過ちから学べ

ヘブライ語の諺「他人の過ちから学べ、すべての過ちを犯す時間はないのだから」

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1.シトロエン・ピカソにTOMTOMを乗せて

2012年07月05日 | フランス旅行

2009年6月のブルターニュ旅行

フランスの田舎を効率よく訪れようとすると、レンタカーの利用が最も有効だ。もちろん、鉄道の旅も捨てがたい魅力がある。フランスへの個人旅行の初回と二回目は、鉄道を利用した。それはそれで懐かしく素晴らしい旅だった。が、ワイン畑や美しい田舎の村、ロマネスク教会等を目的とすると、車を使うしかない。

フランスのドライブも数回経験して、左ハンドル、右側通行、ロンポアンにも慣れてきていたのだが、何せ7年ぶりの運転である。さらに、AVISのインターネット予約では、「乗り捨て」の場合、GPSが選択できない。ということで、事前準備は念入りにしていた。

・ぼくにとっては、AT車は必須条件。CDG空港で借りるのが最もリスクが低いだろう。
・18時30分着の便ということと、この季節の夜の長さを考慮すると、2時間以内の走行で着くノルマンディーのルーアン(Rouen)を一泊目にしたい。
・ブルターニュの主要都市と道路を徹底的に覚える。そのためには、旅行記や本を読み、地図と照らし合わせる。
・助手席の彼女が頼りだ。ミシュランのロードマップと手持ち資料を充実させる。
・ルートの事前シミュレーションを行う。特に初日の「CDG空港からルーアン」はスムーズに行きたい。ルート、地図、距離、所要時間等を調べたのは、ミシュランのサイトとGoogle mapのルート検索、疑問に感じたポイントは、ストリートビューで確認するようにした。特にミシュランのサイトは、訪問するホテルやレストラン、駐車場がミシュランの地図上に示されるので、印刷しておけば、お役立ちNo1の資料となる。

というわけで、今回のルートは、ブルターニュ1である。はたして思惑通りに事は運ぶのだろうか。

1.初日(6月20日):CDGからルーアン

シャルル・ド・ゴール空港へは、予定通り18時30分に着く。降りてすぐにPOLICEのパスポートチェック。6-7人の要チェックリストを持っていて、厳しく突き合わせている。
ルーアンまで順調だと2時間の距離だが、21時には着きたかったので、気持ちは少し焦る。

だが、AVISのカウンターは空いていて、彼女のフランス語も思いの外スラスラで、きわめて順調。保険をFull Protectionとし、カード支払い確認に移ったところで、嬉しい誤算が待っていた。GPS代が計上されていたのだ。「GPS?」と聞くと、「そうよ、5日間で50ユーロになるわ。」
フランスでは盗難が多いため、カーナビは携帯型が主流である。ベストセラーの一つ、TOMTOMという手のひらサイズのGPSだった。鬼に金棒とはこのことだ。

さて、車はシトロエンのC4ピカソ・ディーゼル、5人乗りのミニバン。6速セミAT( 6EGS)だった。セレクトレバーは、R -N- A(オート)-M(マニュアル)とあり、Nの状態でパーキングブレーキは自動制御になる(エンジンを切ると作動、始動で解除)。エアコンは拘りの制御で快適。フロントウィンドウが頭上まであり、視界が広がる。気持ちのよいベストドライブカーだ。

 

TOMTOMにルーアンのホテルのストリート名を入力し、出発したのが19時15分。
A1-A86-A14とパリを迂回し、A13を100km西北に進みというルートだ。途中、A86への入りとA14手前のトンネル内でルーアンへ分岐するポイントに注意すればよいことは分かっていた。ところが、A86への分岐から渋滞が始まったのだ。A14に入るまでの17kmは、ノロノロと中速の繰り返し、車線のキープが必要だが、車線変更車が多く、集中力を高めなければならない。そして徐々に頭はストレス棒状態に陥っていった。

なんとかA13に乗り、後は素晴らしい夕景を楽しみながらドライブだと、ほっとした瞬間から、思ってもみない胃痛が始まった。極端に押さえた機内食により、空っぽだった胃がストレスに過剰に反応したのか。シクシクからきりきりと、冷や汗が出るほどで、前傾姿勢でハンドルを握るのがやっとの状態だ。水を飲み、ガムを噛むが、いっこうに治まらない。

ホテルに早く着きたいがために飛ばす、TOMTOMのレーダー警告音が鳴る、の繰り返し。結局、ホテル着は22:00だったのだが、駐車場とエレベーターの構造で、胃に追い打ちがかかる。レセプションで地下ガレージを聞くが、1台分が恐ろしく狭い。ピカソは車幅がある。やっとのことで駐車するが、今度はエレベーター、0階で降りると隣のホテルに入ってしまうだ。あれぇである。
駐車場は地下3階(古くて怖いほど)で、隣のホテルと共用、駐車場のエレベーターとは別にホテルのエレベーターがあることを、後で知ることになる。

何はともあれ、胃が食事を求めている。レセプションでTaxiを頼もうと彼女は出て行くが、なかなか帰ってこない。「エレベーターの0階を押したら、真っ暗な所に着いてプチパニック。実はレセプションは3階なのでした。これぞ迷宮ホテル。」まぁ、明るくて良いけれど。

Taxiはというと名所を観光案内しながら。帰りより5割ほど高かったので、回り道をしたんだろうって、おいおい。彼女は夜景を楽しんだようだが、ぼくは一刻も早く何かを胃に入れたかった。

ビストロ・パスカリーヌは大きなビストロだが、店じまいにかかっていた。22:45だから無理もない。勘定をしている客がいたが、応対しているスタッフに、彼女は、びっくりするほど大きな声で「今からでもいい? 席ある?」

 

歴史は感じるが少し古くさいビストロに、最後まで残ったアジアの中年カップル。ジム・ジャームッシュの映画のようだ。とりあえずビールのなんと美味いことよ。そして、スタッフは、ひとりふたりと居なくなり、マダムだけが残った。

