この映画を観て一番身につまされたのは、実は「中途半端な田舎の出身である」ということだ。
ケヴィン・スミスの映画は毎度、彼の故郷ニュージャージーが舞台である。ニューヨークへは車で1時間半ほどなのに、街は別世界だ。
これは神奈川(私の出身地)、千葉、埼玉あたりの、東京という大都市の衛星のような県の出身者がたいてい思うことではないだろうか。つまり中途半端な田舎は、逆に誘惑が多くて困る、と。
思いっきり離れたところに住んでいれば諦めがつくことも、なまじちょっと足を伸ばせば届く場所にいるがゆえ、なかなか思い切れない。それは単なる個人の意志の弱さだろう、甘ったれるな!と言われれば返す言葉もないのだが、しかしこと若ければその意志の弱さを責めることは出来ない。
さて、本作の主人公であるオリー@ベン・アフレックの抱える問題はそこにある。
ニューヨークのショービジネス界のやり手宣伝マンとしてブイブイいわせてた(死語)オリーは、最愛の女性ガートルード@ジェニファー・ロペスと結婚し、仕事も家庭も絶好調のはずだった。ところが、妻は娘を産んで死んでしまう。残されたオリーは、失った妻の存在に対する嘆きのほうが娘を得た喜びより遥かに大きく、とても育児なんて出来る状態ではない。それでもなんとか赤子を実家の父に預けたりして、仕事に没頭しようとするのだが、そうやすやすと物事がうまく運ぶものではなく、ついに彼は宣伝マンにあるまじき致命的大失態を招き、仕事をクビになる。彼は実家のニュージャージーに身を寄せるほかなく、娘を育てることに専念することを誓うのだが−−−−−−
そう、確かにオリーはその後の7年間を娘に捧げた。娘は育つにつれ可愛くなる一方だし、モーションかけてくる近所のビデオ屋のお姉ちゃん@リヴ・タイラーはちょっと変わり者だけどエロくていいし(笑)俺もココで落ち着いて父親らしくなってきたよなあ、なんて思ってる。
だが、そのとき彼がしている仕事は、父親と同じ道路清掃だ。恐らくは、子供だったオリーがこの仕事だけは真っ平だと思っていただろう、ブルーカラーである。もちろん、彼は父親のことを愛していてるし、そういう仕事を一生と決めて続けている父をリスペクトしてはいる。しかし、同時にブルーカラーへの嫌悪感もあるのだ(それは彼の言動の端々に表れている。幼い娘にもわかるほどに)。ニューヨークでは最先端(と思われている)の華やかな業界で活躍していたのに、故郷でやれる仕事はこれなのかと。一度高いところに上がった人が、下がることは困難である。それは主にプライド、というやつのせいなのだが。
まして。ニューヨークは、ちょっと行けばそこにある。仕事の失敗はそのうち忘れられるだろうし、いつかは返り咲いてやるぞ!という夢を諦められない。過去の栄光は過ぎたこと。今のおまえは自分勝手が利く独り者じゃない、愛する娘がいて、気持ちを寄せてくれる女性もいるし、ココで彼らと共に生きることだって幸せじゃないのか、という親父の諭しも響かない。可愛い娘の涙も、ついには彼を引き止めることは出来なかった。それどころか、彼は娘に向かって一番言ってはならない言葉を言ってしまう。
なかなかにね・・・キビシイ選択だと思いますコレ。そもそもニュージャージーっていう中途半端な田舎に住んでるから、余計オリーはかつてのステイタスを忘れられないんだろうな、と思うわけだ。これで実家がアリゾナとかイリノイとか(適当に挙げてみただけですけど・・・)、都会から遠い場所にあれば腹をくくることも出来たろうに。
しかしそんなオリーにも神(?)の啓示があり「今の自分が一番大切なことは何か」を悟り、可愛い娘のために走って掴むハッピーエンド。
