そっけない魚と、まるい葉っぱ。

おしゃべりが、とても下手なのです。

リハビリは。身体と心、両方 元気になっていく。

2017年06月16日 14時11分09秒 | 日記
昨夜、久しぶりにカンブリア宮殿を見た。

渋谷の初台という大都会に、
大きなリハビリテーション病院を
開院させたドクターがスタジオにいらした。


この方は、若い頃
群馬で脳外科医をされていたそうで
脳腫瘍の患者さんの手術は成功したものの、
患者さんは寝たきりになってしまったという。

先輩医師が放った言葉は
「君が手術をしたのだから、この患者の人生を背負うのだな」

若かった石川医師は、頭が真っ白になったという。
なんという医師の世界 (+_+)



まだその時代、日本にはリハビリが
現在ほど浸透していなかったそうで、
脳卒中などで寝たきりになる患者が
たくさんいらしたとのこと。

石川医師は、リハビリテーション病院を
つくるために、奔走する。











脳外科医から、リハビリ医師に転向すると言ったら
ほかの医師たちからぼこぼこにされたという。

ぼこぼこ…? 
( 結構、イヤな世界ね )

リハビリは診療報酬点数が低すぎて、
スタッフを雇い、病院経営するためには
程遠く、ほかの医師たちが嫌がった。

( どこを向いているんだ )

最後は厚労省を動かした、石川医師。





私が乳がんの手術後に、
腕があがらなくなって、

担当医からは、再建が終わるまで
あまり大きく動かさないようという
指示もあり

気が付いた時には、90度しか
開かない状態だった。

病院によっては、入院中から
リハビリ体操を開くところもあるらしいが

私の入院した総合病院は
リハビリの り の字も
出て来なくて、

イラストが描かれた体操のコピーを
一枚、渡されただけだった。
それは乳腺外科からのもので、

腕を動かさないでと言ったのは
同じ病院内の、形成外科だった。
(乳房再建を担当した科です)

どうしたらいいのか、
わからないまま、退院して、
利き腕の不自由さに困り果てた。


自分で町のリハビリ病院に掛け合い、
理学療法士の手技のもと、
約半年間、腕のリハビリを受けた。

痛みもあった。
鏡に映して、自分の想像より
はるかに動きが不安定なのを見て
落ち込んだりもした。

でも理学療法士さんとの会話や
徐々に腕が開き始めた角度を聞き、
そのやりとりこそが
私の免疫力をあげてくれたんだと
思っている。



初台リハビリテーション病院の開院は
2002年だそうだ。
そんなに大昔の話では無い。


その病院の100人超のスタッフと
入院患者、通所患者たちのやりとりは
見ていて、とても温かなものだった。

作業療法士とか、言語療法士の
名前だけは知っていたが
作業療法士は、日常生活の訓練が
基礎になっていることを悟った。



生活に戻ることを前提に、
物干し竿の高さは
自宅のものと同じ高さに
設定されたり、



退院して、自宅に帰る患者の
自宅周辺を確認しに行くスタッフ!




病気になっても、障害を負っても
人間らしさを失わず

つまり笑顔で生活できるよう、
導き、訓練するのが
リハビリテーション。

復権。リカバリー。

そんな言葉が頭の中に
わいてきた。



PSWの勉強をしたときに、
リハビリの歴史のテキストを読んだはずだ。

精神疾患のある人の
リハビリ(社会復帰)は
まだ途上。

地域の、社会の受け皿も必要だけど
その前に、偏見を取り除かないと
戻ってこれない。



素晴らしい番組を見たのに、
最後は考え込んで、終わった夜。

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