出てきた料理に感じる。あぁフランスで料理を食べているんだという歓び。胃の痛みもいつのまにかどこかへ行ってしまった。


鶏のココット 米添え
 
リゾット風の米が旨みを含み、とても美味しい。




レンズ豆の煮込み 3種のポークと

ポークの塩分がレンズ豆の甘さを引き出し、食欲が増す。体調にはピッタリ。


ワインは、ブルゴーニュがみあたらず、サンセール・ルージュ2007、25ユーロ。
ピノの優しさが、胃に染みわたった。

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2.カンへの道

2012年07月04日 | フランス旅行

・二日目(6月21日):ルーアン、そしてカン

地下駐車場とエレベーターに唖然としたルーアンのホテルだったが、セーヌ河沿いで、ロケーションには満足できる。また、インターネット特約の部屋は20%引きで安く、バスは広いし、サービスも及第点だった。

時差ぼけ解消の睡眠は2人とも適切で、朝食が待ち遠しいほど。朝食は、最初ANA France日本人20名ほどのツアー用の別室に案内された。日本人ということなら、まぁ、間違われたのも無理はない。
結局、スタッフに恐縮されつつ、アメリカンスタイルの朝食を楽しむことになる。今までに経験した旅行すべて!を思い出しても、トップクラスの朝食だったと思う。食材の質と豊富さは特筆すべきものだった。

ルーアンはパリからTGVで1時間の距離にある古都、観光客が多いのも頷ける。最初ルーアン泊を決めたときから、時差調整(朝早く太陽の光を浴びるのが良い)のため、8時から開くマルシェを散策に出かけようと計画していた。実際、これがとても楽しかった。新鮮な野菜、果物、フロマージュ、パテ・ド・カンパーニュ、ハムや肉、どれも美味そう!










                


そうそう、今回の旅行、風景を除いてすべての写真は許可を得て撮った。「写真を撮って良いですか?」と聞くと、「いいよ、もちろんさ」と返ってくる。このマルシェでは「俺も撮ってくれ」が3人(笑)



実は、ぼくには分かっていた。ルーアンには観光客がとても多いことを。だから、ぼくの興味は次の都市、カンに移っていたのだ。でもルーアンの写真は撮っておきたかった。なぜかって? 彼女のフランス語の先生がルーアン出身だったから(笑)


 

 

 


実は、ずっと気になっていたことがある。それは、カンカールへ向かう途中の街、カンのことを彼女に一言も話していなかったということ。彼女は、ルーアンで昼食をとった後、モン・サン・ミッシェルに寄りたいと意思表示していた。

ホテルへの帰り道、再び寄ったマルシェは人々でごった返していた。「直ぐにここを発って、カンで昼食にしよう」というぼくの希望に反対する理由はないと思われたのだが...


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3.Caenでカン違い

2012年07月03日 | フランス旅行

昼食をカン中心部の城壁内にあるカフェ(CAFE MANCEL)で取ろうと思っていると彼女に伝えると、意外にも、すんなりとOKが返ってきた。この店は、ミシュランでビブ君マーク付きだと言ったのが功を奏したのかもしれない。

TOMTOMにカンを入力して出発したが、どうもおかしい。当然、セーヌ川を越えないといけないのに、反対の山に行こうとしている。どうやら彼女の操作ミスで、行き先が出発したパリになっていたようだ。これでまた、中程度のロス。先が思いやられる。

城跡を目的とするなら、ミシュランやGoogleでは、街の東側からのアプローチを推奨している。しかしながらTOMTOMは南側からのルートを示していた。結局、あまり深く考えずにそれに従ったために、またまた、大きなロスをすることになる。

この日は日曜日、河岸は巨大なマルシェになっていて歩行者天国、中心部へ入ることが出来ない。しかたなく左折したが、ラッキーなことに、すぐに地下駐車場の看板を発見した。ここに入り、徒歩でマルシェを突っ切るのが、この時点での最良の選択だと思われたが、マルシェがあまりにも大きく、城跡に着いたのは、14時をまわっていた。素直にGoogleに従っていたら、城壁の駐車場にすんなり入れたのに。


駐車場の名前にも歴史の名残が
Caen はノルマンディ上陸作戦後、激戦地となった


1060年頃建てられた中世城砦、カン城


昼下がりのカフェは、天気が良いのも相まって、気持ちの良いロケーション。ぼくは、空腹+再び胃痛状態のため、軽い魚料理+メインを注文した。彼女は、ブルスケッタ風のサンド。ところが、これが大間違い。魚といっても、ソースは濃厚で二口三口ほどしか食べられない。彼女のは、といえば、薄切りバゲットにモッツァレラと生ハムがのったイタリア前菜風。こちらの方が今のぼくにはありがたい。結局、メインの皿をキャンセルするが、店のパトロンは、「気にしなくて良い」とキャンセルした一皿は、勘定から差し引いてくれた。


カンは、ノルマンディ第二の都市で、ノルマンディー公ウィリアムが11世紀に城を築いた街だ。中世を代表する女子修道院と男子修道院がある。第二次世界大戦の主戦場になり、3/4が破壊されたが、この二つの修道院は幸運にも被害を免れたのだ。

 


結構な距離を歩いたが、この日は夏至「Fete de la musique」、国中で音楽の日だ。街中が沸いている。歩いていても若者が多く、違和感があまりない。写真を撮りまくる。特にノルマン様式の建築と内部の身廊のロマネスク建築は、後でアップしたい。
本当は、男子修道院近くのロマネスク教会、サン・ニコラにも行きたかったが、時間切れ。


駐車場に戻ると、入り口は閉まっていて、駐車券を入れるとドアが開くシステムのようだ。駐車券を差し込む。



ドアが「ブー」。
ガチャ・ガチャ、取っ手を引っ張るが開かない。

「もう一回」駐車券を挿す。
ドアが「ブー」
ガチャ・ガチャ、開かない。

何度やっても結果は同じ。
「そういえば、出る時に、精算機が有ったような気がする。精算をした駐車券でないとダメなのか?」

少し離れた場所にある精算機ですんなりと精算した駐車券、今度こそ。

挿す。

ドアが「ブー」ガチャ・ガチャ、開かない。

「ブー」ガチャ・ガチャ

なんじゃこら、どういうことだ??」

ぼくが、ふと、階段の降り口に目をやると...
「ミキ、Dimanche ってどういう意味? ひょっとして日曜?」
「そう、日曜」
「日曜じゃん今日は。あれ見て!」

