あいおらいと

主に、お友達への連絡用でたまに、日々を綴ったり…していたはずが、いつのまにやら作品置き場になりつつあります。

くりすますなもうそう

2011-12-24 18:36:57 | もうそうはきだし中
歴史担当の教師は歴史資料館の学芸員と懇意にしており、歴史資料館の来館者数を伸ばすのに協力的で、運悪く企画展示室の展示物変更が考査の時期に重なると、それがテスト問題として出題される。
部活動をしている友人が先輩から聞いた情報だと教えてくれたとおり、今回の期末テストにはとんでもない問題が出題された。
『歴史資料館の企画展示室を見学して感想レポートを作成すること』
配点は五十点。締め切りはテスト休み明けの月曜日の放課後まで。期日厳守。
貴重なテスト休みがつぶれるのは痛い。だがそんな生徒の気持ちはちゃんと察しているらしく、休みの代償として、最低でも原稿用紙一枚分の感想さえ書いて提出すれば赤点を回避できるだけの点数は与えてくれる。仮に白紙で答案を提出しても、だ。
他の生徒にしてみれば面倒なことこの上ない課題でも、優子にしてみればとても楽しい課題だ。民族学に興味のある研一は館員と顔見知りになる程度には歴史資料館のことに詳しい。レポート作成の相談というもっともらしい口実でテスト休みにデートすることができるから。
研一の方も同じだったようで、一緒に行ってもいい?という優子の申し出を快く引き受けてくれた。
この課題のせいでいつもより若干賑わっている資料館を見学していると、女の子連れなのを珍しく思ったらしい顔見知りの館員が、頼みもしないのに案内役を買って出てくれる。ありがた迷惑な感は否めないが、資料館の見学レポート作成が本来の目的だ。デートの方はまた後で仕切り直すことにする。せっかくこうして案内をしてくれるのだからと事情を説明し件の教師が喜びそうな部分を重点的にレクチャーしてもらう。
学習室を使わせてくれるというのでそこでしばらく黙々とレポートをまとめていると、不意にがつりという鈍い音が響いた。
何事かと音のした方を見れば、先ほどまで優子の胸元にあったはずのペンダントのトップが机の上に落ちている。ペンダントトップが壊れていないのを確認し、それからこわごわと優子は首の周囲をなぞってかろうじて引っかかっていた鎖を手に取る。
「あらら。壊れちゃってる…。」
先ほどまで円を描いていた鎖は途中で切れて一本のロープになっていた。特別に思い入れがあって大事にしてきただけに、壊れてしまったのを見るのはちょっと切ない。
「お気に入りだった?」
すっかりしょげている優子におそるおそる研一は声をかける。不思議そうな目を向ける優子によく着けてたよね、と答えれば、優子は寂しげに笑ってみせた。
「うん。だって、研一さんにもらったんだもの。」
よく身につけているのを知っていたから相当気に入っているのは知っていたけれど、そんな返事が返ってくるとは思ってもみなかったので、研一は面喰らう。言われてよく見るとそれは確か、出会って初めての誕生日に研一が贈ったものだ。今以上に子供すぎて、好きだという気持ちをうまく表現できずにあれこれ思い悩んだ。そんな頃を懐かしく思うと同時に、今まで大切に使っていてくれたのがとても嬉しい。
何とか修理できないかとちょっと貸して、と優子から拝借すれば、鎖の途中が切れてしまっていた。これを修理するのは至難の業だ。
「チェーンの部分だけ変えられないかな?」
幸いにして鎖とトップが分離するタイプのペンダントだから、鎖だけ代えればまだまだ使える。そう思ったからこそ提案したのだが、優子の返事は意外にも重い。
「全部含めてお気に入りだったの。」
鎖だけ代えるというのは優子だって考えた。だけど、鎖もペンダントトップも全部まるごと大事に思っていたのは、それは研一が優子を想って一生懸命選んで贈ってくれたものだったからで。どんなに似たような鎖を探し出してきても、取り替えてしまえば全くの別物になってしまいそうで、ちょっと寂しい。
もう身につけることはできないけれど、アクセサリーボックスの中で大事に保管しておこう。
