とりあえず行けるとこまで〜Ryoji Harada〜

2016年4月5日よりバンコクin、兄のいるセネガルのダカールを目印に、飽きるまで。
只の旅の記録。

【プリー〜ブバネーシュワル〜ハンピ】アディショナルタイム2分ね

2016-10-15 23:56:08 | 日記
約3ヶ月ほど滞在したプリーを離れ、今乗っている列車でブバネーシュワルという駅まで行き、そこで別の列車に乗り換えハンピという町に向かっている。



前回記事にも書いたのだが、
プリーでは本当にいろいろあった、
「一体俺は何をしているんだ」と思った事も一度や二度ではなかったと思う。
それでも最後には「どいつもこいつも愛してるぜ!」と叫びたくなるような喜びが待っていたし、本当にここに来てよかったと思った。

思ったことを適当に箇条書きします。

1.おちゃらけアロク

プリー最終日、お世話になったヨガの先生達に挨拶に行った。

朝、股割りを試みてたら腰をグイグイ押されて股関節をバキバキ鳴らすというアメリカでいったら訴訟クラスの荒っぽい方法で股割りを達成させてくれた先生、アロクに会いに行った。

たまたま身体を浄化する講義をしていたので参加させてもらったところ、大量の塩水を飲み込み、それから喉に手を突っ込んで飲み込んだ水をすべて吐くという、はたから見たら狂気の沙汰でしかないような浄化方法を行っていたので、純粋な興味からやらせてもらった。

塩水をオエオエ吐いている時は「こんなの絶対身体に悪いだろ!」と思っていたが、終わってみるとすこぶる気持ちがスッキリしていた。
はたから見たら狂気の沙汰でも、何かしら理由があるのだと、そんなところに僕の新しい「ワーオ!」は隠れているのだと改めて実感した瞬間だった。

アロクとは毎朝練習中こっそり(?)2人で変顔で遊んだ仲で、僕がどんな精神状態の時もアロクに変顔を投げかけると、安定の変顔が返ってきた。
はたから見たらコレも「ただの変なヤツら」なのだがそれが僕の救いとなったことは何度もあって、笑うことのパワーを改めて教えてくれた先生である。

…たまに、「笑ってる場合かよ!」と思ったこともあったけどね。



2.ボスルチカ

夕方、僕と同年代、そして女性にして僕が受けていたクラスのボス的な役割を担っていたルチカという先生に挨拶に行った。

彼女は主に座学を受け持っており、その知識量は半端じゃない。
一方ポーズ、身体能力はどうかといえば、これがまた笑ってしまうくらいからっきしで「ヨガはポーズだけじゃない」というのを身をもって教えているようにも見えた。

はじめの頃、座学の時間を受ける僕は何度も「本当にこの人は何を言っているんだ?」と思いまくっていた。
話を理解できず、さらには「あなた、英語の文法間違ってるわよ」なんて、英語力の拙さまで指摘してくるもんだから、僕は結構な確率で座学の時間機嫌が悪かった。

それでもブレずに何度も何度も同じ話をしてくるものだから、僕は「もうその話はわかったよ、山登りの話でたとえ話をしてたよね?」と言った時に気がついた。

「…おれ、話、理解してるんじゃない」

こうなっては僕の負けである。
よくよく考えたら新しい事を見つけるチャンスを自ら潰していたことに気がついた僕は、その後まあまあポジティブに話を聞くことにした。

わからないことはわからないままだったりしたが、最後には僕の凝り固まった考え方を壊して新しいものを流し込んでくれた彼女に、一つ提案をした。

「あなたの事をデストロイヤーと呼ばせてください」

「イヤよ」

「で、ですよね」


…ともあれ彼女はいい意味で僕のデストロイヤー(破壊者)であった。



3.寝坊のプラカーシュ

最後に、夕方から夜にかけてのクラスを担当しているプラカーシュという先生に挨拶に行った。

基本的に午前10時とか、夕方4時半に登場するのでその時は問題がないのだが、たまにイレギュラーで朝6時半とかに担当することがあるのだが、
ことあるごとに寝坊してくるのが彼である。

