時の隙間で。。。

時事放談、徒然日記、映画ネタ

人権保護法案て何のためにあるの?

2005年03月22日 | そんなアナタに一言!
巷では、ネット社会の言論抑制やマスコミ操作など、政府の統制を取るためにとんでもない法案が可決されようとしていると、にわかにざわめいています。
ネットは、社会に埋もれた人々の声を表に出した一方で、一部の偏った考えの人の溜まり場をつくりました。この二部制の現実が頭の固い人々にとっては脅威と映ったのでしょうか。現に膨大な利用者を持つ某掲示板でも、言論の自由を無視し、社会主義の枠から外れないようにと、正しい考えをもつ意見を妨害しようとやっきになる人々がいることは誰でもが気づいていると思います。
私も勉強不足で、この人権保護法案が可決すると、どういうことになるのか真剣に勉強してみようと思います。
これはとても分かりやすく内容を知ることができるので一度行ってみてください。

http://nzm-gm.com/zinkenyoug.html

これは余談。
先日近所で徐行しながら運転していた車に、角からいきなり飛び出してきた自転車が追突してきた。こちらは徐行してしたのでもちろんブレーキで車は止まった。そこにぶつかってきたのだから、それほどの衝撃は無いはずなのに、ぶつかった青年は大げさに倒れた。私は何やってるの?とあきれたぐらい、こちらは冷静。
しかし、その青年の親が出てきて大騒ぎし、近所の連中がびっくりして、これまた大騒ぎし出し、救急車を呼んで警察を呼んで、まるで犯人扱い。なんだかまったくコチラが悪いということに周り中で推し進められた感じがした。
そして正しいはずの警察も、こちらの車が動いていたところにぶつかったといってゆずらない。出て来るのを見ないで前方ばかりを見ていたので前方不注意だとする。実際、あたりまえだろうと思う。そこは私道で道路標識も何もまったく無く、そこに道があることさえ気づかないで通っていたのだから。
相手の青年に聞いて互いの意見を尊重するでもなく、まったくこちらの過失ということになってしまった。治療費などを保険でまかなえるとしても、まったく不条理でしかたない…。おかげで、私は減点4点で、駐車違反も入れると、多分、免許停止処分がくだることだろう。毎日、車を使うのに、こんなことはありえない。ゴールド免許を信じて、安全運転を心がけてきたのに、こんな、ことってあるだろうか…
歩行者が悪くても、自動車が悪くなるという、その不条理。たまたまぶつかってきたのが自転車であって、これが自動車だったらこちらは大破するだろうと思うくらいのスピード出して、でも車に乗ってるのは同じ人間なのに、どうしてこんなに差別されるのか、理解できない。車は凶器だそうだから。
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セミナー 「メディアとのつきあい方学習セミナーin東京」

2005年03月13日 | ムフフ♪
3/26(土) メディア・リテラシー 教育セミナーのご案内です。教育関係者、その他の方も参加OKです。申し込みが迫っていますので、ご希望の方は↓のHPから申し込んでください。

「メディアとのつきあい方学習セミナーin東京」

司会: 堀田龍也(静岡大学情報学部)
発表者: 宗我部義則(お茶の水女子大学子ども発達教育センター)
松橋尚子(東京都渋谷区立笹塚小学校)
影山知美(岡山県津山市立西小学校)

HP:http://mdtk.mlk5.net/semi_march2005/
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性教育―国会で語られるべきこと