まあ〜アホアホなボンクラ映画ばっか(でもないけど・・・)撮ってたケヴィン・スミスもオトナになったわね〜、たまにはこんな予定調和も良いよね〜というような、フツーにいい終わり方の映画で、観た後はとっても暖かい気持ちになれることは請け合いである。ニュージャージーといえばボス!@ブルース・スプリングスティーンの唄う“Jersey Girl”で〆るってのも、お約束とはいえ頬が緩む。
・・・ただ、やはりしばらく経ったあとに考えてしまうのだ。最終的に、オリーが故郷での生活を取ったのは、娘(家族)の為だ。故郷にそういうものが特にない人間にしたら、なんだかちょっと隙間風が吹くような話ではある。それともそんなことを考えてしまうようじゃ、まだまだオトナになれないってことなのかねえ(苦笑)。
役者の話。えーと、私は実はベン・アフレックのファンである。だからこの映画が去年『Jersey Girl』として発表されたときから、日本公開を楽しみにしていた。もちろん、ベンのダチのケヴィン作品としても期待してたしね。で、久々のケヴィン映画で観る主役のベンちゃんは、いつも通り等身大にナチュラルなダメ男っぷりで普通に可愛かったです(笑>ジェニファーとのいちゃつきぶりもナチュラル)。何より、あのデカいベンが、娘ガーティー@ラクエル・カストロちゃん(可愛い〜〜名子役ぶりだね!)の小ささに合わせて背中を縮めたり、かるがる抱き上げたりするのがね〜〜! なんかもー、こんなパパいたら娘は間違いなくファザコンだろ!可哀相に(爆)!って感じでした。
アルマゲドン・カップル再びのリヴちゃんも良かったな。サバサバしてるんだけど、ちょっと小悪魔っぽい魅力があって。大柄な彼女もベンと一緒だと違和感なくキュートだし(笑)。あと忘れちゃならないのが、もう1人のパパ役オリーの親父@ジョージ・カーリン、そしてその悪友2人の三爺たち♪ ジジイ好きのハートを間違いなく射止めましたね。そして相変わらずカメオ・ゲストが豪華です。欲を言えば、ジェイソン・リーはもう少し出番の多い役だと嬉しかったんだけどなあ〜。
ケヴィン・スミスの映画は毎度、彼の故郷ニュージャージーが舞台である。ニューヨークへは車で1時間半ほどなのに、街は別世界だ。
これは神奈川(私の出身地)、千葉、埼玉あたりの、東京という大都市の衛星のような県の出身者がたいてい思うことではないだろうか。つまり中途半端な田舎は、逆に誘惑が多くて困る、と。
思いっきり離れたところに住んでいれば諦めがつくことも、なまじちょっと足を伸ばせば届く場所にいるがゆえ、なかなか思い切れない。それは単なる個人の意志の弱さだろう、甘ったれるな!と言われれば返す言葉もないのだが、しかしこと若ければその意志の弱さを責めることは出来ない。
さて、本作の主人公であるオリー@ベン・アフレックの抱える問題はそこにある。
ニューヨークのショービジネス界のやり手宣伝マンとしてブイブイいわせてた(死語)オリーは、最愛の女性ガートルード@ジェニファー・ロペスと結婚し、仕事も家庭も絶好調のはずだった。ところが、妻は娘を産んで死んでしまう。残されたオリーは、失った妻の存在に対する嘆きのほうが娘を得た喜びより遥かに大きく、とても育児なんて出来る状態ではない。それでもなんとか赤子を実家の父に預けたりして、仕事に没頭しようとするのだが、そうやすやすと物事がうまく運ぶものではなく、ついに彼は宣伝マンにあるまじき致命的大失態を招き、仕事をクビになる。彼は実家のニュージャージーに身を寄せるほかなく、娘を育てることに専念することを誓うのだが−−−−−−
そう、確かにオリーはその後の7年間を娘に捧げた。娘は育つにつれ可愛くなる一方だし、モーションかけてくる近所のビデオ屋のお姉ちゃん@リヴ・タイラーはちょっと変わり者だけどエロくていいし(笑)俺もココで落ち着いて父親らしくなってきたよなあ、なんて思ってる。