    Ouvert de 7h a 20h   Dimanche 9h - 13h


駐車場の入り口を確かめると、シャッターが降りている。出口はどうだ。当たり前のようにシャッターが... 駐車場に入るには、やはり、このドアしかない。

「これって、今日は車を出せないってこと?」
「失敗した! どうする?」

「オリビエ・ロランジェは、やっぱり、私たちには幻?。」

そう、今夜はカンカールのメゾン・ド・ブリクールでディナーを予約している。今は☆を返上したとはいえ、ブルターニュ屈指のレストランである事に変わりはないはず。
忘れもしない2001年、秋。ここに泊まり、三つ星の美食を楽しみにしていた。それが、9.11でおじゃんになった(上司から旅行を止められた)経験があるのだ。

いつも冷静な彼女は、「ホテルとメゾン・ド・ブリクールは、早めにキャンセルした方が良いと思う。」「さっき、歩きの途中、IBIS Hotelの側を通ったし、今日は、“Fete de la musique”なので、日曜日だけど、何か食べられるでしょう。」

パニックのぼくは、
「いやぁー、気付かなかった。」
「うーん、どうしようもない。まいったな!」

2人で「うーらーらーーー

ため息ばかりの2人だった。


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4.ブルターニュの歓び

2012年07月02日 | フランス旅行

おもむろに、彼女は鞄から携帯電話を取り出した。
「ダメ元でも、海外旅行保険のエマージェンシー・コールにかけてみる。」

今回の旅で、彼女が用意した重要な段取りが、フランスで使える携帯電話、日本語サービスの充実した海外旅行保険である。

「Caenという街にいるんです。 VINCIの駐車場で RESISTANCE とういう名前。」
「通り名は?」と聞かれたので、ぼくは走って見に行く。
あった! Avenue du 6 Juin(6月6日通り).....ノルマンディー上陸は1944年の6月6日

結局、10分後に折り返し電話をもらうことになった。
だが、ぼくの心の内は、「人が動かないと解決しない無理な話、さらに日曜日だ。おまけにフランスだし...。諦めるかない。」

ところが、である。もう、皆さんお分かりでしょう。
答えは、「その時間(9h-13h)は入庫の制限時間で、出庫は駐車券にて24時間できる。」

ということは..。「そうだ。フランスのドアはやたら重いんだ!」
駐車券を挿す。
「ブー」
力いっぱい引いてみる。ガッシャ~ン!!
「開いた!!」

冷静な第三者の助言が必要だったということ。フランスでは、ホテルのドアも駐車場のドアも開きにくい。日本の常識は通用しない。

ホッとする間もない。次の目的地、カンカールへはまだ、数時間のドライブが必要だ。出発したのは、16:30。
まぁ、「とにかく良かった良かった。次はオマールだ。」これが現在の共通の気持ちだと思っていた。
ところが、なんとなんと彼女は、この状況下でも「モン・サン・ミッシェル」の近くまで行きたいと言う。
「だってモン・サン・ミッシェルなのよ!!」。

とうぜん「却下」するが、これから先、2人の良好な関係は続けられるのか...。

遠くに小指の爪ほどの「モン・サン・ミッシェル」を眺めながら、ふくれっ面の彼女を乗せて、緑から青へ変化するカンカールの海沿いを走る。

たどり着いたのは古い部屋、変なエレベーター、狭い螺旋階段、まぁね フランスのホテルだもの。
ホテル・シャトリエにつく。19:40。

レセプションの元気で明るいイザベルの応対が気持ちいい。
「全くこちらの手違いでバス付きの部屋がない。シャワーのみでいい?ご希望ならグレードの高いバス付きの部屋をディスカウントするわ」
後者で手を打ち、腰掛け付きの広いバスタブと暖炉もどきのある広い部屋でディナーへの用意をする。








イザベルに彼女は、「メゾン・ド・ブリクールを予約してるの」「まぁ、素敵。でも何時に?」「21時までに行けばいいみたいだけど20分後にタクシーお願いね。」

少々遅れて来たタクシーで向かう。思ったより遠い。
やっと着いた『Le Coquillage : bistrot marin』。20:30だが空は18時頃の感じだ。

とりあえずジャック・セロスをボトルでたのみ。アペリティフ+αとする。127ユーロなら安いと思う。料理は、前菜と主菜からそれぞれ一皿選択するプリフィクスで51ユーロ。オマールは、+29ユーロ。

非常にリーズナブルだが、HPにあるような「洗練された皿」はみあたらず、オーソドックスなスタイルに感じた。オマールも「火入れが云々」というより、ガッツリ食べなさいである。ただ、他所にはないスパイスの使い方等は、さすがと思わせる。

特筆すべきは、サービスの心地良さだろう。レセプションもギャルソンも☆☆☆のそれと変わらないレベル。こんな感じ。
レセプションの女性が、前のカップルを席に案内する。「すぐ戻りますので、少々お待ち下さい。」通りがかった黒服の男性が、受付をさっと引き継ぐ。だからこそ戻ってきた女性は、すぐにぼく達を案内できる。

ジャック・セロスのコンディションは良好で、強すぎない熟成度が魚料理と相性が良い。写真の許可をとっていたが、周りの雰囲気を壊しそうで遠慮した。でも、アミューズは撮っておけば良かったと後悔している。美しくて洗練された味の一皿で、☆☆☆の名残がみえていた。

白ワインは、Leflaive Puligny Pucelles 2000 195ユーロ これもドンピシャの熟成感。ワインの温度管理(途中何度も確かめる)やグラスの選択もスマートで感心する。

席は、10の内、3,4番目あたりだろう。窓際ではないが、海がみえる。全体を通して満足できる夕食となった。










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5.三日目の朝も快晴

2012年07月01日 | フランス旅行

・6月22日(月)

ホテル選びも旅の楽しみの一つだろう。今回も彼女がすべて決めている。まぁ、後になって、あーだこーだと文句を言うのが、ぼくの楽しみだったりする。

昨夜のメゾン・ド・ブリクールは宿泊施設もあり、泊まって夕食が、スマートかつ優雅な過ごし方だと誰しも思うだろう。だが、彼女が選択したのは、昨夜のホテル。広い部屋にバスがついて、100ユーロ(ディスカウント後)は良いとして、ブリクールまでのタクシーが、往復60ユーロ(ブルターニュのタクシーは高い)掛かることを考えれば、おいおいと言いたくもなる。

でも、このホテルは、とても気に入った。田舎の農家そのままの佇まいで落ち着けるし、設備も申し分ない。無料の無線LAN、箱になっていない(壁がみえる)エレベータと螺旋階段、目覚まし役の鵞鳥、人なつこい山羊さんファミリー、美味しい朝食、どれをとっても納得がいく。

