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馬の文献:義足手術(Evans. 1978)

2011-05-05 | 文献
「前肢の断脚術が行われたポニーの一症例」
Evans WE. Amputation of the forelimb in a pony mare. Vet Rec. 1978; 103(8): 159-160.

この症例論文では、左前肢の重篤な運動器疾患(Severe musculoskeletal disorder)に対して、断脚術(Amputation)を介しての外科的療法が応用された一頭のポニーにおける、治療成功例が報告されています。

患馬は、四歳齢のパロミノポニーの牝馬(体重:318-kg)で、左前肢の繋部における広範囲の外傷(Extensive pastern injury)と、それに起因する蜂窩織炎(Cellulitis)が左前肢の上腕部にまで達していました。患馬は、全身性の抗生物質療法(Systemic anti-microbial therapy)にも不応性(Refractory)で、複数の皮下膿瘍形成(Multiple subcutaneous abscess formation)が認められたことから、安楽死(Euthanasia)が検討されました。しかし、馬主が可能な限りの治療継続を希望したこと、患馬が三本肢での生活にうまく適応する様子を見せたこと、などの点を考慮して、救援療法(Salvage procedure)として左前肢の断脚術が選択されました。

断脚術では、全身麻酔下(Under general anesthesia)の右横臥位(Right lateral recumbency)において、手根関節上部の周回切開創(Encircling incision)によるアプローチが選択されました。その後、橈側手根伸筋(Extensor carpi radialis)、外側指伸筋(Lateral digital extensor)、橈側手根屈筋(Flexor carpi radialis)、尺側手根屈筋(Flexor carpi ulnaris)、浅指屈筋(Superficial digital flexor)の各筋肉がそれぞれ結紮(Ligation)され、橈骨動脈(Radial artery)や内側神経(Medial nerve)を始めとする脈管および神経の結紮が行われました。上腕部の筋肉は、橈骨栄養孔(Nutrient foramen of radius)の高さで切断&結紮され、この位置での橈骨骨切術(Radial ostectomy)が実施されました。そして、この橈骨の断端を覆うように筋肉郡を縫合連結してから、断脚端(Amputated stump)が縫合閉鎖されました。

患馬は麻酔覚醒(Anesthesia recovery)に際して、なかなか起き上がれず、もがく過程でバンテージが外れてしまい、術後の18時間後にようやく立ち上がった後にも、起立し続けるのが困難である様子が観察されました。翌日から、患馬は放牧場で飼養され、手術から二週間目に縫合糸が除去されましたが、その後も横たわって過ごす時間が多く、数箇所の褥瘡(Pressure sore)の発症が認められました。患馬は、三本肢での生活に良く順応(Adaptation)して、右肩筋肉郡の機能性過形成(Functional hypertrophy of right shoulder muscles)を示しましたが、左前肢を動かすたびに橈骨の断端が筋層下に膨隆(Protrusion)することを繰り返すため、断脚端の治癒には半年以上の長期間を要したことが報告されています。

手術の翌年には、患馬は悪天候が続いた事情で、一時的に舎飼い環境に移されましたが、狭い馬房内ではうまく起き上がれない場合が多かったことが報告されています。この年には、患馬は繁殖に使用されましたが、体重増加に伴って徐々に歩行が困難になってゆきました。そして、その翌年の出産数ヶ月前に、放牧場で立ち上がれなくなり、流産(Abortion)しているところを発見されたため、残念ながら安楽死(Euthanasia)が選択されました。

この症例のように、手根もしくは足根部(Carpus/Tarsus)よりも近位側において断脚術が実施された場合には、患肢への義足(Limb prosthesis)の装着は困難であるため、術後に患馬は三本肢での生活を余儀なくされます。このため、負重性蹄葉炎(Support laminitis)などの対側肢の合併症(Contralateral limb complication)を起こす危険が高いと考えられており、また、この症例報告で示されているように、体重増加やストレスにつながる、繁殖馬としての飼養は推奨されないと考えられました。

この研究では、患馬は三本肢での生活にうまく順応して、一日のうち寝そべっている時間を多く取ったり、三本肢に適応した起立姿勢を学んだことが報告されています。この患馬の断脚術では、橈骨の断端を筋肉層で覆ってから皮膚縫合する工夫がなされましたが、術後には皮下で骨の断端が動くため、術部の治癒に長期間を要しました。このため、もし断脚術が肘関節(Elbow joint)の高さで実施されていれば、より早期の術創治癒が期待される、という考察がなされています。しかし患馬は、断脚された患肢を振り動かすようにして、馬体のバランスを保つ動作を学習したことが報告されており、この意味では、上腕部の断脚端を出来るだけ長く残すことで、患馬は三本肢での生活により適切に対応できるようになる、という仮説もなされています。

この研究の患馬は、手術前および術後ともに、三本肢で動き回ることを学ぶという賢さ(Intelligence)を見せていましたが、それでも麻酔覚醒時には、スムーズに起立できなかったことが報告されており、断脚術の際には、吊起帯(Sling)やプールなどを用いての起立支持を実施するべきであることが再確認されました。また、三本肢での生活に慣れた後でも、狭い馬房内での寝起きは不自由であったことから、手根&足根部よりも近位側での断脚術が実施された場合には、放牧地もしくは極めて広い馬房で飼養する必要があると考察されています。

Photo courtesy of Vet Rec. 1978; 103: 159.

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4 コメント

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Unknown (ナノ花。)
2011-05-06 10:25:58
こんな状態でも 繁殖に使われてしまうのですね。

脚への負担が重すぎる!と、素人さえ、端から思うのですが。 

馬はいつも同じ向きからしか起き上がれないから、クラブの元気な馬でさえ、時々、馬房の壁際でジタバタして起き上がれず、人にロープで助けてもらっていますものね。 
Unknown (ふうた)
2011-05-06 17:06:25
こんにちは。
いつも楽しく拝見しております。

馬に断脚を行うとは、考えたこともありませんでした。日本では適用例はあるのでしょうか?数年前、動物園のキリンが骨折したため断脚し義足を履かせたというニュースが話題になりましたね。予後は不良だったように記憶しています。キリンは馬以上に体重があるでしょうし、本来野生動物ですから馴化や人の介助も難しかったのかもしれません。

全身麻酔が行える施設が必要ですし、プールや吊起帯、費用面、人手がかかる、いろいろと条件は厳しいですが、義足で走り回っている馬の動画などを見ると、国内の馬に対してもこのような充実した獣医療が展開されることを望みます。私も獣医の卵の端くれとして、何か貢献したいと考えています。

これからもこちらのブログにて勉強させて頂きたく思います。
Unknown (Rowdy Pony)
2011-05-07 03:23:46
ナノ花さま
コメントありがとうございました。
確かに三本肢で生活している馬を、繁殖に使うべきか否かは、判断の難しいところかもしれません。
ただ、この症例報告の馬は、体重の軽いポニーでしたので、妊娠後期でも肢への負担は軽いと予測されたのかもしれません。
Unknown (Rowdy Pony)
2011-05-07 03:24:19
ふうた様
コメントありがとうございました。
私は米国に住んでいますので、日本の馬獣医学に関する知見は少ないのですが、日本で馬に義足手術をした例は、まだ無いのではないかと思います。
しかし、手術の方法や、義足の作成および装着そのものは、それほど難しいものではありませんので、日本でも設備と人員が整っているところであれば、義足手術を行うことは可能だと思います。
ただ日本では、サラブレッド種の占める割合が高いので、義足手術を適応できそうな大人しい性格の馬が少ないのかもしれません。

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