とりあえず行けるとこまで〜Ryoji Harada〜

2016年4月5日よりバンコクin、兄のいるセネガルのダカールを目印に、飽きるまで。
只の旅の記録。

このブログは僕のオナニーでしあわせ

2017-03-20 15:34:22 | 日記
雪が降ることもなくなり、外に出ればこれまでとは違う方向から風が吹いてきて、太陽がいつもより強くじりじりと肌を焦がす。

道端に倒れていたカモシカは気づけば土に還り、雪に埋もれていた川は水量を増やしながら流れる。

長野県に来て3ヶ月が経とうとしていて、
僕はなぜか今サルサソースとチリコンカン(のようなもの)を作り、1人で「ううう…ンマイ!」と唸っている。


そう、どうでも良いぜ、
サルサソースとチリコンカン!
が、個人的には無理にでもご馳走したい出来なので、もしよろしければナントカチップス持参のうえ白馬までおいでなすってください。

今日は本当に暖かくて、久々に半袖のTシャツを着て足はギョサンを履き外に出たのだが、やはり調子に乗ってはいけない、寒さのあまり足の感覚が変になった。



家に帰ってきて、ふと通帳に目がいったので中を見たら預金残高が4000円だった。
お金を返す以外に通帳のお金を使うことはほとんどない。

食費は頻繁に余った食材をいただいているのでそれを消費していれば自ずと空腹は凌げるし、仕事に必要な道具は、先輩方のお古でまかない切れる、他にお金を使う用事は、特にない。

ちょっと前まではお金が無いと生きていくことができないと思っていたが、それは嘘なのではないだろうかと思うようになった。

つまるところ、なんでもかんでも無いと思うから無いのであって、あると思えばなんでもあるのだと思う。

先日蔦屋書店に行った時に、売れてる本ランキングをみていたら「〇〇になる秘訣!」とか「〇〇が簡単に手に入る!」みたいな本が多かった。

僕は本のタイトルに「お前にはこれが足りてない(だから幸せじゃない)、なんとかしろ!」みたいに言われている気がして、「余計なお世話だぜ!」ということを思った。

自分が幸せになりたいのかは未だによくわからないのだけれど、幸せっていうのは「彼方にあって目指すもの」ではなくて、「既にそこにあるもの」なのではないだろうか。

「幸せになれ」というと、まるで今は幸せじゃないみたいになってしまうから、「もうね、ぶっちゃけ今が既にしあわせ」と言えるものを今の中に探した方がいいような気がしている。

太陽の陽気が気持ちよくって幸せ、
春が来て幸せ、
チリコンカンが思ったより美味しくできて幸せ、
よくわからないけれど大好きな友達が笑ってて幸せ、、、

世の中に蔓延している(ような気がしている)「お前は幸せじゃない」という言葉に惑わされてはいけない。

今の時点で探せば何かしらあるのだと思う。

「それでも幸せなんて探してもどこにも無いぜ!」

という方がいたら、長野に来てください。
僕も一緒に探します。

※ちなみに長野に仕事もあります。
※4月前半は関東、中部に出没します。

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