朝早く起き、朝食までの2時間、ゆったりと過ごす。透明感のある空気、朝焼けの空、散歩が気持ちよい。














朝食は、特筆すべき美味しさだった。ミルクは甘く、有名なボルディエの無塩バターと有塩バター、パン、ハムや果物、気品ある調度品の中、優雅な時間を過ごせた。特に彼女のお気に入りは、同じくボルディエの「RIZ AU LAIT」米の入ったプリン。上品な甘さと食感。ちゃっかり、お土産にもらっていた。










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6.運命の6km

2012年06月30日 | フランス旅行

ブルターニュ公国のアンヌ王女のおかげで、この地方の高速道路は無料である。ただし、これには弊害もある。フランスの一般高速では、要所にサービスエリアを配置しており、給油や休憩、飲食に困らない。ところが、この地方の高速はそれがかなり少ない。しかもサービス内容が貧弱で、タダとはこういう事かと納得してしまう。

やっとあった給油所に入ったが、不幸なことに工事中でアクセスできず。これがこの日の大きな誤算。ぎりぎりで給油したのは、ラニオン(Lannion)の手前だった。情けないことに、またもや空腹時の胃痛が始まったのだ。結局、目的としていたビストロを諦め、ラニオン市内のカフェで7ユーロの昼食となった。

ラニオンは、ラニオン湾に注ぐレゲ川が街の中心を流れている人口2万弱の綺麗な街だ。そういえば、京都でデジョネを楽しんだ Restaurant Lannion(ラニオン)は、シェフがラニオン近郊の Trebreden(トレブルダン)で修行されたとのことだった。

坂の多い街で、行きたかった12世紀後半のロマネスク様式が残るBrelevenez教会も高台にある。142段の石段もあり、今の状態を考えると諦めざるを得なかった。よほど余裕が無かったとみえ、街の写真も撮っていない。

ホテルに早めにチェックインするのがベターだろうと、先を急いだ。この日の宿は、コート・ダルモール県のコート・ド・グラニ・ローズ(バラ色の花崗岩の海岸)の真ん中、プルマナック(Ploumanach)に取っていた。

サン・ゲレク海岸沿いにあるこのホテルは、そのロケーションで彼女が選んだのだが、ぼくはホテル評価サイトでの点数が気になっていた。このあたりのホテル17軒中、12位であり、最悪の1点を付ける評価者が数人いたためだ。このことを予め彼女に伝えておけば良かったのだが、旅行前の忙しさにかまけて、そのままにしておいた。

彼女は思惑との違いに、かなり苛立っていた。無理もない。まず、ホテル独自の駐車場を持たないので、200mほど離れた公共の駐車場を利用するしかない。また、海岸と砂浜を荒廃から守るため、車の入場制限があり、エントランスに車をつけられない。その他、デザイン優先の部屋(無料の無線LANはあるが、机がない。電話はあるが、床。)と使いにくいシャワー。極めつきはトイレ、正円の便座の座り心地の悪さといったら...すべてこの調子だ。

一番驚いたのは、散歩するために外に出ようとした翌朝5:30。エレベータは止まり、階段のドアも施錠され、フロントにも外にも行くことができない。仕方なく非常口から出るが、増改築中で、むき出しのコンクリートをつたい、下に降りるしかなかった。夜中に火事があったらと思うとぞっとする。

そうこうしている内に、胃痛も少し落ち着き、彼女のたっての願い Sillon de Talbert に向かうことにした。ここは、両側から波が打ち寄せる細長い道が約3km続く景勝地だ。福岡の「海の中道」や「天橋立」の巨大版である。

しかしながら、 この道を歩くのは、ぼくが予想していたよりも遙かに大変だった。行き帰りで6kmの極めて歩きにくい砂利と砂により両足首を酷使したのだ。当然ながら、彼女は2/3付近でギブアップ。ぼくもそのあたりで止めれば良かったものを、先端の写真を彼女に見せたくて見せたくて、無理をしてしまった。



先端の写真といっても、撮る視点が低いことと満ち潮のため、迫力不足は否めない。写真を撮った後、思わず来た道を振り返る。この道を引き返さなければならないことを知った時の気持ちといったら...



このSillon de Talbert往復6kmの歩きが、この旅の運命を左右するとは、この時はまだ、夢にも思わなかった。

 


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7.ロンポアンとオマールの天ぷら

2012年06月29日 | フランス旅行

この日、昼食に立ち寄ったラニオン。

インフォメーションの地図を手に入れたが、それをみて、まる・丸・○に驚く。
そう、大きいの小さいのとロンポアンだらけ。
レゲ川沿いの無料駐車場に入る時も、カフェでオランジーナを飲んだ時も、目の前はロンポアン。もしかしたら、信号はまったくないのか?

フランスは、基本的な交通ルールと標識を学べば、比較的運転しやすい。だが、ロンポアンには苦労する方も多いと聞く。それでも、慣れとコツが分かれば、合理的で便利なシステムだと納得するだろう(パリ市内は走ったことが無いので想定外)。

ネットで検索すると、
「走って一番難しかったのは、フランス独特のロータリーだ。ロータリーを回っているうちに方向感覚を失い、どれが行きたい道か分からなくなる。」

「このロータリーがくせ者。何番目で抜けるか把握する必要がありますが、ナビの性能を思い出してください。こんなしょぼい機能しか持っていないので、当然ですが動作が遅い!すると、めまぐるしく変わる方向と距離にややずれが生じてしまい、これを見ながらやっていると出る道を間違うことが多いのです。」

この方向感覚の喪失に陥ってはならない。ぼくも初めての時、彼女のナビで「12時の方向、直進!」「60°右!」等に悩まされたが、賢明なぼくは、自力ですぐにコツを習得した^^ 
以下は、例外を考慮に入れていない独り言であることを断っておく。

ロンポアン(ロータリー)のまわり方

 ・一般的な交通ルールとしては、右優先の原則があることを頭に入れておく。反対に、ロンポアンではロンポアン内の走行車が優先だということだ。つまり、入り口手前での一旦停止には手間をいとわないこと。

 ・大きなロンポアンでは、数百メートル手前に行き先を示す標識があり、注視すれば問題ない。何本目の道路が行き先かを把握する。多くても6本だろうから、「4本目だ」「3本目で直進」等と考える。
方向や角度を捨て去ること