時間になっても来ないと僕は彼に電話をする。

「…ハロー」

「ハロー、プラカーシュ今どこ?」

「…マイホームだ」

「そうか…あと何分で来るんだ?」

「5分で行く」

「うん、まぁ5分はキツいでしょうよ、無理をするなプラカーシュ……アディショナルタイム2分な!7分で来い!」

「10分」

「7分」

「…オーケー」

こんなやりとりも、今では、もう、なつかしい、思い出です!(思い出です!)※卒業式風

時々、倒立をなんの補助もなしに突然「ヤッテ」とか言いだす鬼コーチぶりを発揮する彼であるが、基本的に物静かで優しくて、熱い男だった。

最後の講義の後、握手して抱き合ったら涙がこぼれそうになったくらいには、僕は彼のことが大好きだ。

「毎日練習すればできる」が口癖で、
冗談まじりに「そんなん出来るわけあるか!」と言いまくったポーズも幾つかできるようになった。

できないことができるようになると単純に嬉しい、原始的な喜びに直結しているような気さえする。

そんな喜びを思い出させてくれた愛すべき師であり、友達だった。



4.もし可能ならそのままでいてくれないだろうか

プリーを出る直前、ご飯を食べたり酒を飲んだりしながら日本人の方々が一緒に話をしてくれた。

様々な人がいる、自分を変えたかったり、ある程度自分の行く道を定めていたり、異性が好きだったり嫌いだったり、海が好きだったり山が好きだったり、酒が好きだったり嫌いだったり、結婚していたりしていなかったり、コンプレックスを抱えていたり、最近そこから抜け出したところだったり本当に様々な人がいる。

どんな人がいても良い、その時話をした人たち全員に対して、「よくぞ、その状態で生きていてくれた!」と思った。

正反対の性格だからどうとか、今幸せか不幸せかなんてその時は結構どうでも良く思っていて、
きっとその人がその人なりに精一杯命を輝かせてきた結果が今のあなたなんでしょうから、僕はきっとそのままのあなたに会いたかったのだと思うし、だからこそ僕らはここにいるんでしょうよ、と思った。

変わるなと思っている訳ではなくって
無理して何者かになるくらいなら、そのままで行って欲しいと勝手に思っているだけで、実際はそれぞれ好きにすればいいのだと思う。

幸せも不幸せも、嬉しいも悲しいも、怒りも、悔しさも、気持ちよさも気持ち悪さも全部ぶら下げていたままで良い。

あなたがその生き方を選んで、だからこそここに来て僕と出会ったのならもうね、それだけでもういいよ。

正しさが欲しいのなら僕がいくらでも肯定してみせるから、お願いだからそのままでいてほしい。
きっとそんな姿が他の誰でもないあなたなのだから。

キングフィッシャーのビールで酩酊した僕の頭はひたすらそんな事を考えていた。

5.愛で溢れてんな

去り際に、お菓子、日本の味セット、手紙、ウエットティッシュ、メッセージ付き顔写真、そしてお気に入りの手ぬぐい、駅までのリキシャ代etc…思いもよらぬ贈り物を頂いた。



胸いっぱいになりながら、全部欲しかったので、もらう品々を凝視しながら全力でお礼を言いつつ、「世の中愛で溢れてんな!」と思った。

「どうかもらってやって!」という言葉まで頂いた時、心の中で「きっと、いや絶対に次に回しますからね!」と勝手に誓った。

誰かに何かをあげるよりも、もらう事の方が圧倒的に多い僕は、これまで貰ったものが多すぎてその人達に貰った優しさやものを返す事はとてもできそうもない。

それならば、その貰ったものを、優しさを、リレーのバトンみたいに次の人に回していったら楽しいのだろうなと思っている。

その優しさがぐるぐると世界をかけめぐればいい、想像しただけで嬉しくなってくる。

よぉーしやるぞー!
という気分だ。

そんな気分で電車に揺られていたらブバネーシュワルの駅に着いた。駅でヨガマットを引いて寝ていたら掃除のおじさんに叩き起こされた。

仕方ないので駅の外に出て空を見上げたら月がかなり丸くなっていた。



最高の気分だな。
今なら誰にだって優しくなれる気がするなぁ。
と、そんな事を思った。









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