そう決めた直後、研一の口から思いがけない言葉が飛び出した。
「新しいの、プレゼントしてもいい?」
「い…いいわよ、気を遣わないで。」
「どうして?」
「…お誕生日にもらったのもあるから。」
交互に着けてたの、気づいてた?と訊かれて頷けば、満足げに口元をほころばせる。そんな優子につられて、研一も相好を崩す。一緒に出掛けるときによく身に着けていたから、きっと気に入ってくれたのだろうというくらいの認識しかなかったけれど、大切に使っていてくれることがわかってとても嬉しい。
折角だからまた何か贈りたいところだが、何でもない日の贈り物は気を遣わせるばかりで受け取ってもらえそうにない。遠慮することないのにという気はするが、逆の立場だったら自分だって似たようなことを言っているだろうからお互い様だ。幸いなことに時期がいいので、そちらに便乗することにする。
「折角のクリスマスなんだけどな。」
付き合うようになって初めてのクリスマスだから、それなりに張り切りたい気持ちはある。そんな気持ちも含めて軽くすねてみせれば、何となく察してくれたらしい。
「そういうことなら…リクエストしてもいい?」
「何?」
「…同じ色のイヤリング、とか。」
「かしこまりました。」
男子には敷居の高い場所に赴かせることに気が引けるのか、優子は遠慮がちに言葉を紡ぐ。そんな優子がかわいくて、加えてちょっと緊張気味な様子をほぐしたくて研一が軽くおどけてみせれば、優子は一瞬きょとんとした後に、ふわりと笑みをこぼす。その笑顔に見惚れていると、思いがけない言葉が優子の口から飛び出した。
「研一さんは、何か欲しいものある?」
研一も何を贈ろうか迷っていたのだからその逆もありうる話だ。けれど咄嗟に思いついたのはノートだとか雑誌だとかわざわざ優子の手を煩わせる必要のない物ばかりだ。敢えて優子にねだりたいものがないわけではないけれど、とても口に出して言える段階じゃない。
『貴女のすべてをまるごと僕にください。』
春先に付き合いはじめて季節を三つ通り越して、近頃だいぶ恋人らしい関係になってきたと思う。前に勢い余って彼女の頬に触れたことがあったけれど、あの時の彼女の狼狽ぶりは半端じゃなかった。だから今はまだ、一緒にいることが楽しくてそばにいるだけで安らげる、その距離を大切にしようと決めたのだ。下手に艶めいた話を切り出したりて、培ってきたこの優しい時間を崩すのは非常に忍びない。たとえ冗談めかして言ったところで、あれこれ思い悩んで余計な心労をかけてしまうだけだろう。
「ごめん。三日待って。三日以内に結論を出すから。」


逆のパターンは考えていなかったらしい。
クリスマスに何が欲しいか研一に尋ねれば、一瞬驚いた後に狼狽してもごもごと口ごもる。急すぎてその場では何も思いつけず、返事は保留されてしまった。三日以内に結論を出すからという条件付きで。
これが初めての男女交際で、なおかつ身内の男性と言えば父くらいのものだから、特別な日の男子へのプレゼントはどんなものがいいのか見当もつかない。学校の男子がよくたむろしているのを見る店は優子にはちょっと敷居が高く、リサーチもままならなかったから、これ幸いと研一に何が欲しいのか尋ねてみたのだけれど。
その期限の三日は今日だ。昼休みに入り、残された時間はあと半日を切ってしまったというのに、まだ返事はもらえていない。おそらく、優子に気を遣って優子でも入れそうな店にあるものを一生懸命考えているのだろう。研一だって優子のために男子には難易度の高い店に行くのだから、優子だって研一のためにそれくらいのことはしたいと思っているのに、そんな気持ちはなかなか伝わりそうにない。
暇つぶしに手元にあった友人に押し付けられるようにして借りた編み物の本をめくってみる。これを貸してくれた友人は、付き合って初めてのクリスマスなんだから…と言っていたけれど、手作りの品は人によっては重く感じるらしいから、リクエストでもされない限り贈ることはできないと思う。勢いで感情のままに行動出来た子どもの頃に贈ったマフラーを使っているところを見たことがないから。
「こういうの、いいんじゃない?」