それを証明しているのが、今回のTOMTOMというカーナビである。
ナビ「Two hundred meters Roundabout Third exit! Third exit!」
ぼくたち、「いち、にぃー、さん、はい」。
 
 ・内周が2車線以上あるロンポアンでは、180°(正面)以内の右方向は、外側のレーンを走って出る。左方向は、内側のレーンをまわり、いったん外のレーンに出て右折するが、自分の外側(右)の車をバックおよびサイドミラーで確認することが重要である。

 ・あれっと迷ったら、内側レーンを一周し、行き先を確認するくらいの余裕があっても良い。
 
 ・なにより肝要なのは、自分の目的地にある道路や主な街の名前を把握しておくことだ。



文句ばかりのホテルだったが、素晴らしい夕食には満足した。
しかも、「彼女の独壇場」を味わえたのも思い出になるだろう。

「喉が渇いているので、とにかくビール+グラスシャンパーニュの2杯アペリティフ。その後、シャンパーニュをボトルでね。」

「メインはオマール」で決まりだ。

最初、メニューの「2人でグリル」を注文する。
だが、シェフお勧めは「天ぷら」...とサービス人のA氏。

ぼくの意向で、いったん断るが、
「やはり天ぷらが食べたい。」
天ぷらの復活には、誰にどういえば良いのか(A氏は別の部屋に行き帰ってこない)。
難しいシーン。
ぼくなら、諦めるだろうね。

ラングスティンのラビオリ 腸のソース

 

フォアグラのテリーヌ




オマールの「天ぷら」 火入れもジャストだ



オマールの美味い食べ方の一つ



シャンパーニュは、リュイナールのブラン・ド・ブラン 98ユーロ。
22:00 外の明るさ




付け合わせは、美味しい出汁で煮込んだ野菜の鍋 これは素晴らしい



西洋わさびの「天ぷら」用のソース



小さな空豆がうまい



干満の差が大きい ホテルのテラスから
食事の後、引き潮の浜をさまよう二人



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8.ユエルゴア渓谷の入り口で

2012年06月28日 | フランス旅行

6月23日(火)

2人とも毎日5時半には目が覚める。最高のコンディションだ。閉じこめられたホテルの非常口から何とか脱出し、コート・ド・グラニ・ローズ(バラ色花崗岩 海岸)その言葉通りの風景を楽しんだ。

 



本当に気持ちの良い散歩であった。6時だから誰もいない。イギリス海峡と対峙するバラ色海岸のちょうど真ん中当たりで、奇岩の多い代表的なスポットである。旅行中にアップした「ワインボトル」以外にも「サイコロ岩」や「男性の横顔」など、ごろごろある。それらがピンク色で、夕日や朝日にあたると、さらに 赤みがかかる。

 

 

 





せっかくこのホテルに泊まったのなら、夕景と朝焼けの両方を楽しめば良かったと後悔している。それを一番感じたのは、「マリン・リュース」という花崗岩で 建てられた灯台を撮影しようとした時である。ベストショット(ネットやパンフレットでもこのアングル)は夕日の方で、朝日に映えた灯台を撮るには寄りつき が難しく、なんとも歯がゆい。それに加えて潮の満ち引きだ。引き潮時はよりボリュームのある赤い岩が現れる。2泊して、どのシーンも楽しむのがベストだろう。








それでも、朝食までの2時間の楽しいことといったら無い。旅行中の2人での写真は、この一枚だけなので、お許しを。





この日の目的地である Huelgoat(ユエルゴア)渓谷は、ブルトン語で「高い森」という意味だ。「ブルターニュに行かれるなら、是非寄ってみて」というある方のお勧めで、 旅行中、最も楽しみにしていた景勝地である。カフェが数店あり、お昼にちょうど良いと思われた。

この頃には、TOMTOMの使い方も慣れてきていた。途中の街 Morlaix を迂回して、ミシュランのお勧めドライブロードを走るルートを指示するのもお手のもの。さぁ、出発。

ところがである。
途中、干満の差が大きいと聞いていたブルターニュを最も表している遠浅のラニオン湾をみた時、
どうしても写真に収めたくなり、
車を止め、30cm高の堤防に上がった。
考えたら分かりそうなものだが、撮影視点が低く、いい写真が撮れるはずもない。ファインダーを覗いて、諦め、振り向いて堤防を降りる。
なんとその時、右足首を捻ってしまったのだ。

痛みは、たいして気にもしていなかったが、ユエルゴアに着く頃には、右足の腫脹感が激しく、加速度的に痛みも増していた。





ユゲルゴアは村の真ん中に大きな湖があり、風も無く穏やかな風景が目の前に広がった。10分も歩けば、素晴らしい景観と『カオスの森』と呼ばれる不思議な渓谷を味わうことができる。
「さぁ、車を止めて昼食だ。」と焦ったのか、右足首の制御が緩んでいてブレーキが遅れたのか、バックで駐車する時(フランスでは、フロントから止める傾向 あり)、後部のバンパーをコンクリートにぶつけてしまった。

しまったと思ったが後の祭りだ。

状況判断のため、車を降りたその時。

なんじゃこりゃ!

右足を地面に付けられない。
足先、踵とも少し付けただけで激痛が走る。
なんと、全く歩けない

後で聞くと、彼女も「どっひゃーー!!」と思ったらしい。
でも、何時も冷静な彼女は、
「テールランプが宙に浮いてぶらぶら...、持ってきたガムテープで止めるから。車両保険に入っててよかったでしょう。」とトランクをゴソゴソ。
そして、さらには湿布を取り出し、「急性期は冷やした方が良い。」と、まったくもって信じられない程の用意周到さである。

靴を脱ぐと、外側の踝は凹凸が無くなるほど腫れ、前方に向かって軽い発赤もみえる。

彼女「冷静になって、考えよう、考えよう、考えよう。どうするか?」
「発赤と圧痛点から最悪の場合、腓骨の剥離骨折もありえる。今日、病院にかかって状況を判断するしかないでしょう。」