2005年03月06日 | モルジブ白昼夢
国会で性教育を取り上げました。小学校のある教科書には、セックスの図入りで説明されていたらしく、それを見た母親からの苦情が発端となりました。
性教育は家庭で行うものだと私は思います。それは親の責任でもあるからです。親が何を教えればいいかというと、それはセクシャリティの開放であり、セックスの仕方ではありません。第二次性徴では男らしさや女らしさがだんだんと備わってきます。その段階で、女の子は自分の容姿に自信を持つようになるか、もしくは自信を無くしていくのです。しかし、それは自分自身というものを客観的に見るための第一のステップです。この時点でまちがったセクシャリティが問題になります。性の商品化は男性の視点でなされるから、必然的に女の良し悪しが決められてしまうのです。それに自分を合わせようとすると自己否定の坂を転がり落ちることになるのです。
このような、女性にとってたいへん不利なセクシャリティの問題。これこそ、国会で語られるべきものなのではないでしょうか?小泉さんが「知らないうちに覚えるものだから」なんて頓珍漢なことを言っていましたが、問題は小泉さんが想像するような事ではないのですよ。女の子と男の子、それぞれに相手の人権を認めて、互いの良いところを発見することが「愛のめばえ」になるということを伝えていって欲しいと思います。
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自己顕示欲について…最近の事件から

2005年01月28日 | モルジブ白昼夢
共通一次試験の内容が掲示板に漏洩しました。私はこの話を聞いて一番感じたことは「自己顕示欲」というものです。この心理と事件のつながりを考えてみたいと思います。
掲示板などのやりとりを見ていると、先の「電車男」の話のように「ネタ」によってはその瞬間に「マツリ」と巷では呼ばれている大騒ぎ状態になるそうです。このマツリには時事放談から受験に関することまで、さまざまな話題が上げられています。共通一次試験は確かにこのシーズンのネタとしてはかなり食いつきがいい話題です。しかし、いったい誰が試験の内容を暴露したのでしょうか。いち早く情報をキャッチするといっても、トップシークレットのはずの試験問題の内容を知っている人物なんて、そうざらにはいないでしょう。いったいどんな人物の仕業なのでしょうか。その人物の心理に「掲示板のネタにして、マツリの主人公になりたい…」「みんなの驚く様子が見たい…」というような意識があったとしたら、それは「自己顕示欲」の表れと理解できます。先の奈良の少女誘拐殺人の犯人、彼が携帯電話で犯行写真を送りつけたり、しばらくしてから「次は妹もいただく」などの恐ろしいメッセージを送りつけたのも、実はそのような自己顕示欲の表れではないかと思います。
試験問題の漏洩、そして奈良の犯人にしても、なぜそのような極端に偏った形でしか自己を顕示できないのでしょうか。どうしてそのように偏った人間性を持ってしまったのか…。人間の深層は計り知れません。どんなに表面的には立派な人でも、ドロドロした恨みや憎しみなどが渦巻いているやもしれません。しかし、みんなどこかで抑制し、考えを正のベクトルに転換して、自分が間違った行動、モラルに反する行動をしないように努力しているのだと思います。「何をしてもいい」というような感覚、「ネットなら匿名だから平気だ」というような考えがあって、それがたとえイタズラ心だったとしても許せません。犯人を特定できないからと、しり込みするのではなく、このときこそ厳しく世論を戦わせて欲しいと私は思います。
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記念プレート?!

2005年01月23日 | そんなアナタに一言!
よくキリ番とかの記念プレートを頂き物というように集めている人がいる。私も以前はフォトショップとかで板チョコレート風のプレートを手作りして渡していたことがあるけど、最近見かけた映画関係の個人サイト…。びっくりした!いかす男優の画像にいろんなおめでとうメッセージをくっつけて相手に贈っていた。私は映画のサイトも持っているけど、画像にはかなり注意している。著作権放棄のところから頂いてくるのだけど、編集するときには大分気を使う。せいぜい大きさを変えるぐらいで、文字入れはしないと思う。したとしても、再配布は控えるだろう…。あまりハデにやっていいものか…。そんなプレートを贈られちゃった人も迷惑?!
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感動すること(?)

