日々是勉強

気軽に我流でワインを楽しんでみようかと。

『亀屋清永』製 「清浄歓喜団」

2014-08-28 17:29:10 | 和菓子

2014.8.28. Thu.

亀屋清永』製 「清浄歓喜団」

 

「時代を逆のぼり奈良時代、遣唐使が仏教の伝来と共に日本へ持ち込みました唐菓子の一種「団喜」でございます。
この清浄歓喜団なしに和菓子の話を語る事は出来ません。亀屋清永はこのお菓子を製造する唯一の和菓子屋でございます。
お味は、こしあんに「清め」の意味を持つ7種類のお香を練り込み米粉、小麦粉で作りました生地を金袋型に包み純正の胡麻油で二十分、揚げて作ったお菓子でございます。

略してお団と言い、遠く奈良時代、遣唐使により我国に伝えられた唐菓子の一種で、数多い京菓子の中で、千年の歴史を昔の姿そのまま、今なお保存されているものの一つであります。

唐菓子とは「からくだもの」と呼ばれ、仏教と共に我国へ伝わり、天台宗、真言宗などの密教のお供えもので、当時は、とても一般庶民は口にすることは出来ず、貴族のみに与えられたものであります。
七種の香を入れて包み、そのほのかな神秘な香は仏教で言う「清め」の意であり、八つの結びは八葉の蓮華をあらわし、形は金袋になぞらえ、たぎった上質の胡麻油で、揚げてあります。

伝来の当時は中身は栗、柿、あんず等の木の実を、かんぞう、あまづら等の薬草で味付けしたらしく、小豆餡を用いるようになつたのは徳川中期の後であります。

弊店はその秘法を比叡山の阿闍梨(あじゃり)より習つたと伝えられ、月の一日、十五日を中心に調製します。勿論精進潔斎の上調進することは昔も今も変わりはございません。
 
お召し上がりの際、もう一度軽く焼かれますと一段と香味がございます。」

 

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『老松』製 「晩柑」

2014-08-27 17:22:01 | 和菓子

2014.8.27. Wed.

『老松』製 「晩柑」

  

「夏柑糖」で有名な老松さんですが、今から20数年前、夏蜜柑がもっとも不作だった年に大陸の東側の暖流のあたるエリアの柑橘である夏蜜柑にもっとも近いグレープフルーツを使用して作られ、夏蜜柑の不作の年のみ作られたのが「晩柑」のはじまり。

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賀茂みたらし茶屋

2014-07-15 14:04:00 | 和菓子

2014.7.14. Mon.

下鴨さんにお参りしたついでに立ち寄る。 言わずもがなの老舗名物店。

住所: 京都市左京区下鴨宮崎町17

電話: 075-781-1460

時間: 9:30~20:00

LO: 19:30

定休日: 水曜日

「下鴨神社・糺の森のみたらし池に湧き出す水の泡を形取って作られたというみたらし団子は、ここが発祥の地。材料は最高のものを扱っていて、格別な味わいがあります。黒砂糖をベースにしたまろやかなたれの風味が柔らかな団子と溶け合って、三本くらいならあっという間に食べてしまえます。今や全国的に有名なお店であるのに、とっても良心的な値段なのがうれしい。リピーター続出なのも頷ける、貫禄の一品です。お団子の他にも、わらび餅やかき氷、おぜんざいなど、季節に応じたメニューも大人気です。」

 

 

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『なかにし』製 幻の絹

2013-06-09 18:52:14 | 和菓子

2013.6.9. Sun.

なかにし』製 幻の絹

こちらも頂き物。

住所 : 〒630-8337   奈良県奈良市脇戸町23 

営業時間 : 9:30〜18:00

定休日 : 不定休

電話&FAX : 0742-24-3048

近鉄奈良の駅中にも店舗があるよう。

噂に聞いていて、気になっていた奈良のお干菓子。 ネットで検索してみると、他にも四神のお菓子があったりで面白いお菓子がいっぱい。

   

 短冊に織物、「七夕」にぴったりですね。

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『花乃舎』製 夕涼

2013-06-09 14:57:05 | 和菓子

2013.6.9. Sun.

お洒落なお干菓子を頂く。

花乃舎』(はなのや)製 夕涼

 

本店  三重県桑名市南魚町八八

     電話 0594-22-1320
     FAX 0594-23-1320
     電子メール hananoya@bronze.ocn.ne.jp

名鉄百貨店にも出店されているよう。

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会津葵

2013-06-08 11:13:32 | 和菓子

福島の方に頂いた面白いお菓子。

会津葵

 

二種のお干菓子を頂くが特に「小法師」がなんとも楽しい。

お店のHPに「初市の十日市に並ぶ起き上がり小法師は会津三縁起の一つで、 家族の数より一つ多く買い求めて神棚に供えます。 縁起菓子小法師は小豆餡と白小豆黄身餡を用い、 石衣で包んで雪の情緒を表現しました。 」とある。 パンフレットにより詳しくあった。

「雪国会津は元日の初音売りで明けます。 続いて十日市に風車や小法師が並びます。 初音、風車、小法師を会津三縁起といい、小法師は家族の数より一つ多く買い求め神棚に供えて無病息災を祈ります。 縁起菓子起上り小法師は小豆餡と白小豆黄身餡を用い、 石衣で包んで雪の情緒を表現しました。」

打ち菓子「舞鶴」も会津の蒲生氏郷公の幼名鶴千代に因んだもので、鶴ヶ城本丸に移築復元された茶室「鱗閣」の茶室開きの記念菓子として使われたよう。

阿波産純和三盆糖に会津産特上の白蕎麦粉を配合し、 紅花より抽出した、 あでやかな本紅を用いた干菓子でございます。 千少庵に系譜を求める会津茶道の微かなる世界をご賞味下さい。」とある。