ぼくとしては、何とか運転し、今日のホテル(西へ100km先)に行って、一晩様子見の後、明日のカンペールで病院に行きたい。

彼女、「でも、ホテルでの移動や食事はどうするの? 動けるの?」

そう言われれば、まったくもってその通り、松葉杖があれば何とかなると思ったが、それもかなわない。反論の余地はない。

彼女は、今回2度目の海外旅行保険のエマージェンシー・コールに電話をかける。

結論は、こうだ。

・ 保険で契約している病院がある。カンペールの「CORNOUAILLE」病院。試しに住所をTOMTOMに入力すると、約60kmの距離である。

・ 今日のホテルは、キャンセル。明日泊まる予定のカンペールのホテルに、今夜の部屋を確保する。

今日のホテルは特に田舎のホテルで、キャンセルは心苦しい。食事まで頼んでいるから尚更だ。彼女も申し訳なさそうに電話する。相手は年配の女性らしいが、 お互いとても残念そうに話しているのが、側で聞いていて伝わってきた。

カンペールのホテルは、明日120ユーロの部屋を予約しているが、事情を話し、今日同じ部屋に泊まりたい。だが、どうも180ユーロの部屋しか空きがないらしい。しかたない、それでいこう。

完璧な彼女の段取りである。「さぁ、出発だ。」

この時、僕の発した言葉は、
「トイレが限界。どうしよう...」 何ともなさけない^^



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9.優しさの中で

2012年06月27日 | フランス旅行

足首の重い捻挫は今まで経験したことがない。足を地面に付けなくなり、歩けない状況がこれほどの不自由を人間にもたらすかを初めて知った。

問題のトイレは、十数メートル離れたカフェに行くか、他の方法を見つけるしかない。幸いアクセルとブレーキを踏む前後方向の動きは保たれていたので、運転はこの先の60kmも含め、限界の中でも自信はあった。
「村を一周して、トイレを探そう。」

思いは通じたのか、教会前広場を過ぎたあたりに村役場らしい建物があり、野外トイレが設置されていた。彼女の肩につかまる。本当にたくましい。「ふぅー」

この60kmの運転がこんなにも辛いものだったとは。足首の痛さより、心の痛さ。
「しまった! なぜやったのだろう。」
「申し訳ない。」
「本当に申し訳ない。」
それの繰り返し。

救急病院に着いたのは、15:00頃だったろうか。

こんな中でも、彼女は考え抜いていたようだ。
「ごめんなさいね。せっかく着いたけど、やっぱりまずSNCFのAVISに行って車を返しましょう。診断によっては、ギブス固定になる可能性もあるし。そうなれば運転が出来なくなる。その前にレンタカーを返すのよ。」

ぼくは専門家がいる病院の勤務時間内の診察を希望していると言ったのだが、
「この程度のけがだったら、ERのドクターが診察しても全く問題ないと思う。それよりもレンタカー。私の判断に従って!」

駅の営業所に何度もTELするが、相手は出ない。
「直接行きましょう。だって営業時間だってHPにも書いているじゃないの。電話に出ない時も開いていることは、フランスでは良くあること。」
どうも、この辺から彼女は今回のトラブルを楽しむモードに切り替えたようだ。

駅のAVISでも、思った以上に手間取った。5日間の契約を3日で返却なのだが、PCでは上手く認識してくれない。結局、割安(5日)から通常料金(3日)へ の変更の問題だと分かった頃、ぼくは駅前で惨めな気持ちで彼女の帰りを待ち続けていた。

もちろん、バックライトの破損は保険で賄われることは当然だった。が、燃料を満タンで返却することは、このトラブルを話した後でも、強く要求された。

駅前のセルフスタンドで満タンにするも(もちろん彼女が操作した)、燃料計は1レベル下がったまま。ぼくは「チョンチョンとしないと」と言うが、
彼女は担当の若い男性に助けを求めた。優しそうな男性で、彼女とのやりとりが微笑ましい。こういう時のために彼女は、日本の美しい切手を用意してた。そして、「お礼の気持ち」を渡した。

さぁ、次はタクシーで病院だ。

{駅前のTaxi乗り場で、「亭主が捻挫して、まったく歩けない。ホテルで荷物を下ろして、救急病院に行きたい。今彼はAVISの前で待っている。」と説 明すると「ガッテンだ!俺に任せておけ!! さぁ 乗りな!」って感じ。頼もしそう。}

実際、ぼくの身長からすると190cmはありそうなタクシードライバーが、がっしりと抱えるように車に乗せてくれた。病院に着いても、車椅子を持ってきて、ぼくを乗せ、受付まで運んでくれる。

ERはもうすでに10数人が待っていた。救急部の受付で状況説明と保険証書を提示する。この時の年配女性職員は最後まで、落ち着いた優しい対応だった。

恐らく、日本人のぼく達だからだろう、通常の待合ではなく、スタッフ側のスペースに案内してくれ、彼女用の椅子も用意されていた。さりげない心遣いが嬉しい。

診察に呼ばれたのは、1時間20分後。
呼びに来た年配の看護婦と彼女は「あなたはフランス語が上手いわね。ご主人、フランス語は?」「全くダメ」
「英語は大丈夫?」
「うーん、英語も片言よ。」
「そうなの、じゃあ彼は、あなたに頼りっぱなしなのね。」「そうなのよね。」
なんてことを話している。

ドクターは、30才くらいの若い女性。
「どっち向きに捻った?」
「ここは。痛い?」

ドクターはX-rayのオーダーを出す。ペーパーレスのオーダリングだが、全体に2年前の標準的な日本のERな感じ。

ストレッチャーに乗って撮影室に行く。
撮影室は少し広いが暗め。装置はフィリップス製で、寝心地の良いマットのストレッチャーの上で撮影される。
撮影は、50才くらいの男性技師。足への触り方が繊細で安心できる。

撮影後、ふとみると、操作室にその技師と別の若い男性技師と彼女がいる。

どうも彼女は、「私も日本の病院で同じ仕事をしている。使っている装置もFCR5000で、とても興味がある。」と自分の職業を告白したようだ。この日本が世界に誇れるFCR(Fuji Computed Radiography)を前に、すぐさま打ち解けたのだろう。

操作室では、技術的な話(二つの写真の合成、分割のレベル等)や「骨折がないようだ」との判断をしたようだ。3人の笑顔が感じ良く、今でも僕の脳裏に残っている。

診察室ではドクターがX線写真を見て、「骨折はないようです。捻挫だけでしょう。今夜は氷で冷やして、足を高くして寝ること。重要なことは、痛くなければ歩く必要があるということ。長時間ベットにジッとしていると静脈炎になる可能性がある。」と

「処方箋を書くから、薬局で杖と薬をもらってね。」

ぼくの最後の質問(諦めてはいるが。)
「杖は、今日中に手に入る?」
「この時間、薬局は閉まっていて、明日になります。」まぁ、期待はしていなかったけれど...