2005年01月17日 | モルジブ白昼夢
本当に「感動は求めるものではない、後からついてくるもの」なのだろうか。。。私は「求める感動」があっても別にいいと思う。それが凄く小さな感動だったとしても、それが「やったーっ♪」と言うような、ささやかな喜びであっても、「感動ではない」と言い切れるだろうか。。。
他人が感動したものを自分が感動するかしないか、という問題を特に疑問とは感じない。それは、おそらく「共感」というものなのだろう。人の考えや意見に共感するというのは、過去の経験のデジャブなのかもしれない。だから「共感」なんてとても個人的なことだ。こればかりは押し付けるものでもないし、批判もできない。また振り回される問題でもないだろう。もし人の意見に振り回されると感じるのなら、それはその人の経験不足なのではないだろうか。余計な情報と勘違いして取り込んでしまうのは、その人の世界が狭いからなのではないだろうか。
人はひとり一人、みなツボが違うんだから、いろんなジャンルのいろんなことに共感していいと思う。たとえば、私みたいな主婦でもガンガンなロック好きがいるかもしれないし、家事が好きな若者がいても可笑しくない。しかし、実際は自分がある世代のユースカルチャーに属していることは間違いなく、その単純な世代意識が区切ってて「邪魔だから出てけよ」みたいなことって意外と多いんじゃないかな、世間て…。共感することに世代意識がからむからややこしくなる。

この前、お母さんと一緒に買い物に来ているらしき少年が、買い物カゴに商品を入れるのを手伝ってる場面に出くわした。素直に微笑ましかった。母親は何となくこそばいのか、少年のぎこちなさを叱った。すると少年は母親への愛着が断ち切れたのか、プイッと外へ出て行ってしまった。どちらに共感したか…それはもちろん「少年」だった。とてつもなく胸が痛くなった。母親は、愛着の矛先を敏感に感じたのかどうか、それを感じない、むしろ麻痺したココロなのかどうか…もしくは、人目を気にする?瞬間なのだろうか…なんて、しばらく駐車場の車の中でボーッと考えてしまった。

小泉総理の「感動したっ!」という言葉を聞いてあなたは「引き」ましたか?と聞かれたら、私は素直に「びっくりしました!」と言うだろう。小泉さんは、あの力士の頑張る姿を見て何に感動したのだろう?国民の鏡だと感じたのだったら嫌だな…。自分は戦わずして観ているだけの小泉さんだが、それは他の聴衆も一緒だ。しかしあの時、ただ一言「感動したっ!」とだけ唐突に言った小泉さんに、私は素直にびっくりした。だって私も意味無く感動したもん。この「感動したっ!」は、あっという間にギャグにされた。なんか滑稽だったのかもしれない。実は私はこの種のギャグはダメなのよ〜。相手が誰であろうと、嘲笑するような感じは体質的にめっちゃダメだったりする。ネットでもよく見かけるけど、どちらかというとこっちのが「引く」。よっぽどの時は隠れてトイレでふふふと笑ったりするけどね。こういう大衆心理、ほんとめっちゃダメだわぁ〜。でも面白いけどね…うーん、矛盾して来た。。。

まあ人はどうであれ「感動する」ことはいいことだと思う。感動するとココロが踊る。様々な過去の経験や、いろんなことから感動が湧き起こる。モノを創造することだって、感動がなければダメ。経験が豊富なほうがいいし、きっと感動体験が多いほうがいいのだろう。「ハウルの動く城」だって、宮崎駿さんがいろんなことに感動する心を持っているから、人々に感動を与えられる…。
感動とは「共感」することでもある。さて本題に戻るが「後からくるもの」と考えられる感動とは、共感ではなく、「驚き」の一種なんじゃないのかな。驚きも共感も全て含めて人間の心が「感動する」ということなのだと思う。第一、私が映画を観るのは率直に言って感動を求めているからに過ぎない。映画館に行く全ての人に聞いてみたい。「何で映画観るの?」と…。8割方はヒマつぶし、他に行く処ないからさ…なんて答えが返ってきそうだけど…。

いやぁ〜、なんか疲れたなぁ〜〜zzz…。そうだ、冷蔵庫にチョコパイがあった!うひひ、あれを食べよっ♪
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なっちの盗作問題を考える

2004年12月06日 | そんなアナタに一言!
なんかかわいそうだけど、なっちは文才が無かったのね。芸能人なら、たいした言葉を使わなくても、それを読んで感動する人は多いのだから、何も盗作までする必要は無かったのではないかと思う…。
「感動した詩などをいつも書き留める癖があったから」と言っても、それは誰が読んでも盗作に間違い無し…。人の書いた詩を自分のものとして発表するなんて…。すごいな…(^^ゞまったく、やってくれるよね。

