」の一枚が「山鹿のお宝」と題された作品でした。
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