診断書をドクターに書いてもらうことを忘れていた彼女。
例の受付女性に恐る恐る「実は~。」とお願いすると、まったくいやな顔をせず、「待っててね。」
これまた彼女は、美しい日本の切手を差し出していた。

さて、タクシーでホテルに着いたのが、21:30ごろ。
レセプションの長身で優しい若い男性は、ぼくをみるやいなや、すべてを理解し、部屋まで送ってくれる。

ここからが大問題。そう、食事である。松葉杖の無い状態では食べに出られない。もう時間は21:30なのだ。

彼に「食べ物を買える所があるか?」と彼女が聞くと
「この時間では、まず無理だ。カフェでの可能性は否定しないけれど、極めて低い。」
また、ワインを手に入れることの可能性は?と聞くと
「当ホテルには、今は開いていないが、バーがある。」
「シャンパーニュは?」
「ブルーノ・パイヤールなら、すべての銘柄を用意できる。」

彼女は、「行ってくる。」といってカテドラル周辺のカフェに突撃する。
本来なら、「夜遅いので、もう行くな。」と止めるところだが、
ハイになった彼女を止めることは出来なかった。

{さて、カフェに行くと「持ち帰り」はないという。ただ、店のスタッフも客も優しい。「あそこの店で聞いてみたら?」と...教えてくれる。
結局4件目。
「夫が歩けなくてホテルで私が食べ物を持って帰るのを待っているの。」と懇願すると、スタッフ同士、相談している。
「シュークルートなら、持ち帰りように包んであげる。」
これは、後で考えると、無理な話だった。飲食店で提供する料理と、持ち帰りの食べ物は、税法上で区別されている。サービスの問題ではないのよね。}

ホテルで待っているぼくに、電話がかかる。
「4件目で何とか食料をゲット。もう少し待っててね。」とやけに明るい。
まぁ、そうだろう。
「待っている間、1664ビールを飲んでいるの。」である。

帰ってきた彼女の手には、凄い量の「シュークルート」、パンとマスタード。

すぐ、ブルーノ・パイヤールとベルジュラックの赤ワインが運ばれてきた。
最初、赤用のグラスだけだったが、レセプションの男性は、シャンパーニュグラスが必要でしょうと、わざわざ部屋まで持ってきてくれた。

かくして、素晴らしい夕食が始まった。

彼女は、「明細にビール代が入っていないし、安すぎる。」と言ったらしいが、「待たせたので、サービスよ。」だって。なんて優しいのか。

「お皿は?」
「お持ち帰りよ。」

これが、その夕食である。





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10.Quimperはkemper

2012年06月26日 | フランス旅行

6月24日(水)

翌朝、右足首はドクターの注意を忠実に守ったおかげで、腫れも見た目ではっきりと分かるほど引いていて、痛みも和らいでいる。これなら、松葉杖が手に入り次第、ある程度の行動は出来るのではないかと密かに思っていた。

薬局で手に入れたのは、簡易型の松葉杖とサポータ、痛み止めの薬。これがあれば、ジッとしている手はない。反対する彼女を説得し、午前中は足の具合を確かめるために、ロクマリア(Locmaria)の教会に出かけることにした。


 





11世紀の創建であり、当時のロマネスク様式が保存されている教会としてよく知られている。ロマネスクの優しく丸い後陣が美しい。ファサードは無装飾でロマネスクの雰囲気を醸し出している。

 




内部は典型的な11世紀の様式で、木造天井が残っているのが珍しい。シンプルな半円アーケードと採光用の高窓が、ぼくを惹きつける。柱頭や装飾も少なく、 全体的に簡素な造りに心が洗われた。

 



この午前中の行動で調子が良ければ、午後は近くの村にバスで出かけようと考えていたが、
彼女から、かなり甘い計画だと指摘される。
教会内部の写真も自分で撮影できない始末なのだ。
松葉杖が馴染まず、痛みがぶり返す。
結局、バス旅行は無理な話と認識する。

彼女は気を利かせて、有名なカンペール焼きのアンリオのブティックでお土産を物色し、タクシーを呼んでもらったようだ。
この時に彼女は学習した。
この台詞が強い力を持つことを。
「夫が昨日転んで、...」
「まぁ、お気の毒に。じゃあ、これ、サービスね。」



タクシーがホテルに着く直前、彼女はひらめく。
「ホテル・クレガンに一番近いカフェに連れて行って」
ホテルから30mのカフェ。
そう、それが松葉杖のぼくの歩く距離を最小にしてくれた。

このカフェは、まさしくブルターニュ。
BGMにケルトミュージックが流れる。彼女が嬉しそうなのがなりよりだ。



ここでも。
彼女は「ごらんのように、彼が昨日転んで...」
おまけは、ステッカー?
それとも あれ?

昼定食。ぼくは、オムレツジャンボン、彼女はマグレ・カナール。
一皿にグリーンサラダとポム・フリが山盛りの如何にも、の一皿。



「ポム・フリは少なめにお願いって言ったのに...」とかいいながら、二人とも完食。

ブルターニュの地ビール数杯と、辛口の初シードル。うまい!!



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11.L'AMBROISIE Quimper

2012年06月25日 | フランス旅行

カンペールに2泊したホテル Best Western Kregenn、清潔でインテリアのセンスが良く、穏やかな時間を過ごせた。ケルトの渦巻き模様が随所にあり、ブルターニュの中心地に降り立ったことを実感する。泊まった部屋は、ジャグジー付きのバスがあり、ツインベットで広い。

 


特筆すべきは、昨夜のレセプションの青年もしかり、今日の年配の男性しかり、スタッフが皆、機転が利き、親切この上ないことだ。朝食後においても、同じ部屋(トラブル後一泊180ユーロといわれていた)に連泊が可能なこと、ネット予約のおかげで、一泊120ユーロ(広いツインベットの部屋なのに)であること等の確認がスムーズだった。

極めつけは、この日担当の年配の男性だ。
夜のことである。RESTAURANT L'AMBROISIE に行くためにタクシーをたのんだ。
ところが、20分経っても来ない。
彼は何回も Taxi 会社に電話してくれるが、それでも、やはり来ない。

