そっけない魚と、まるい葉っぱ。

おしゃべりが、とても下手なのです。

厄介なものを、エネルギーに…の夢。

2017年02月14日 00時50分40秒 | 日記
一昨年に歩いてきた鳥取の大雪を
テレビで見て、夫と話した。

「 雪が燃料になったらいいのに 」

あれだけのものが街に積もれば
生活は困難を極め、家を道を守るために
雪下ろしや、雪かきが 必要になる。
その最中の不慮の事故も、少なく無い。

雪がほとんど降らない土地からしたら
大変なことだと 、画面の向こうに思うだけで
現地の大変さは、共感できるものでは無い。

そのドカ雪たちが、気温が上がるにつれ
溶けてなくなるというのも
なんだかやるせない。
努力が跡形もなく、春になると消えるなんて。

だったら、雪を燃料に変える方法を
どなたか考えてくだされ。
苦労している土地に熱源を還元してほしい。

熱い方の熱でなくても
夏の冷媒の代わりになる、備蓄できるものが
雪から再生されるとなったら
不便なドカ雪も、少しは嬉しくないだろうか。

雪国の税金を安くしても、いいんじゃない?と思う一方で

雪ならではの、エネルギーが作られたら
その地の収入になるという。。。



で。雪の次は夏のツタ。蔦。雑草たち。

ゴミ箱ぐらいの入れ物にどんどん雑草を
投入して、コンセントをさしたら
雑草が分解されて発熱して、その熱を
備蓄できたら素敵!

「そしたら町中の雑草が、綺麗に抜かれてなくなるね」

「お庭に植えてある観葉たちも盗まれそう」

「 ダメかー ´д` ; 」


なんて、庶民の頭で とりとめのない
もしも話をしていたのでした。

代替エネルギーを、厄介なものたちから
作れないかなー と思いまして。_φ(・_・
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ホンマでっかの「焼肉、どっち」より

2017年02月02日 22時47分54秒 | 日記
焼肉屋さんで
焼き網いっぱいに肉を並べるのは私だ。

一枚ずつ焼いて食べたりしない。

それを最近、夫がし始め
すごく冷めた目で見てしまった。

たいがい、
焼ける前に肉を何度も触っている。
それだけで気分が不味くなる。

もっと言うなら
皿の上に生肉が鎮座している時間が
刻々と肉を不味くさせているようで
ならない。

焼き網の8割くらいを占める勢いで
肉や野菜を並べ

音を聞きながらひっくり返して
二枚いっぺんに口に運んだりする。

視覚的にも満足し
お口の容量にも満足し
さぁ、焼けたぞ、食べるぞーう!が
焼肉の醍醐味だと
わたしは思う。

お刺身は、一枚ずつ食べますが
やはり時間との勝負のような感覚があって
いつまでも常温に晒しておきたくは
無いのです。

ガサツなのでしょうかね。


昔は息子たちのお母ちゃんをしていたので
ダイナミックな料理を
どかーんと作って、
ばばーんと出して、
すっからかーんに平らげる

の繰り返しだった。

この
どかーん、ばばーん、すっからかーん

さらに
がっぽりとか、根こそぎとか、
隅から隅まで といった類の言葉が
私は 好きなのです。

だから小鉢いっぱいの料理より
大皿でテーブルを埋め尽くす派。

それをもぐもぐがっついてくれる
息子がいた食卓が
今になって思えば
私の飯作りのピークだったんだなと
思えます。

たとえ
1人焼肉に行ったとしても
やはり3、4枚は網に並べるのことでしょう…
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