車に乗る前に、Kは「どこへいくの?」と聞いてきました。
私は「この間おじゃましたT子さんのとこへ、遊びに行ってみようよ」
と云いました(デイサービスとか、花みずきの家とかといった単語は、
使いませんでした)。
するとKは「行きたくない」と嫌がりました。
なんとか説得して、車に乗ってくれましたが、
今度はデイサービスの駐車場で、車から降りるのをためらいました。
私はインターホンで女性介護主任のT子さんを呼び、
表に出てきてもらいました。
T子さんが「おはようございます」と声をかけてくださいました。
KはT子さんを見て、こわばった顔をすこし和らげました。
T子さんに手を引かれ、行きたくないという顔をしながら、
部屋に入っていきました。私には、そんなふうに感じました。
そのことを、デイサービスの所長さんに話しました。
所長さんは、「奥さんが<どこへいくの?>と聞いてきたときは、
さりげなく<ちょっとドライブにでも行ってみよう>、
そして<近くまで来たので、T子さんに会っていこう>など、
というぐらいの表現で話し、
<花みずきの家へ行こうとか、デイサービスへ行こう>
というような云い方は、しないほうがいいのではないかと思います。
行き先を明確に云ってしまうと、奥さんは
<どうやって行くのだろうか?>
<どんなところで、何をするのだろうか?>
<帰りは誰が来てくれるのだろう?>などで、
頭の中が混乱し、不安になるので、奥さんとしては、一番簡単な
<行きたくない>
という答えを選んでしまうことになってしますのです」
とお話しになりました。
この日Kは、わが家において朝から「悪いから、行くね(=帰りたい)」
の行動障害を起こしていて、Kの気持ちも不安定な状態を引きずっていました。
そこへKにとって、きょうが3度目のデイサービス利用であったので、
場所や人の面でもまだ経験時間が少なく、慣れていないことも、
混乱と不安の原因になっているのではと思います。
慣れてくれば、必ず喜んでいってくれるものと信じています。
そんなこともあって、この日私は家に戻らずに、結局Kと付き合って、
デイサービスで一緒に過ごすことになりました。
Kはすることがなく、
しきりに私の顔を見ていたので、予定帰宅時間より少し早めに
退出することにしました。
しかし、これではデイサービスの意味のひとつである
Kが私と別の場所で別の人と接することでの、適度な刺激がもてなくなるので、
これからは、Kを預けたら心を鬼にして、後ろを振り向かず、
できれば姿を見られないようにして、家に戻るべきであると思います。
デイサービスの船出は、少し手間取っていますが、
「大丈夫!」と云っていただいております。
信じて続けていこうと思います。
私は「この間おじゃましたT子さんのとこへ、遊びに行ってみようよ」
と云いました(デイサービスとか、花みずきの家とかといった単語は、
使いませんでした)。
するとKは「行きたくない」と嫌がりました。
なんとか説得して、車に乗ってくれましたが、
今度はデイサービスの駐車場で、車から降りるのをためらいました。
私はインターホンで女性介護主任のT子さんを呼び、
表に出てきてもらいました。
T子さんが「おはようございます」と声をかけてくださいました。
KはT子さんを見て、こわばった顔をすこし和らげました。
T子さんに手を引かれ、行きたくないという顔をしながら、
部屋に入っていきました。私には、そんなふうに感じました。
そのことを、デイサービスの所長さんに話しました。
所長さんは、「奥さんが<どこへいくの?>と聞いてきたときは、
さりげなく<ちょっとドライブにでも行ってみよう>、
そして<近くまで来たので、T子さんに会っていこう>など、
というぐらいの表現で話し、
<花みずきの家へ行こうとか、デイサービスへ行こう>
というような云い方は、しないほうがいいのではないかと思います。
行き先を明確に云ってしまうと、奥さんは
<どうやって行くのだろうか?>
<どんなところで、何をするのだろうか?>
<帰りは誰が来てくれるのだろう?>などで、
頭の中が混乱し、不安になるので、奥さんとしては、一番簡単な
<行きたくない>
という答えを選んでしまうことになってしますのです」
とお話しになりました。
この日Kは、わが家において朝から「悪いから、行くね(=帰りたい)」
の行動障害を起こしていて、Kの気持ちも不安定な状態を引きずっていました。
そこへKにとって、きょうが3度目のデイサービス利用であったので、
場所や人の面でもまだ経験時間が少なく、慣れていないことも、
混乱と不安の原因になっているのではと思います。
慣れてくれば、必ず喜んでいってくれるものと信じています。
そんなこともあって、この日私は家に戻らずに、結局Kと付き合って、
デイサービスで一緒に過ごすことになりました。
Kはすることがなく、
しきりに私の顔を見ていたので、予定帰宅時間より少し早めに
退出することにしました。
しかし、これではデイサービスの意味のひとつである
Kが私と別の場所で別の人と接することでの、適度な刺激がもてなくなるので、
これからは、Kを預けたら心を鬼にして、後ろを振り向かず、
できれば姿を見られないようにして、家に戻るべきであると思います。
デイサービスの船出は、少し手間取っていますが、
「大丈夫!」と云っていただいております。
信じて続けていこうと思います。
前回も書きましたが奥様デイになれるまでには少し時間がかかると思いますが大変でしょうけれど辛抱して根気よくです。
デイのスタッフのみなさんと顔なじみになるのが一番だと思います。
幼稚園に子供が慣れて通うようになるのと一緒と言われました。
早速のコメント、ありがとうございます。
デイのスタッフの中に、女性の介護主任さんが
Kの担当として、ケアしてくださっています。
彼女の顔を見ると、Kの顔も和むようになりました。
幼稚園に子供が慣れて通うようになるのと一緒
なのですね。根気よくやってみます。
Kさまの不安のことは分かりませんが
心情的に思うことは
「ひとりになることが不安」
だと思います。
私は自宅で・・・何かをした時 するとき、
笙子さんの顔を見てしまいます。
つまり
これでいいのか?
という自信のなさが原因です。
啄木のように
じっと手をみる・・・
ではありませんが
じっと顔をみるのです。
こころが定まらない・・・からです。
なれる・・・という単純な言葉が当てはまるようです。
お大事にしてください。
水木さんが何かしたとき、するとき、
奥様の笙子さんの顔をご覧になる、
そのこと、私はよく分かります。
それは私にとっても安心です。
うちもデイの最初は大変でした。当時、足の不自由だった義父のリハビリもかねて施設を探し、ようやく通うことになったものの、最初の1ヶ月は「行きたくない」と門前払いをしたこともあります。
やっぱり、水木さんの言うように『慣れ』なのかもしれません。デイの中では若い義母は行ってしまえば(行ってしまえば、というのがポイントですが)まめまめしく動いているようです。行くまでは1年半たった今でも「どこに行くの?」と繰り返しますが、家にいると寝てばかりなので、無理やりにごまかして行かせてかせています。気持ちも明るくなって表に出るようになりましたよ。
長々とすみません。これからもよろしくお願いします。
早く慣れると良いですね。
何時も心配しておりました。
初めてのコメントですが此れで投稿して宜しいのでしょうか。お幸せをお祈りしております。