終いには声を張り上げ、「うちのお客さんをいつまで待たせる気だ。」と
それでも来ない。

何故来なかったのかは、今では知る由もないが、
結局、
「私の車で送りましょう。すぐ車を回しますから、外で会いましょう」と。

ブホォーと目の前に現れた車は、すごいBMW(車に疎いので?だ)高級そうだ。

また、運転も上手い。
レストランは一方通行の出口の手前30m、彼は手前のロンポアンで突然止まり、左からの女性の車を制し(何でって?女性の顔がまざまざとみえた)、バック で一方通行を逆走する。わぉー。

レストランの前にぴたっとBMWを止めた彼は、「何時の予約だった?」と予想もしない質問をしてきた。
「午後8時」というと、
私が遅れた理由を店に説明するから、一緒にと。

ずかずかとレストランに入り、出迎えたマダムに
「うんぬん、かんぬん」
怒濤の10分間にお礼をいうしかなかった。

レストランは、L'AMBROISIE Quimper パリと同じ名前。
オーソドックスなレストランを選択したつもりだ。
予想に違わず良い店であった。


グラスでシャンパーニュ、12clで10ユーロ
今日のお勧めが、ブルゴーニュアリゴテの6ユーロ

驚いたのがワインリスト。
ボルドーが15ページも揃っている。
ザーッとみて一番高いのが、1982のマルゴーなどの一級格付けのワイン。
400ユーロだからコレクションに追加しても良いような値段である。
60、70年代も結構ある。

その中で選んだのは、相変わらずブルゴーニュ(リストは1ページのみ)

Nuits-Saint-Georges Clos des Corvees 1990 Maison Louis Jadot
渋い選択ではある。



このフォアグラは、素晴らしい。お好みで塩が添付されていた。素材の良さがひかる。

 

 

 


カンペール焼きの皿が美しい。


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12.パリへ

2012年06月23日 | フランス旅行

・6月25日(木)

とうとうパリへ発つ日がやってきた。
この頃になると、松葉杖にも慣れてきていた。結局、右足の補助に1本を使うことが最も合理的だった。2本に拘ることはなかったのだ。

パリ行きの便は、午後2時。
昼食をゆっくり楽しむ時間がある。
街の中心にあるカテドラル周辺で、オデ川沿いの店まで、何とか歩いていった。荷物はホテルに預け、帰りはホテル経由で空港に向かおうという算段だ。

この店は、予め雑誌フィガロでチェックしていた。
設えのセンスが良く、期待していた通りの良い店だった。
サービスもスマートで居心地が良い。
特筆すべきは、CPの良さだ。
料理の見かけは悪いが、味は抜群であり、満席なのも頷ける。



地ビールが旨い。グラス、コースターにもケルトの表現。



ラングスティーンのサラダ。海老は小さいが旨みが強く、みそも残しており、大満足の味である。


ギャルソンお勧めのシードル。20ユーロもしたが納得の味。本場のシードルを堪能した。


舌平目の一皿だが、見かけよりもあっさりしていて、ハーブの効いたソースが良いのか、ペロッといってしまう。


この鶉には驚いた。濃厚で旨みのある肉質、ソースも美味しい。



松葉杖のおかげで、トップ搭乗(笑)
小さな空港から、さぁパリへ


本来は旅程に入っていた「ポンタバン」の上空から。
刺繍や教会は再訪するしかないだろう。


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13.パリで

2012年06月22日 | フランス旅行

・6月26日(金)

パリでの宿は、サンジェルマンの↓
6階の屋根裏部屋、広いが安い。
乗り合いタクシーの止まるホテルであり、CDGへのアクセスが良いので選んだが、大正解であった。

ところが、日本への出発ゲートの遙か手前で降ろされる。

「どういう事だ?」と運転手に詰め寄ると
「警官が多数配置され、ここで降りるしかない。」

最後になって何たること。
爆発物騒ぎで厳重警戒に巻き込まれたのだ。
とぼとぼとスーツケースを引いて出発ゲートに着いたのは、結局1時間後であった。






昼は、パリ野田岩で鰻とビール。
その後、自然史博物館に行く。
精巧な動物達や絶滅種の展示に心身から疲れが引いていった。



 






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14.めちゃ旨なPassage53

2012年06月21日 | フランス旅行

フランス最後の夜はパリで。
開店3ヶ月目ながら非常に評判の高い店、パッサージュ・パノラマ(いわゆるアーケード街)の53番地にあるパッサージュ53に御邪魔した。日本人の佐藤伸 一さんがシェフとして腕をふるっている。
だが、あいにく団体の貸し切りで、テラス席か地下にあるカーブの席しか残っていないという。でも、この地下のカーブは、ある方のブログで学習済みなので何 とかなるだろうと降りていった。

前菜4皿、主菜2皿のコースでシェフの腕をすべて楽しめますよと、シェフお勧めのデギュスタシオンコースを頂く。60ユーロ。
それでも、小食なのでポーション少なくとお願いしたためか、オマールの後、「食べられそうなら魚の一皿を追加しましょうか」と。一皿オマケがつく。

ワインは、カーブなので取り放題だが(笑)、日本人スタッフお勧めのジャックセロスのV.Oを飲む。130ユーロ。イニシャルの方は、120ユーロ。

おことわり:非常に暗くて、料理の色等が実物から相当乖離している可能性があります。

デジカメは、Panasonic LX3。

 

 

ブロッコリーのクリームの上にブロッコリの先端部をちぎって
生っぽいブロッコリの臭みと繊細なクリーム



 

スペシャリテである仔牛のタルタル
下にしいてある牡蠣とソースとのマリアージュ 何とも不思議な食感



 

これ、熱々の一皿
薄くスライスされたカリフラワーがパリパリで美味い。イカはねっとりタイプだが、新鮮で火入れも抜群。カリフラワーのソースといい、白白白で美しいし、も の凄く美味い。



 

ベストの焼きフォアグラ
甘いルバーブのジュースとフランボワーズの酸味とも好相性。

 

 

素晴らしいオマール。最高!

 

 

メッチャ旨。エンガワと表面に何か塗っているのだろう、それに荒塩が付いていて絶妙の塩加減。キャベツと黄色いソースとを一緒に口に入れると本当にうま い。

 

 

レアに焼いた牛 フレッシュジロール茸
緑のソースは何だろう。とにかく全てが美味い。

 

 





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