まぁ、多かれ少なかれ誰でもやってることだけど、それは感動したことを「自分の言葉」で表現すればいいことなのだ。その自分の言葉が無い…それは、すんごく感性が低いと思う。何も気取った言葉なんていらない。ありきたりの日常の中に感動する出来事はいっぱいあるし、恋や愛情物語がいっぱいころがっているのだ。それに気がつかないんだから、しかたないな…。
飾り気の無い「自分の言葉」で書かれた物が、実は一番純粋に感動をくれる。自分らしさを表現すればいいだけのことなのにね(-_-;)
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ハウルとカルシファーの契約とは…

2004年12月05日 | 最近映画館で観た映画
ワタシの考えでは、ハウルとカルシファーの契約…その内容を問うのではなくて、「契約」という行為の裏にあるものも含めて、彼らの取引、つまり互いの利益、「契約」そのものを示していると思われる。ディズニーの配合も受け、世界的にもアカデミー賞以来、メジャーデビューした宮崎駿が自らの自由と引き換えに交わした契約、その相手が悪魔なのか、それとも戦争好きな権威者なのかは視聴者の見方しだい!?!?(少しベタだったかな、まいいや、そんなとこなんで)ソフィーとハウルの恋、それは老婆とビジュアル系青年の恋!?って何それ???みたいな「話題取り」でもあろうが、ソフィーという少女は、無欲で善良な市民の代表なのだと思う。それに引き換え、魔力が強すぎて自己の力を統率することができないハウル…。この2人の組み合わせが何なのか…乞うご期待!
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ヨン様帰国

2004年11月30日 | そんなアナタに一言!
ヨン様が帰って行きました。今回の来日は、ちょっとショックだったと思います。ファンの方々かヨン様の車に近づこうとして怪我人が出てしまったのです。
彼は、日本に来る前にアメリカでファンの人々のために保険に入ったといいます。ということは、こうなることを予測していたのでしょう。彼はとてもファンの方を大切にします。しかし、自分たちがヨン様にどれほど心配をかけているか分かっているファンの方は少ないのではないでしょうか。
私は彼の日本での行動を興味を持って一部始終テレビで見ておりました。テレビで見る限り、ヨン様は相手のことを思いやれる人だということが分かって、私は少し感動しました。ヨン様が理想とする女性は、自分を持っている人、自分を磨くことができる人だといいます。しかし、テレビで見る限り、車に詰め寄ったり、警備の方に文句を言っているヨン様ファンの方の中に、彼が理想とする女性がいるとは…どうしても考えられません。
私は以前新宿駅で、先を急ぐオバサンに突き飛ばされて転びそうになったことが何度かあります。私はラッシュ時には余裕を持って家を出ます。なぜならば、ただでさえ混み合う時間帯で、先を急いだら危険だからです。エスカレーターも、一番後ろに乗るぐらいの気持ちで先を譲ります。こんな時、平気で靴を踏んでくるのは決まって50代以降のオバサンです。団塊世代は早い者勝ちなんでしょうか…?
ヨン様を一目見ようと詰め掛けるのも早い者勝ちなんでしょうか…?困ったものです。
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愉快犯?小1少女殺害

2004年11月19日 | そんなアナタに一言!
かわいそうだ。小学1年生の女の子が猟奇殺人の犠牲になってしまった。殺害方法や手口など、聞けば聞くほど異常。猟奇殺人は愉快犯でしょ?人が悲しんだりするのを楽しむサディスティックな行い。前に、ある特定の仕事を持つ人々はサディスティックであると聞いたことがある。正義感以前に、何か別の思惑があってその職業につくのかと思ってしまう。
犯罪までは行かないが、犯罪を犯す恐れがある人を虞犯という。そんな人、世の中にいっぱいいる。世の中が悪いからとかじゃなくて、その人の持っているものが悪い。悪いDNAがそうさせるから…。
なんとかしてパスワードを手に入れようとして来るけど、絶対渡せない人がいる…。
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