 蒲生氏郷  ~日野町HPより~

文禄四年(1595)、戦国の世を駆け抜けた一人の武将が40歳という若さで病に倒れ、この世を去りました。蒲生氏郷、その人です。彼は弘治2年(1556)、名門蒲生家の跡取りとして誕生。13歳の時、蒲生家の人質として織田信長のもとに送られました。これが彼の運命を決定づけることになったのです。14歳の氏郷は信長の部下として伊勢大河内城の戦に初参戦。大きな手柄を立てた氏郷に対し、信長は身柄開放と娘の冬姫との婚姻で報いました。
 日野に戻った後もさまざまな戦で自ら先頭に立って闘う強者ぶりを見せる一方、氏郷は信長のもとで学んだ城下町づくりの手法を取り入れ、領内の行政、経済の改革に着手。日野は大きな繁栄の時代を迎えました。そんな彼のもとに、信長絶命の悲報が届いたのは天正10年(1582)のこと。氏郷は信長一族を守るため、日野城に立てこもりました。しかし光秀の反乱は天王山の合戦であっけなく終結。秀吉の傘下に入ることを決めた氏郷は、反乱を企てた北畠氏と伊勢で激突。次々と敵城を攻略し、伊勢を平定しました。この功績により、氏郷は伊勢松が島城主として転封。さらに会津に移り、92万石の大名となりました。
 武道ばかりではなく、和歌をはじめ文化面にも造詣が深く、茶道において利休七哲の一人に数えられるほどの文化人。利休の子である少庵を保護し、千家茶道の再興に尽力したことは有名です。また「レオ」という洗礼名も持つ彼は、イタリア人宣教師を家臣に迎え、ローマヘ使節団を送ろうとしたほどの熱烈なキリスト教信者でもありました。
 400年という歳月をこえ、日野の人々の心に生き続けてきた蒲生氏郷、その魂は今も信楽院で静かにふるさと日野の姿を見守っています。

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『京華堂』製  「涛々(とうとう)」

2013-05-19 13:53:41 | 和菓子

 『京華堂 利保』製  「涛々(とうとう)」

    

官休庵お好みのお菓子。

大徳寺納豆をたっぷり練り込んだ餡を麩焼きでサンドしたもので、とても上品なお味の美味しいものでした。

気になったので調べてみました。

 HP

武者小路千家官休庵の利休堂には、「濤々(とうとう)」と書かれた額がかかっている。濤々とは、大波の音を表す文字で、茶の席で釜の湯が煮えるときの音「松風」を表現した高松藩松平候の揮毫であるという。この文字をそのまま名称に用いた銘菓「濤々」をつくっているのが、明治三十六年(一九〇三)創業の京華堂利保である。
「濤々」を創作したのは同店の二代目当主で、武者小路千家の十三世家元である有隣斎宗匠の助言をもとに完成させたとのこと。「濤々」という名称も、そのとき家元が命名したものである。上下二枚の麩焼き煎餅で、刻んだ大徳寺納豆を練り込んだ餡をはさんでおり、菓子の表には、白い渦巻模様が力強く一筆で描かれている。大徳寺納豆の独特の香味が、上質の餡の風味と見事に融合し、その妙味は他に比べるものがない。

創業◇明治36年(1903年)
商号◇京華堂利保
所在地◇京都市左京区二条通川端東入ル難波町
電話◇075-771-3406
ファクス◇075-761-8265
営業時間◇午前9時~午後6時
定休日◇日曜日・祝祭日・第3・4・5水曜日

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みやけ

2013-04-08 20:17:05 | 和菓子

2013.4.8. Mon.

みやけ  <旧鴻池邸表屋>

■住所: 〒631-0065 奈良市鳥見町1丁目5-1
■電話番号: 0742-51-3008
■営業時間: 10:00~18:00 (喫茶ラストオーダー17:00) (閉店の時間は季節によって異なります)
■定休日: 日曜日

定休日を利用して気になっていたお店を訪ねる。

住宅街の真ん中にひっそり佇む一軒家カフェ&菓子処。

「大阪市今橋にあった建物で1837年大塩平八郎の乱で焼失するもののその後再建されました。

その広さ、間口36間、奥行き20間、表屋造りの巨大な町屋建築であったと言われています。(1間は約1.8182メートル)

再建後は、江戸時代に豪商の住まいの様子を後世に伝え、戦後は大阪美術倶楽部の会館として使用されておりました。

しかし、1979年に大阪美術倶楽部の改築に際して表屋が撤去される事になりました。

歴史的建造物であることから保存を求める声が市民からあがったものの財政難を理由に拒否されます。

そこで三宅製餡株式会社の二代目社長 三宅一真が「なんとか船場のシンボルを残したい」とこれを引き取り、奈良市鳥見町の所有地に移したのです。」

先ずはお菓子を買って、カフェへ。

  

  

歴史ある建物の中で美味しい甘味を頂き、暫しタイム・スリップしたような一時を味わう。

 

  あんみつ(黒蜜) ¥550                    黒蜜きなこパフェ ¥750

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芦辺もなか

2013-01-23 23:34:09 | 和菓子

2012.1.23. Wed.

頂き物の和歌山のお菓子。 鶴屋忠彦製。

    

 

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花びら餅

2013-01-08 21:53:42 | 和菓子

2013.1.8. Tue.

やはりこれを頂かないとお正月の気分は出ません。

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