ぼんやりと頁をめくっていると、不意にこの本の持ち主とその友人たちが話しかけてくる。確かにデザインはかわいい。作り方の頁を見れば、そこまで難しい代物ではなさそうだ。自分のために作るなら楽しく作れるけれど、研一に贈るとなるとちょっと考えてしまう。
「ねえ、原川はどう思う?」
優子の葛藤をよそに盛り上がっていた友人たちは、よりにもよって研一に話を振った。
「何が?」
「クリスマスに手編みのプレゼントはあり?なし?」
「ありじゃないかな。…相手によるけど。」
好きな人からなら嬉しい。自分の感性に合っていれば、という条件は付くが。身内からならありがたく戴く。円滑な親戚付き合いを保つためにも。けれど何とも思っていない相手からもらうのは、ちょっと引いてしまうし、何よりどう取り扱っていいか判断が付きかねるから辞退したい。そんな一般的な感想を述べたつもりが、惚気ととられて優子と二人、散々つつかれた。弁解すればするほど泥沼に入り、つつかれるだけつつかれているうちに、午後の授業の時間になってしまった。
「今日が約束の三日目なんだけど、まだ決まらない?」
あっという間に一日の授業は終わってしまい、二人並んで仲良く帰る。学校を出て少ししたところで思い切って優子は切り出してみる。今日という日が終わるまで、まだもう少し時間はある。電話やメールという手段もあるけれど、それではニュアンスが伝わらないこともあるから、できれば直に答えを聞いて、細かいところまで確認しておきたい。
「…優子さんお手製のマフラーとか手袋とか帽子とかがいいです。」
「お昼休みの話、引きずってる?無理しなくていいのよ??」
あの場にいた友人たちに惚気と散々からかわれた挙句、今年の冬は手作りのプレゼントで決まりよね、なんて勝手に結論付けられた。それを真に受けて選択を狭めることにしたなら、優子としてはとても申し訳ない。
「そうじゃなくて。いろいろ考えたんだけど、数学のノートがもうちょっとで終わりそうとか、いつも立ち読みで済ませてる雑誌が今月号面白そうな特集してたとか、実用的すぎてこれはどうなんだろう、ってものばかりしか思いつかなくて。」
まめまめしきものはまさかりなむって言うしね。先日の古典の授業を引き合いにして研一はおどけて見せる。確かに、ペンダントのお返しがノートや雑誌というのは雰囲気に欠ける。でもどうしてそこで優子の手編みの品になるのだろうか。市販の物でも充分…むしろ市販品の方が見た目も出来栄えも良いというのに。
「じゃあ、マフラーにするね。」
やった、と本当に嬉しそうに言うので張り切って作ろうと思う。でも、どうにも解せない。たまたま遭遇しなかっただけかもしれないが、昔贈ったマフラーを使っているのはついぞ見たことがない。
「でも、一つだけ確認。その…何年か前に贈ったマフラーとか、どうしてる?」
「大切に保管してるけど?」
どうしてそんなことを聞くのかわからない、と首を傾げるので、使ったのを見たことがなかったからと答えれば合点がいったらしい。
「汚したくなかったから本当に寒い日だけしか使わないようにしてた。」
汚したなら洗えばいいだけだが、洗面所で慣れない洗濯をしている場面を運悪く、しかも一番見つかりたくなかった叔母・玉子に見つかり、大げさなまでに冷やかされたのはとても苦い思い出だ。そういうことがあったのなら、使っているのを見たことがないのも無理はない。しかし、今年も手編みの品を贈ったりなんかしても大丈夫なんだろうか。危惧した優子がやはり別の物をと言うのを研一は制する。
「付き合うようになったことは気付いてるみたいだし、多分…親にも話しちゃったっぽいんだよね。だから、もう開き直ることにした。」
いつまでも子供扱いされるのは癪だし、下手に隠そうとするからこそからかわれるのだ。何も疚しいことはしていないのだから、堂々としてればいい。研一にしては珍しくむきになって言うので、今まで相当からかわれたということは優子にも察せられる。事情が事業なだけに強制はできないが、身につけるものを贈る以上、やはり使っているところは見てみたいから、遠慮がちに提案はしておく。