だが、そのとき彼がしている仕事は、父親と同じ道路清掃だ。恐らくは、子供だったオリーがこの仕事だけは真っ平だと思っていただろう、ブルーカラーである。もちろん、彼は父親のことを愛していてるし、そういう仕事を一生と決めて続けている父をリスペクトしてはいる。しかし、同時にブルーカラーへの嫌悪感もあるのだ(それは彼の言動の端々に表れている。幼い娘にもわかるほどに)。ニューヨークでは最先端(と思われている)の華やかな業界で活躍していたのに、故郷でやれる仕事はこれなのかと。一度高いところに上がった人が、下がることは困難である。それは主にプライド、というやつのせいなのだが。
まして。ニューヨークは、ちょっと行けばそこにある。仕事の失敗はそのうち忘れられるだろうし、いつかは返り咲いてやるぞ!という夢を諦められない。過去の栄光は過ぎたこと。今のおまえは自分勝手が利く独り者じゃない、愛する娘がいて、気持ちを寄せてくれる女性もいるし、ココで彼らと共に生きることだって幸せじゃないのか、という親父の諭しも響かない。可愛い娘の涙も、ついには彼を引き止めることは出来なかった。それどころか、彼は娘に向かって一番言ってはならない言葉を言ってしまう。
なかなかにね・・・キビシイ選択だと思いますコレ。そもそもニュージャージーっていう中途半端な田舎に住んでるから、余計オリーはかつてのステイタスを忘れられないんだろうな、と思うわけだ。これで実家がアリゾナとかイリノイとか(適当に挙げてみただけですけど・・・)、都会から遠い場所にあれば腹をくくることも出来たろうに。
しかしそんなオリーにも神(?)の啓示があり「今の自分が一番大切なことは何か」を悟り、可愛い娘のために走って掴むハッピーエンド。
まあ〜アホアホなボンクラ映画ばっか(でもないけど・・・)撮ってたケヴィン・スミスもオトナになったわね〜、たまにはこんな予定調和も良いよね〜というような、フツーにいい終わり方の映画で、観た後はとっても暖かい気持ちになれることは請け合いである。ニュージャージーといえばボス!@ブルース・スプリングスティーンの唄う“Jersey Girl”で〆るってのも、お約束とはいえ頬が緩む。
・・・ただ、やはりしばらく経ったあとに考えてしまうのだ。最終的に、オリーが故郷での生活を取ったのは、娘(家族)の為だ。故郷にそういうものが特にない人間にしたら、なんだかちょっと隙間風が吹くような話ではある。それともそんなことを考えてしまうようじゃ、まだまだオトナになれないってことなのかねえ(苦笑)。
役者の話。えーと、私は実はベン・アフレックのファンである。だからこの映画が去年『Jersey Girl』として発表されたときから、日本公開を楽しみにしていた。もちろん、ベンのダチのケヴィン作品としても期待してたしね。で、久々のケヴィン映画で観る主役のベンちゃんは、いつも通り等身大にナチュラルなダメ男っぷりで普通に可愛かったです(笑>ジェニファーとのいちゃつきぶりもナチュラル)。何より、あのデカいベンが、娘ガーティー@ラクエル・カストロちゃん(可愛い〜〜名子役ぶりだね!)の小ささに合わせて背中を縮めたり、かるがる抱き上げたりするのがね〜〜! なんかもー、こんなパパいたら娘は間違いなくファザコンだろ!可哀相に(爆)!って感じでした。
アルマゲドン・カップル再びのリヴちゃんも良かったな。サバサバしてるんだけど、ちょっと小悪魔っぽい魅力があって。大柄な彼女もベンと一緒だと違和感なくキュートだし(笑)。あと忘れちゃならないのが、もう1人のパパ役オリーの親父@ジョージ・カーリン、そしてその悪友2人の三爺たち♪ ジジイ好きのハートを間違いなく射止めましたね。そして相変わらずカメオ・ゲストが豪華です。欲を言えば、ジェイソン・リーはもう少し出番の多い役だと嬉しかったんだけどなあ〜。





