とりあえず行けるとこまで〜Ryoji Harada〜

2016年4月5日よりバンコクin、兄のいるセネガルのダカールを目印に、飽きるまで。
只の旅の記録。

【ハンピ】別に愛し合わなくていいし、旅に出なくてもいい

2016-10-18 10:10:50 | 日記


ハンピの町(というか村?)に着いた。
インド南西部に位置するハンピは数々の変な岩が積み重なっていたり、家みたいな感覚でそこら辺に古い寺院なんかが点在している。

昼は日差しが強く、夜は厚めの布をかけて寝ないと寒くて起きてしまう程に気温が下がる。
空気は乾燥していて、川が流れている。

物価はこれまで訪れた町よりも少しだけ高く、
民家の前にはチョークのようなもので守護紋章のような模様を描いているのをよく見かける。



宿にパウロコエーリョの「アルケミスト」が置いてあったので、昼間は日陰でそれを読み耽り、飽きたらギターを弾いて、さらに飽きたら散歩に出かける。



3ヶ月間ほど恩恵に預かっていたベンガル語が通じる事もなくなり、人々の会話の内容が全くわからない事に新鮮味を覚えた。

プリーでの出来事が、自分の中で加速度的に薄れている。
旅をするのに、つまり、新しい事に慣れる為には過去の思い出はなかなかとっておけない。

それでいいのだ、と思う。

新しい事を入れるのに古いものを全部取っておく事なんて出来ない。
身に付けたものや執着はできるだけ取り外しておきたい。身軽な状態でないと、どうしても瞬発力は薄れてしまうのだと思う。

薄情だな、と思う事もある。
けど、その薄情すら自分で選んでいるんでしょうよ。と思い直す。

「旅に出よう」なんて言葉をよく見たり聞いたりするけれども、旅をするというのはある意味薄情なことで、決してみんながみんなする必要はないのだと思う。

旅人は、旅をやめないと同じ人や場所に愛を注ぎ続けることは出来ないのだと思う。

忘れることが苦手な人にとって、旅は辛いものになるのだろうな。優しい人ほど旅は不向きだと思った。

旅人は、愛することは得意だけれども、愛されるのは苦手なのかもしれない。
愛されるのは嬉しい、しかしそれは後ろ髪を引かれ、次なる行動を鈍らせる。

「愛し合う」という言葉は何も全員にとって必要なものでは無くって。一方通行でいい人だっているのだと思う。

一方通行な愛情を愛せる人にだけできるだけ注ぎ込んで、あとはそそくさと立ち去る。

心や身体が重くなってきたらその場所を離れる。

もしそれでも心の中に残ったものがあったなら、
それはきっとその人の宝物だから取っておけばいいのだと思う。

これだと気楽で良い、すごく良い。
僕はきっと一つの場所に居ることが苦手で、
それは出会ってきた一つ一つを心に溜めておくとすぐに心の容量が一杯になってしまうからなんだろうなと、そんなことを思っていた。

移動を繰り返すことで、余計なものを捨てる。
そういうやり方でしか、身の周りの整理が出来ないのだろうなと、
そんなことを考えるくらいには、
ハンピでは特にすることが無いし、
特にする予定も無い。

離れたくなったら勝手に身体が動くのだろうから、それまではここにいようと思う。











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