「がんばって作るから、できれば使ってね?」


折角のクリスマスだから降雪を期待したのに、残念ながら雲一つない青空が広がっていた。でもこれはこれで悪くない。
クリスマスと冬休みが重なって平日にしては少しごった返している街の中を散策し、特別な日だから特別なことをしようとティールームへ行ってクリスマス限定メニューを頼んだりして、少しだけいつもと違うデートを楽しんでみる。
日がな一日一緒に過ごし、帰りがけにプレゼントを交換しようと近くの公園に立ち寄ったりなんかしてみたけれど、冬休みの公園はいつも以上に子供たちが走り回っていて落ち着いて話ができそうにない。結局、神社という今日に限ってはいささか場違いなところに足を踏み入れる。
石製の長椅子に腰を下ろし、一息ついたところで研一からメリークリスマス、と綺麗にラッピングされた小箱を渡され、優子は顔を綻ばせる。開けるとリクエスト通り綺麗な色の、優子好みのイヤリングが静かに光っている。
「どう、かな?」
「うん。似合ってるよ。」
折角だからと身に着けてみて、知り合いに聞かれればからかわれること必至の会話をしばし交わした後、お返しにメリークリスマスと言いながら、優子は研一の首元にマフラーを巻きつけ、普段歳の離れた妹にやっているように、ぽんぽんと軽く肩を祓われる。
「これで寒くないと思うけど…どう?」
「うん。温かいよ。」
丁寧に編まれたそれは見た目よりも軽く、何より温かかった。改めて礼を述べれば良かったと言って優子は研一の頭を撫でた。それこそいつも妹にやっているように。優子にしてみれば無意識の行動だったし、研一も姉に生まれたことで身に付いた姉気質ともいうべきものがそうさせたのだろうと察しはしたものの、優子の妹と同じレベルの扱いは少し面白くない。研一は優子の弟ではなく、彼氏なのだから。
「研一さん?」
肩に手を置いた研一に、いたずら盛りの子犬のように無邪気な目を向けて優子は首を傾げてみせる。そんな仕草がかわいらしくて愛おしい。だから、僅かに残っていた躊躇いは横に置いて、壊れないように細心の注意を払いながらそっと唇を重ねてみる。
ほんの一瞬触れた後に優子を見ると、目が合った途端ぱっと口元を手で覆って研一に背を向ける。どうしようもないくらい赤くなった顔の火照りを抑えようとしているのか、しばらくするとぺちぺちと軽く自分の頬をはたき始める。感情のままに行動してしまったことを後悔するつもりはないけれど、ここまで動揺している様子を見ていると、研一の方も焦って気持ちが落ち着かない。
「やどり木でも探せばよかったかな。」
沈黙に耐えられずにそんな戯言を呟いてみれば、もう、研一さんってば、と振り向きざまに優子は軽く二の腕をぽかぽかと叩いてくる。少し落ち着かせようと研一がぎゅっと抱きしめれば、優子はもぞもぞと体を動かして勝手のいい位置を見つけると、ぎゅっと抱きしめ返してきた。
「驚かせてごめんね。」
落ち着いた頃を見計らって声をかければ、ようやく普通の状態に戻ったはずの頬にまたさっと赤みが走る。何を言ってもこれの繰り返しになりそうで、次にどんな言葉をかければいいのか迷っていると、腕の中で優子が小さく呟いた。
「何、優子さん、もう一度言って?」
聞き違いかと思って聞き返せば、優子はぱっと立ち上がって歩き始める。一拍遅れて慌てて研一も立ち上がり、小走りに優子の横に並ぶ。
「か…帰りましょ、あんまり遅くなると怒られちゃう。」
もっともらしい言い訳を口にしてざくざくと歩くのは、おそらく優子なりの照れ隠し。さっきの小さな呟きは、研一の聞き間違いなどではないのだろう。
ここから家までの距離はそう遠くはないので、帰途につけば一緒にいられる時間はあとわずかだ。その貴重な時間をこんなぎこちないままで終わらせるのはもったいなくて、研一が必死に頭を巡らせて話題を探していると、優子がそっと寄り添ってきて、もう一回しか言わないからねと前置きをした上で小さく言葉を紡いだ。
「あのね。とってもびっくりしたけど、嬉しかったよ。」
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