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●記憶の風景-戦後70年 地図から消された毒ガスの島 広島県竹原市「大久野島」

2017年08月08日 10時34分08秒 | ●政治と市民運動
記憶の風景-戦後70年 地図から消された毒ガスの島 広島県竹原市「大久野島」

2015/03/21 に公開SankeiNews
赤黒くさびた窓枠から、無機質な廃虚に差し込む陽光、レンズを見つめるウサギ…。広島県竹原市の忠海(ただのうみ)港の沖合3キロ、瀬戸内海に浮かぶ大久野島に昭和4年、日本陸軍は毒ガス工場「東京第二陸軍造兵廠忠海製造所」を造った。周囲4キロの島には今も発電場や毒ガス貯蔵庫の跡などが残り、現実離れした風景が広がる。大久野島は明治時代、日露戦争に備えて22門の大砲が設置され、要塞と化した時期があった。毒ガス製造は機密厳守が不可欠。事故の懸念もあったため、外界から隔絶された島が工場建設地に選ばれた。島は機密保持のため昭和13年には地図からも姿を消した。製造された毒ガスはイペリット、ルイサイト、青酸ガスなど5種類。19年までの15年間に約6616トンが造られた。毒ガスは北九州市の毒ガス弾製造工場に送られたり、島で保管され戦後、周辺海域に捨てられるなどした。戦後70年の歳月を経て島の光景は一変した。地元の小学校が放したウサギが増え、その様子が動画投稿サイトでも紹介されると、海外からも観光客が訪れるように。かつて、この島でウサギは実験動物だった。しかし、今はウサギの愛らしさが人をひきつけ、島に集まった人たちに戦争で起きた現実を伝えている。

地図から消された島で~あばかれる毒ガス戦の真実~



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